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11 - 第8話「セミを捕まえよう」

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2025年07月08日

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第8話「セミを捕まえよう」
セミの声が、まるで壊れた目覚まし時計のように鳴っていた。


ミンミンミンミンミンミンミンミン……

一度も止まらず、間のない音。

空は晴れているのに、雲の影が木々に浮かんでいなかった。


ナギは、虫とり網を持って立っていた。

スニーカーのつま先が土に沈み、ミント色のTシャツの背が少し汗で濡れている。

髪は湿気で重くなり、額に張りついていた。


「セミ、好き?」

ユキコが隣で言った。


彼女は今日も、真っ白な光の中にいるみたいだった。

クリーム色のワンピースは汚れもせず、風がないのに揺れていた。

ユキコの手には、古びた虫かごが提げられていた。中には何も入っていない。


「好きだったかどうか、わからない」

ナギは答えながら、網を構える。

目の前の木の幹に、セミがとまっていた。

だけど──なにかが変だった。


セミは動かない。羽は震えず、脚も枝に貼りついたまま。

なのに、あの鳴き声は、どこかから、絶え間なく聞こえていた。


ナギがそっと近づき、網をかぶせた。

すくいあげるように持ち上げて、中をのぞく。


そこには──何もいなかった。


「……いない」


「うん、セミってね、鳴くけど見えないことがあるんだよ」

ユキコはそう言った。

まるで、それが当たり前のように。


「見えないのに、聞こえるの?」


「ううん。たぶんね、“前に聞いた音”が、鳴ってるだけかも」


ナギはゆっくりと、虫かごを手に取った。

何も入っていないそれは、ただの空っぽの箱だった。

けれど不意に──カゴの底に、うす茶色の抜け殻が1つだけ、落ちていた。


「これ……」


「抜け殻はね、もう鳴かないの。でも、覚えてる」


ナギはその言葉の意味がわからなかった。

けれど、虫かごの中の抜け殻を見ていると、自分の背中が少し軽くなった気がした。


「ナギちゃんも、そのうち脱ぐのかなぁ」


ユキコがぽつりと言った。

ナギは顔をあげた。


「……わたし、何を?」


「うーん、わからないけど……体とか、声とか、そういうの」


ナギは何も言えず、空を見上げた。

貼りついたような水色の空。その下で、ミンミンミンミンミン……

音だけが、永遠の昼を刻んでいた。

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