「万里さん……これは一体……?」
「悪ぃな。とりあえずHEAVENに戻ろう。明石さんも待ってるからそこで話すよ」
「え? あ、はい……」
未だ状況を理解出来ていない環奈に問い掛けられた俺は一旦HEAVENに戻る事を提案してBARを後にする。
キャストやボーイたちが帰り、HEAVENには明石さんだけが残っていた。
「環奈、無事だったか」
「あの、明石さんも、ご存知の事だったんですか?」
「何だ万里、まだ話して無かったのか?」
「ああ、ここで話そうと思ってな」
「そうか」
「明石さん、何か飲み物くださいよ」
「へいへい。何が良いんだ?」
「そーだなぁ、コーラかな。環奈は?」
「え? あ、えっと……それじゃあ烏龍茶を……」
「コーラに烏龍茶な、了解」
俺に言われた明石さんは事務所を出てキッチンへと向かっていく。
「あの、万里さん……さっきのお客様は一体何をしたんですか? 万里さんの知り合いなんでしょうか?」
「ん? そうだな……やっぱきちんと話した方がいいよな。環奈、今から話す事は、お前にとって信じられない話かもしれねぇ。だけど、これだけは言っておく。俺は嘘はつかねぇ。他でも無い、お前にだけはな」
BARに居る時から気になっていた環奈に再度問われた俺は、そう前置きをしてから事の顛末を話し始めた。
前回ホテルに連れ込まれた事を含め、全て環奈の彼氏による企てだという話を聞いた彼女の表情は、みるみる青ざめていく。
「……そんな……一聖くんが……私を……」
俺の話を聞いてもなお、信じられないといった表情を浮かべたまま、どうしていいのか分からない環奈は項垂れた。
「……彼氏を疑いたくねぇ気持ちはわかるけど、俺は確かに、この目でお前の男が誰かと電話をしてるのを見たし、この耳で、お前を金で売る話をしてるのを聞いたんだ」
「…………」
この話を聞いても、環奈はあのクズ野郎を信じている。これはもう、相当な惚れ込みようだと言うしかない。
「なぁ環奈、いい加減……目を覚ませよ?」
「……で、でも……もしかしたら、何か……理由があるのかも……だから……」
「仮にそうだとしても! どんな理由があったって普通は……彼女を他の男に金で売ったりしねぇよ。俺だったら、他の男に触れさせたくねぇって思う」
「…………でも……私……」
こんなやり取りしか出来ない事が、酷くもどかしい。
環奈がここまでクズ野郎に依存するのは何なんだ?
俺にはその理由が分からない。
本当なら、無理矢理にでも男と別れさせて、俺のモノにしたい。
それくらい俺は、環奈の事が好きで大切なのに、環奈にはそれが1ミリも届かない。その事実が、だんだん虚しくなる。
そして、こんな状況の中、環奈のスマホに男から電話が掛かってきた。
「……すみません、ちょっと……」
気まずそうに一言断った環奈は事務所から裏口へ出て行き電話に出た。
「クソっ!」
苛立ちが抑えきれなくなった俺が立ち上がると、明石さんが戻ってくる。
「何だ? 万里、荒れてんな。と、環奈はどうした?」
「……男から電話かかってきて、出てる」
「例の彼氏か?」
「ああ」
「環奈はこんな目に遭っても彼氏を信じるつもりなのか?」
「みてぇだな」
「…………万里、怒る気持ちは分かるが、顔に出すぎだぞ。もう少し抑えろ」
「……分かってるよ……」
正直、自分でも子供みてぇだって思う。
こんなに感情をコントロール出来ないなんて、大人になってからは久しぶりで、俺はそれ程までに環奈の事が好きなんだと改めて自覚する。
「俺、やっぱこのままとか無理だわ」
「あ、おい、万里――」
環奈が幸せなら、それでもいいと思った。
だけど、やっぱり納得出来ない自分がいる。
あんなクズ野郎の彼女にしておくなんて出来ない。
だから、俺は決めた。
環奈を――あの男から奪ってやると。
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