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ゆゆゆゆ
3,330
#doublefedora
カジノの喧騒の中。
エリオットは立ち止まった。
「……いた」
視線の先。
黒いスーツ。
見間違えるわけがない。
チャンス。
「……」
一瞬だけ、躊躇い。
でも、それはすぐに消える。
まっすぐ歩く。
逃げ場を与えない距離まで。
「――探した」
低く言う。
チャンスの肩が、わずかに揺れた。
「……なんで来た」
振り返らずに、そう返される。
「分かるだろ」
「分かるかよ」
冷たい声。
昨日とは、まるで違う。
「……帰れ」
「は?」
「お前、ここにいちゃダメだ」
淡々とした声。
でもその奥に、わずかな苛立ちが混ざる。
「理由くらい言えよ」
「言う必要ねぇ」
即答。
その冷たさが、逆に刺さる。
「……っ」
エリオットの眉が寄る。
「なにそれ」
一歩、詰める。
「やることだけやっといて、はい終わりって――」
「終わりだよ」
遮る。
きっぱりと。
迷いなく。
「……」
空気が、凍る。
チャンスは視線を逸らさない。
「最初からそういうつもりだった」
「……嘘つけ」
「嘘じゃねぇ」
そのまま続ける。
「お前とは、それ以上でもそれ以下でもねぇ」
言葉が、鋭く落ちる。
「一晩の気まぐれだ」
「……っ」
エリオットの手が、わずかに握られる。
「なかったことにしろ」
それだけ言って。
本当に、去る。
引き止める間もなく。
「……」
人混みに紛れて、消える。
追えば、追える距離だった。
でも――
「……はは」
足が動かない。
「そういう感じね」
また同じ言葉。
でも今度は。
少しだけ、空っぽに近い。
「……了解」
小さく呟く。
納得したわけじゃない。
ただ。
理解しただけ。
「……終わり、ね」
***
そのまま、帰らなかった。
帰る理由も、なくなった。
「……」
席に座る。
チップを置く。
何も考えないように、カードを見る。
(どうでもいい)
勝っても、負けても。
どっちでもいい。
そんな投げやりな感覚。
「そんな格好で来てるの?」
隣から、軽い声。
「浮いてるよ」
ラフなパーカー姿。
確かに、この場所では目立つ。
「……別に」
エリオットは視線も向けない。
「関係ない」
「強気だね」
男が笑う。
スーツを着こなした、いかにも慣れてるタイプ。
「初めて?」
「……さあ」
「まあいいや」
肩をすくめる。
「一人でやるより、誰かと遊んだ方が楽しいよ」
チップを指で弾きながら。
「一緒にどう?」
「……」
少しだけ、考える。
ほんの数秒。
頭の中に浮かぶのは――
さっきの言葉。
“一晩の気まぐれ”
エリオットは、ふっと笑った。
「いいよ」
自分でも驚くくらい、軽く。
「遊ぼ」
男の目が、少しだけ細くなる。
「いいね」
席を移る。
バーの方へ。
距離が、近づく。
触れられても、避けない。
「さっきから、いい顔してるよ」
「……そう?」
「うん」
グラスが渡される。
一口飲む。
味なんて、よく分からない。
(どうでもいい)
全部。
どうでもいい。
「……」
でも。
心のどこかで。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
“違う”って分かってる。
「……まあ、いいか」
小さく呟く。
聞こえないくらいの声で。
男の手が、肩に触れる。
そのまま、距離を詰めてくる。
エリオットは、避けない。
「……」
ただ、目を閉じる。
一瞬だけ。
――何も感じないふりをするみたいに。