テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#前世
shima7a
597
44
第94話 「福間監督の隣」2025年4月。
啓介が柳城高校へ戻ってきて、一週間が過ぎた。
社会科教師。
そして野球部コーチ。
しかし。
啓介自身、まだ慣れないことばかりだった。
授業。
職員会議。
担任の補助。
大学時代とは全く違う毎日。
放課後になると急いでグラウンドへ向かう。
そこにはいつもの風景があった。
福間監督。
白い帽子。
静かな表情。
変わらない姿。
「お疲れさまです。」
啓介が頭を下げる。
「お疲れさまです。」
福間監督も静かに答える。
このやり取りが少し懐かしかった。
練習開始。
走塁。
守備。
バント練習。
そして捕手練習。
啓介が一年生捕手に声を掛ける。
「ミットだけ動かすな。」
「足を使え。」
「投手を安心させろ。」
部員たちは真剣に耳を傾ける。
大学日本一の捕手。
その言葉には重みがあった。
しかし。
練習後。
福間監督が言う。
「啓介。」
「はい。」
「少し教え過ぎです。」
啓介は驚く。
「え?」
福間監督はグラウンドを見る。
「自分で考える時間も必要です。」
「答えを全部教えてはいけません。」
啓介は黙る。
自分も。
塁も。
史陽も。
福間監督からすべて教わったわけではなかった。
悩み。
失敗し。
考え。
成長した。
監督は続ける。
「指導者は教える仕事ではありません。」
「育てる仕事です。」
夕日がグラウンドを照らす。
啓介は深く頷いた。
「はい。」
夜。
職員室。
福間監督が資料を見ている。
啓介が隣に座る。
しばらく沈黙。
そして啓介が聞く。
「先生はいつから監督になろうと思ったんですか?」
福間監督は少し考える。
「なろうと思ったことはありません。」
啓介は驚く。
「必要だったからやっているだけです。」
「柳城に野球部があった。」
「生徒がいた。」
「だから続けている。」
短い言葉。
だが。
その重みは大きかった。
帰り道。
啓介は一人グラウンドを見つめる。
選手だった頃。
福間監督の背中は遠かった。
しかし。
今。
隣に立っている。
まだまだ追いつけない。
だが。
少しだけ近づけた気がした。
翌朝。
朝練。
啓介が早くグラウンドへ来る。
すると。
福間監督はもうノックバットを持っていた。
「早いですね。」
「いつもです。」
二人が笑う。
そして。
グラウンドに朝日が差し込む。
福間監督。
啓介。
師弟だった二人は。
今。
監督とコーチとして同じ場所に立っていた。
第94 話 終
コメント
1件
うわあ、第94話…いや本文は97話なんですね。福間監督の「教え過ぎです」「育てる仕事です」、ずしんと来ました。啓介が選手時代とは違う立場で監督の背中を見つめ直すこの距離感、すごく好きです。「なろうと思ったことはない」—ああ、そういう人なんだなあと納得しました。二人で朝日を浴びるラスト、じんわり沁みました。