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桜咲かな
142
#学園
人間🫧🪄/👤💚
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「佐藤ッ! 外から光を当てろ! 蔵の中に強い光を入れろッ!!」俺の怒号が暗闇の蔵内に響き渡る。
「はいッ!!」
直後、入口から佐藤が投げ込んだ強力な高輝度LEDサーチライトの光線が、蔵の内部を真っ白に照らし出した。
ギチギチギチッ……!!
光を浴びた瞬間、襲いかかってきていた黒い靄——数百年分の生贄たちの無念と記憶の凝集が、まるで悲鳴をあげるように一瞬だけ収縮した。
「渚! 今だ、あの箱の『仕組み』を言え! どうすればこの毒気を止められる!?」
俺は左腕で渚の華奢な体をしっかりと抱きかかえ、右手の拳銃を黒い靄の蠢く中心へと向けたまま叫んだ。
渚は俺の胸に顔をうずめ、激しい吐き気と激痛に全身をガタガタと震わせながらも、血の滲む唇を噛み開いた。
「……名前……っ!」
「ああん!?」
「この箱は……『名』を奪うことで……人間から存在と記憶を消し去る術式……っ! 閉じ込められた人たちの『本当の名前』を呼んであげないと……あの靄は消えない……っ!」
「名前だと!? そんなもん、数百年前の死人の名前なんてどうやって調べりゃ——」
「……箱の底……! 桐の箱の裏底に……傷みたいに刻まれてる……! 漢字で……三人の名前が……っ!」
「言ったなッ!!」
俺は躊躇わずに動いた。
「渚、一瞬だけ俺から離れるなよ!」
俺は渚を抱きかかえたまま、一気に作業台へと踏み込んだ。
頭上から降り注ぐ冷たい狂気と、脳みそを直接締め付けられるような激しい頭痛。視界がグラリと揺れ、俺自身の記憶——警察署の風景や佐藤の顔が一瞬吹き飛びそうになる。
「舐めんじゃねぇぞ……ッ!! 警察官(デカ)の記憶が、そんな安っぽい呪いで消えてたまるかぁぁっ!!」
歯が折れるほどの力で奥歯を噛み締め、俺は左手で半開きの桐箱を力任せにひっくり返した。
**ガタァンッ!!**
作業台の上に転がった箱の裏底。
サーチライトの白い光の下、埃と古い血痕に塗れた木肌に、鑿(のみ)で深く刻まれた三つの名が浮かび上がった。
「見えた……! 渚、読めるか!?」
渚が俺の腕の中から必死に顔を上げ、焦点を合わせようと血走った瞳で木目を凝視する。
「……いち……『市蔵(いちぞう)』……! 二人目は……『たよ』……! 三人目は……『お菊(おきく)』……ッ!!」
渚が喉が千切れるほどの声で、その三つの名を暗闇に向かって叫び上げた。
「……あなたたちの名前は! 市蔵! たよ! お菊!! あなたたちは……生贄なんかじゃない! ちゃんと生きてた……人間だぁぁッ!!」
その叫びが蔵の中に轟いた瞬間——。
**ドォォォォンッ!!**
まるで激しい爆発が起きたかのように、蔵全体が大きく揺れた。
渦巻いていた黒い靄が狂ったように蠢き、やがて透き通るような白い光の粒へと変わっていく。
耳元で鳴り響いていた数千の狂気じみた悲鳴が、穏やかな、どこか感謝を込めた溜息のような音へと変わり、すーっと天井の隙間から夜空へと溶けて消えていった。
……しん、と。
静寂が、蔵の中を包み込んだ。
刺すようだった異常な冷気は消え去り、あとにはただの古びた物置の、埃っぽい匂いだけが残っていた。
「……はぁ……はぁ……っ」
作業台に手をつき、俺は荒い息を吐き出した。
吹き飛びかけていた俺の意識も、しっかりと元に戻っている。
「……先輩……! 渚ちゃん……!!」
ライトを持った佐藤が、泣きそうな顔で蔵の中に駆け込んできた。
「静かになりました……! あの外の嫌な空気も、全部消えましたよ……!」
「……ああ。終わったみたいだな」
俺は肩の力を抜くと、腕の中の温もりに視線を落とした。
渚は完全に力を使い果たし、俺のスーツの胸元を小さく掴んだまま、静かに呼吸を繰り返していた。
「……峯岸さん……」
「おう。よくやったな、渚。お前が名前を呼んでやったから……あいつら、やっと家に帰れたよ」
「……うん。……良かった……」
渚は安堵したように小さな笑みを浮かべると、そのままスーッと深い眠りへと落ちていった。
◇
数時間後。
すっかり夜が明け、朝焼けの光が差し込むパトカーの後部座席。
毛布に包まって気持ちよさそうに寝息を立てている渚の寝顔を、俺は助手席から振り返って見つめた。
「病院で倒れていた神代家の当主さんと作業員さんたち、意識を取り戻したそうですよ。記憶もすっかり戻って、自分の名前も思い出せたって」
運転席の佐藤が、どこか誇らしげに報告してくる。
「そうか。……なら、完璧な解決だな」
俺は胸ポケットから火のついていない煙草を取り出し、口にくわえた。
科学では説明のつかない、理不尽で不気味な事件。
だが、傷つきながらも逃げずに立ち向かった一人の少女と、それを支える大人たちがいたからこそ、過去の悲劇も今の被害者も救われたのだ。
『皐月霊能探偵事務所』。
いつかあの子が作るという、小さな事務所の光景が頭に浮かぶ。
「……たく。顧問料の特大パフェ、今からメニュー考えておかねぇとな」
「え? 先輩、何か言いました?」
「何でもねぇよ! サッサと車出せ、駅前のファミレスでポテト食うぞ!」
朝日に照らされた山道を、俺たちのパトカーは静かに走り出した。
未来の「所長さん」の、穏やかな寝息を守るように。
コメント
1件
読み終わりました。蔵の中の決着、すごく良かったです。名前を呼ぶことで呪いを解くっていう構造が、世界観のルールにしっかり根ざしていて気持ちいい。特に「ただの名前をちゃんと呼んでやる」っていうのが、ちゃんと人間を人間として認める行為になっていて、そこに心が動きました。峯岸さんの啖呵もいいし、最後の「特大パフェ」のセリフでほっとさせられる。全部を回収しつつ、未来に希望を残す締めくくり方、好みです。