恵が同じ会社にいてくれるのは、もともとは尊さん絡みだけど、彼女の意志があっての事でもある。
ある意味、私は二人にずっと守られてきた。
秘書になって職場が変わっても恵とは親友だし、今まで通り頻繁に連絡を取り合ってお茶やらご飯やら行きたい。
(秘書になったあとはエミリさんに教えを請う事になるけど、うまくやっていけるよう頑張ろう)
彼女は酸いも甘いもかみ分けた大人だから、私に合わせてくれると思う。
でもその好意に甘えすぎないようにしないと。
(さしあたって、今夜のミッションを無事こなしてから……か)
私は綾子さんたちをチラッと見たあと、深呼吸してメールチェックを始めた。
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綾子さんは会社近くのイタリアンバルを十八時半に予約したらしく、私たちはそれに合わせて退勤し、徒歩でお店に向かった。
綾子さんと仲良くしているのは、彼女より一つ年下の|池内《いけうち》|瑠美《るみ》さんと、|庄司《しょうじ》|美智香《みちか》さんだ。
二人は私の一つ上の先輩で、同期同士仲がいい。
彼女たちが入社した時、綾子さんは新人ながらすでにヒット商品を出し、行動力があって美人な上、面倒見もいいので二人は彼女に心酔していったそうだ。
もともと綾子さんは仕事ができるし、人当たりが良くて明るく、決して意地悪な人じゃない。
異性関係についてだけ「将来いい暮らしをしてやる」という野心が強く、自分の望みのためなら手段を問わないところがあるだけだ。
(それ以外はいい人なんだよなぁ……)
私は無意識に溜め息をつく。
「ま、元気出せよ」
恵はボソッと言い、私の背中をポンと叩く。
「……綾子さんたちの事、どう思う?」
ボソッと尋ねると、恵は少し考えてから言った。
「悪い人ではないと思うんだよね。理不尽に人を責めたり、学生みたいなイジメはしないじゃん。飲み会になると率先して幹事をするし、面倒見はいいと思う。人からどう見られるかを大切にしてると思うんだよね。……だから、自分の立場が悪くなる事はしないんじゃないかな」
奇しくも、恵の見立ては私と同じだった。
「私もそう思う。今まで仕事面で良くしてもらっていたから、変な関係にはなりたくないんだよね。……異性関係なんて、まったくのプライベートじゃん。そういうものとは切り離したいというか……」
「だな」
恵は短く言って頷く。
「……頑張ってみるけど、危なくなったらサポート宜しくね」
「ん、任しとき」
恵は私の背中をポンポンと叩き、「タダ飯やったー」と小さい声で言った。
私もタダ飯は嬉しい。
個室での席順は、勿論、三人対二人で向かい合わせになっている。
うう……、圧迫面接のようだ。
「飲み放題のコースを頼んだから、もしも個別に食べたい物、飲みたい物があったら遠慮無く頼んでいいわよ」
「す、すみません。二人分も皆さんに負担を……」
ペコリと会釈すると、綾子さんはニッコリ笑った。
「いいのよ。二人の分は私が責任を持って出すから」
おお……。こういう時に言うのはなんだけど、さすが頼れる姐御系……。
飲み放題のメニューを見ると、ビールやワイン、ウィスキー、焼酎の他、カクテルも種類が豊富だ。
「じゃあ、オレンジブロッサムで」
ジンベースのカクテルを頼むと、恵はビール、綾子さんは白ワイン、瑠美さんはウーロンハイ、美智香さんはカシスオレンジを頼んだ。
スタッフさんが出ていったあと、シン……と個室が静まりかえる。
緊張してテーブルの上を見つめていると、綾子さんが「さて」と言う。
「上村さん、副社長秘書になるんですって? おめでとう」
うううう! あああああ! 怖い!
「……ありがとうございます」
「それで、速水部長は副社長になるのよね。……あの人は御曹司だから、社長と経理部長がいなくなったあとの処置としては当然だと思うけど」
「……ソウデスネ」
緊張のあまり、私は某お昼の国民的番組の観客みたいになっている。
コメント
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おぉ〜こわっ!!! でも大丈夫!ガンバレ!!!