鈍重な八角棒が、風道を抉じ開けるようにして唸りを上げた。
狙い目は、敵の細っそりとした肩口。
ともかく一撃を入れさえすれば、体力的に勝るこちらに形勢が傾くはずだ。
そんな企てを忍ばせた大振りの猛襲は、まるで直情的な径行に似合いの無雑さで、応じ手を速やかに講じるには恰好の間隙でもあった。
攻撃は最大の防御というが、戦場(いくさば)には諸々の事情が絡む以上、断じて普遍的なものでは無い。
しかし女性は動じず、右の手腕を心持ち撓(たわ)めた姿勢で待ちに徹した。
刹那、弾丸と化した穂先が、虎石の顔面を瞬く間に襲った。
──速え!!
思う間に頸(くび)を傾け、辛くも直撃を避ける。
頬から耳殻に掛けて赤い線条がひた走り、少量の飛沫がパッと散った。
「ちっ!」
即座に軸足を踏み切って後方へ跳ぶ。
これを速やかに追い立てた女性は、腰溜めの挙動から一転、疾速の攻勢をかけた。
「くそ……っ!」
頼みの八角棒を身体の前面に据えて防備をかため、鋭い刺突をどうにか二撃まで耐え忍ぶ。
いずれも当たりがキツく、まるで今にも暴風に捲(まく)られそうな戸板を、必死になって押さえているような感覚だった。
生半可な防戦では手詰まりになる。 また、得物の耐久性も心もとない。
早々に見越した虎石は、容赦のない刺突が三度(みたび)得物に食い込む間際、満身を押しつけるようにして体当たりを敢行した。
「これでっ!!」
もちろん反撃の意味合いもあったが、真の狙いは他にある。
かたい樫材に深々と食い込んだ刃金は、そう容易(たやす)く取り払うことは敵わないだろう。
「ふぅ……!」
「なに!?」
間髪を容れず、女性が見事な体捌(たいさば)きを披露した。
槍をとる己の細腕に、空いた手で素早く掌底をくれた彼女は、それでも不足と見るや、即座に躍動して手首の辺りに膝を打ち当てた。
この反動で拘束を脱した穂先だが、しかし過ぎたる打撃によって、もはや明後日の方向を差している。
これを既(すんで)に引き戻し、身体の周囲に沿わせて曲芸さながらクルクルと円転させたかと思うと、息つく間もなく狙いを定めて突き込んだ。
ただでさえ過重の当たりに、充分な遠心力が上乗せされた狂暴な一撃。
これをまともに被(こうむ)った八角棒は、手もなく千々(ちぢ)に砕けて跡形をなくした。
「くお……っ!!」
散(あら)けた屑物と一緒くたに突き飛ばされた虎石は、強(したた)かに翻筋斗(もんどり)を打った後、急いで意気の立て直しをはかった
片膝をつく無様をさらしてはいるが、さっきのをもらって命があっただけでも幸運だろうと、熟達した生存本能がヒリヒリと主張を繰り返していた。
しかし、この寒さはどうにも堪える。
鼻柱から口内は言うに及ばず、息をするだけで肺が凍りつきそうだった。
「詰みですか?」
「そうでも無えさ」
とぼとぼと気味の悪い足取りで迫りくる女性に対し、歯牙を剥いて応じる。
どうやら本番はここからのようだが、その前にハッキリさせておきたい事がある。
「オメー、御遣に恨みでもあんのか?」
かくも直球を放ったところ、先方はわずかに驚いた様子の顔つきとなった。
「それはまた、立ち入ったことを訊くのですね?」
「人に刃物(ヤッパ)向けといてよく言うぜ」
「愛情表現をご存知でない?」
「あぁ? 脳ミソ腐ってんのかてめえは」
戦端にあたって、彼女があんな提案を持ち掛けた理由は、恐らくその辺りに帰結するのだろう。
平たく言えば、御遣との殺し合いだ。
同族嫌悪か、何かしらの怨恨か。 ひょっとすると、各地の大会を荒らしてまわったのは、御遣(おれ)たちを探し出すために
「ぬ……っ!?」
矢庭に、寒風の狭間を疾駆した穂先が、白糸の尾を引いて眼前に迫った。
考えるより先に手が動き、後ろ腰にあしらった斎斧(いみおの)の在処をさっと突き止めた。
すっかりと凍み氷った満身を、心ばえもろともに焼き尽くすような炎が、掌中であかあかと燃えた。
途端に猛然たる圧力に翻弄された女性の身柄が、後方へ飛んで軽やかに着地した。
「へぇ……?」
わずかに目元を攣縮(れんしゅく)させて眺めやる先、重厚な鉞(まさかり)を顕した虎石が敢然と立っている。
過大な反撃を被った穂先がいまだに振動をきたしており、手の内が痺れるように痛かった。
裏腹に、ひどく気が逸(はや)るのを感じた。
それはまるで少女の時分。 買い与えられた新しいおもちゃに、小さな胸を時めかせたあの頃のように。
“このおもちゃはだいじょうぶかな? ずっとそばにいてくれるよね?”
簡単に壊れるような玩具に興味はない。
人に壊されるだけの玩具に興味はない。
互いに壊し合える玩具があればと、常々そんな事を思っていた。
あぁ、やっと見つけた。
「あの男、どこに隠してた? あんなデカイの」
「ひょっとして、あの二人……」
騒然とする客席では、当面の寒波を打ち忘れたように慌ただしい憶測が飛び交っていた。
その模様を芥視(かいし)した女性は、品の良い仕草でクスクスと笑った。
「愉快ですね?」
「見られんのが好きならよ? 踊り子にでもなったらどうだい?」
「……その口、一向に減らないわね?」
気づかいのない戯(ざ)れ言(ごと)が癇に障ったか、途端に眼の色が変わった。
凍りつきそうな青目の奥に、情熱とは無縁の冷ややかな火先がしきりに揺れている。
手のひらからスルリと滑り落ちた短槍が、霜畳にやわく食いつき、微動だにせず直立した。
──打ち直しだ。
忌まわしい火焔をもって、脆い箇所に刃金を補い、手薄な箇所に鉄を充てる。
同業とあれば、その手札を見抜くのに造作はない。
拠りどころの鉞を肩口にどっしりと預けた虎石は、先方の一挙一動に注目した。
どのような手段で攻め掛かってこようとも、こちらの間合いを脅かした瞬間に打ち下ろす。
愚直な一撃に、すべてをかける心積もりだ。
「………………」
対する女性は、しかし両腕をだらりと弛緩させたまま。 ちょうど鍛冶(かぬち)が火床(ほど)の案配を見極めるように、かすかに眇(すが)めた眼を足元へ及ぼすのみだった。
「…………っ!?」
瞬間、ぞっと身の毛が弥立(よだ)つ感覚を知った虎石は、盈満(えいまん)の時を待たず、五体を真横へ投げ出した。
その後先に、地中から勢いよく伸び上がった真っ白な尖端が、コートの裾を事もなげに貫いた。
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