テラーノベル
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ゴキブリから無事に逃げ延びた僕、蒼梧、ナギの三人は、広々とした廃車置き場に身を隠していた。 周囲には、スクラップになった車体やタイヤが積まれている。
他の二人はまだまだ余裕そうだったが、僕は既に限界を迎えていた。
一つだけ横倒しになったタイヤに腰掛け、ゼイゼイと息をつく。
そんな僕の傍らで蒼梧が、
「こっちにも車があるんだな」
と呟いた。
言われて見ればその通りだ。
かなりの数だが、異形達の中にも車を作ったり、乗ったりしている者が居るのだろうか?
そんな思いが頭をよぎった次の瞬間、
「あ」
蒼梧が、一点を見つめて固まった。
僕とナギも、つられて顔を向ける。
僕らから少し離れた地点——その十数メートル程上空に、裂け目が生じていた。
その向こう側に広がっている紫色の空間から、巨大な人間の手首から先が、その姿を覗かせていた。
手はミニカーでも摘まむかのように、親指と人差し指で、ボロボロの軽自動車を掴んでいた。
そして、五、六台が積み重なった廃車の山の上に、掴んでいた車体を落とす。
——ガシャアン!
辺り一帯に、騒々しい音が鳴り響いた。
僕らが見つめる中、手は静かに、裂け目の向こうへと引っ込んでいった。
それに伴って、裂け目も消失してしまう。
「……あの、今のは?」
尋ねる僕に、ナギは、
「あれは知らん」
と答えて、肩を竦めた。
「この街のことは、あんまり深く考えない方がよさそうだな」
と、蒼梧も溜息をついた。
ナギは腰に下げた巾着袋から、笹の葉らしきもので包まれた何かを取り出した。
紐を解くと笹の中には、巨峰程の大きさの丸い物体が、何粒も入っていた。
どれも薄橙色をしており、なんとなく人の肌を連想させた。
よく見れば、臍のような窪みや、黒子のような点があるもの、剃り残した髭のようなものがぽつぽつと生えている粒なんかも混じっている。
「〝肉の実〟だ。栄養が詰まっている」
そう言いながら、ナギはその内の一粒を自らの口へ運んだ。
くちゃくちゃと音を立てて身を噛みながら、僕達に言う。
「食え。疲れが飛ぶし、暫くは飲まず食わずで平気になるぞ」
僕がためらっていると、蒼梧が勇敢にも実を摘み、口に放り込んだ。
「ん……味は酷いけど、確かに効くぞ」
僕も仕方なしに、黒子のある粒を手に取った。
ぶよぶよとした実に歯を立てると、ぶちゅっという音と共に、口内にじんわりと鉄の味が広がった。
吐きそうになるのをこらえ、無理やり飲み込む。
なるほど。
最低な味だが、疲労や喉の渇きは嘘の様に消失した。
「それで——あんたは誰なんだ?どうして俺達のことを知ってる?」
蒼梧の問いかけに対し、ナギは自分の半生を、かいつまんで語った。
幼き日に、魔女に家族を奪われたこと。
そして復讐を誓った旅の過程で、不思議なラジオのお告げを聴いたこと。
「——全てを伝え終えると、ラジオの音声は途切れ、再び世界が動き始めた。そうして私はラジオのお告げに従い、この境界街へやってきた」
ナギの話が途切れるタイミングを待って、蒼梧が尋ねた。
「俺達を助けた理由は?こっちの名前も知っていたし、通りすがりってことはないだろ?」
「お前達があのタイミングであそこに来るのはわかっていた。『モリヤオサムとナカムラソウゴ、二人の少年が異界からやってくる。その二人は、魔女に攫われた友人の少女を救おうとしている』——お前達を助けろと、ラジオが言った。皆で協力すれば、私は魔女を殺すことができ、お前達は少女を助けられる、ともな」
「本当に!?」
僕は、思わずタイヤから立ち上がった。
「あくまで、ラジオのお告げを信じるならば、だがな」
ナギは、僕らの顔を交互に見て続けた。
「私の力をお前達に貸そう。だから、お前達の力も私に貸してくれ」
蒼梧がチラリと僕を伺う。
その目は「どう思う?」と僕に問いかけていた。
正直、願ったり叶ったりな話だ。
藁にもすがりたい思いであった僕には、地獄で仏にあったような展開である。
普通に考えて、申し出を断る理由など何一つ見当たらない。
だからこそ——嫌な予感がした。
あまりにも、都合のいい展開すぎる。
「ねえ、ナギ。僕らに嘘をついてない?」
僕の質問に、ナギの片眉がピクリ、と動く。
「……嘘、というと?」
「わからないけど——嘘じゃなくても、何か話してないことがあるんじゃない?意図的に隠してることが、何かさ」
少しの間、沈黙が場を支配した。
やがて、ふう、とナギが息をついた。
「流石だな、モリヤオサム。ラジオの言っていた通りだ。その勘の鋭さこそが、今の私達には必要だ」
続けて、何かを言おうと口を動かしかけた、その時——
「ミツケタ……」「ニクダ……」「ニゲタニク……」
——聴き覚えのある独特な発音に、僕らの間に緊張が走った。
声のした方を一斉に見る。
すぐ近くの廃車の山。
その陰から、三匹のゴキブリが姿を現した。
チッ、と舌打ちして、蒼梧が僕らの前に出る。
「これくらいの数なら、俺が」
と——その言葉が終わらない内に、ナギは動いていた。
弾丸のように蒼梧の脇をすり抜け、ゴキブリ達の前へと躍り出る。
驚き、ゴキブリ達が反射的に羽を広げた。
しかし、もはや全てが遅すぎたし——そうでなくても、ナギは速過ぎた。
抜刀。
そして、目で追いきれぬ速度の斬撃。
光の線が何度か閃き——勝敗は呆気なくついた。
納刀と同時に、三匹の体はそれぞれ何分割かされ、ボロボロと地面に転がる。
「凄い……!」
「強えな……俺なんかより、ずっと強え」
僕と蒼梧の賞賛に対し、ナギはまだ微かに痙攣しているゴキブリ達の体を見下ろしながら、
「だが——これでもまだ、魔女には届かない。間近でその力を見た私にはわかる。私だけでは——奴に勝てない」
と、悔しそうに呟いた。
それからこちらを振り返って言う。
「お前の言う通りだ。私は敢えて、お前達に伝えていないことが沢山ある。理由は二つ。一つは、いちいち詳細に説明し、納得してもらう時間はないから。そしてもう一つは、事前に話さない方が、事が上手く運ぶからだ。情報によっては、話すことによって未来に影響を与えてしまう危険性がある」
「それもラジオが言ってたの?」
「そうだ。怪しむのはわかる。私がお前達を助けたのも、自分の復讐のため。お前達や、お前達の友人のためではない。しかし少なくとも、魔女を許せないと思っているこの気持ちに、嘘偽りは一つもない」
ナギは、僕の目をしっかりと見つめ返して言った。
「私の復讐は、囚われた少女——シイナユウのためにもなる。だから頼む。力を貸してくれ」
「……本当に、由宇を助けることができるの?」
「ああ」
再びの沈黙。
——折れたのは、僕の方だった。
「……わかった。一緒に闘おう」
「ありがとう」
僅かに表情を和らげ、ナギが礼を言う。
「というか、僕達が協力するかどうか、ラジオは教えてくれなかったの?」
「それに関しては『私の説得次第』と言っていた。上手くいって安堵している」
そう言いながら、ナギは巾着袋の中から、古びた懐中時計のようなものを取り出した。
「まだ少し、時間には余裕があるな……」
ナギに近寄り、僕も時計を覗き込む。
しかし文字盤には、数字の代わりに見たこともない記号がびっしりと刻まれており、いくつもの針が複雑に動いていて、僕には理解することができなかった。
「で、これからどうするんだ?」
蒼梧の質問に、ナギは、
「まずは近くの市場に向かう。必要なものを一通り揃える必要があるからな」
と、答え、懐中時計を袋に戻した。
「必要なもの?」
ああ、と頷き、ナギが歩き始める。
「『武器』と『仲間』、それから——魔女の棲家への『潜入手段』だ」
#学園生活
耐え内
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阿炎快空
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コメント
1件
第45話、読みました! ナギの「肉の実」の描写が生々しくてちょっと鳥肌立ったけど、それ以上に主人公の「都合よすぎる展開への違和感」に共感しました。直感でナギの隠し事を見抜くところ、カッコよかったです。ラジオのお告げと復讐の目的がどう絡むのか気になるし、3人の同盟がちゃんと信頼で結ばれるのか、すごく楽しみです。由宇を助けられるといいな…!