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#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
境界街の灰色の街並みの中に、その公園は存在した。 短い林道を抜けると、目の前には広々とした芝生が広がっている。
そしてこの時期——そこでは大規模な〝市〟が開かれていた。
濃い霧の漂う中、広場には沢山のテントが設置されていた。
それらを見回しながら、僕は小学生の頃、両親に連れていってもらった地元のフリーマーケットを思い出していた。
「境の世界は、様々なものの狭間に存在する空間だ。生と死、虚と実、夢と現——そして、世界と世界」
ナギ曰く、この市には、様々な次元から売り手と買い手がやってくるらしかった。
言われてみれば、服装や髪の色は奇抜なものの、普通の人間らしき存在もちらほら確認できる。
「見ろ」
ナギが顎で示した先——ごった返す客達の頭上を、何かが浮遊していた。
それは、木彫りの恵比寿様だった。
一体だけではない。
市場のあちこちを、顔に不気味な笑顔を貼り付けた人間大の恵比寿像が、ドローンのように巡回している。
「あれはこの市を仕切っている〝商売の神〟の使いだ。盗みを働いたり、下手に騒ぎを起こせばあいつらに排除される。気をつけろよ」
その言葉通り、掲げた小槌がべったりと血で濡れている像もいた。
強いとか弱いといった次元の話ではない。
アレは、この場における〝理〟の具現化。
絶対に逆らってはいけない類のものだ。
僕は直感で、恵比寿像の恐ろしさを感じ取っていた。
「さて、ここからの行動だが——」
「あ、待って」
広場へと歩き出そうとするナギを呼び止め、僕は少し離れた地点を指差した。
「その前に、ちょっとトイレに寄ってもいいかな?」
そこには公園でよく見る、——煉瓦壁の公衆トイレがあった。
隣には、ずらりと仮設トイレも並んでいる。
何とも用意のいいことだ。
「俺も行っときたいな。いざって時に、敵の本丸で漏らすのは避けたいし」
「別に構わん」
蒼梧の言葉に、ナギが肩をすくめる。
「時間に余裕はある。慌てなくてもいいぞ」
「おっと、こいつは失敬」
「い、いえ——こっちこそ、すいません」
出入り口から出てきたペストマスクを被った紳士とぶつかりそうになりつつも、男性用のスペースに入る。
小便器と個室が並んだ、何の変哲もない公衆トイレ。
ちょうど僕らの他に利用者は居ないタイミングだった。
二人並んで小用を足していると、蒼梧が、
「それで?」
と、小声で僕に話を振ってきた。
「実際のところ、どう思う?」
僕はチラリと出入り口に目を向けてから、同じく小声で返す。
「……とりあえずは、従うしかないんじゃないかな。生贄の儀式が間近に迫ってる以上、他の手段を一から探す時間は無いだろうし」
「理屈ではそうだけどよ——お前の勘は何て言ってるんだ?」
「んー……正直なところ、嫌な予感はしてるよ。進む先で、何か大きな危険が待ってるような、ね。魔女の棲家に乗り込もうっていうんだから、当然かもしれないけれども。ただ——」
「ただ?」
「——魔女に家族を殺されたっていう過去と、魔女を恨んでる気持ち、それから『自分に協力することが由宇の救出にも繋がる』っていうくだり——その三点に関しては、信用していいと思う」
なるほどね、と呟きながらチャックを上げる蒼梧に、声量を戻して僕は続けた。
「とは言え——由宇を助け出しても、問題はどうやって僕らの世界へ戻るかだよ。幸村さんは『門がもう一つ開いてる』みたいなことを言ってたけど、それだって今頃は閉じられちゃってるかもしれないし」
「その辺のことは、魔女を倒してから考えようぜ。ナギの話じゃ、この市場には異世界から来てる奴が大勢居るんだろ?てことは、異なる次元を行き来する方法はあるってことだ」
そう言いながら、蒼梧は二ヶ所ある手洗い場のうちの一箇所で、バシャバシャと手を洗い始めた。
確かに一理ある。
用を足し終えた僕は、蒼梧の隣の洗面台へと並んだ。
ハンドルを捻り、蛇口から水を出す。
「何にせよ、こんな不気味な世界からは早いとこおさらばしたいな……」
思わず愚痴をこぼす僕だったが、
「不気味な世界、か」
蒼梧はそう呟くと、ハンドルを戻して水を止めた。
その瞳は、水が吸い込まれる排水口をじっと見つめている。
「蒼梧?」
「いや、確かにその通りではあるんだけど——俺は何だか、妙な懐かしさも感じてるんだ」
「懐かしさ?」
「ああ。特に、あの真っ赤な空を見上げてると、何かを思い出しそうになる。ひょっとすると——俺の生まれは、こっちだったりするのかもな」
その可能性については、僕も思い至ってはいた。
幸村さんの結界を破壊した際の、蒼梧の何かに取り憑かれた様な姿を思い出す。
あの時の蒼梧は、本能的に察していたのではないだろうか。
鳥居の向こうが、自分の本来居るべき場所だと——
「——ま、だから何だって話だけどな、今更。俺が普通の人間じゃないのなんて、わかりきったことだし」
何でもない様に言い放つ蒼梧に、僕は少しほっとした。
「確かにね」
軽く笑いながら、僕もハンドルを回して水を止める。
「それに、友達の故郷かもしれないと思えば、ここもそう悪くは——」
と、そこまで言って顔を上げたところで。
目の前の鏡に映った光景に、僕はギョッと目を見開いた。
僕のすぐ後ろ——肩から覗くようにして、若い女が立っていた。
白と青を基調とした、涼しげな浴衣。
病的に白い肌に、乱れた黒髪。
そして何より——楽しそうに笑うその女の目蓋は、糸によって両眼共に縫い合わされていた。
慌てて背後を振り向くが、そこには誰も居ない。
もう一度、鏡を見る。
——居る。
「おい、どうした?」
蒼梧が不審そうに、横からこちらの鏡を覗き込む。
反応からすると、見えていないのだろう。
どうやら鏡の中の女は、久々に会う、〝僕にしか波長があっていない系の人〟らしかった。
緊張で体が強張る。
少しでも触れたら、本当にそこに居ることになってしまう——なぜだか、そんな考えが頭をよぎった。
少し迷った末、
「あ、あの……男性用ですよ、ここ?」
恐る恐るそう言うと、女はにやついた表情のまま、鏡の中の出入り口から、ふらふらと出て行った。
特に悪意は感じなかったし、もしかしたら迷い込んでしまっただけなのかもしれない。
にしても——
「大丈夫か、修?何か見えたのか?」
「ごめん……前言撤回」
僕は大きく息をついて、蒼梧に言った。
「やっぱり最低だよ、この街は」
外に出てあたりを見回すと、ナギは少し離れたところで腕を組んで、賑わう広場を眺めていた。
何かを探す様に、人混みに刺す様な視線を向けている。
「お待たせ、ナギ」
そう声をかけ、歩み寄ろうとしたその時だった。
「修さーーーーーーーーーん!」
可愛らしく、そして懐かしい女の子の声。
まさかと思い声のした方を見ると、ちょうど広場の方から、黒とオレンジの混じり合った俊敏な塊が飛び出してきたところだった。
塊は勢いそのまま、驚異の跳躍力で僕の顔へと飛びかかる。
「うわああっ!?」
僕は尻餅をつきつつも、何とかその塊——興奮しているサビ猫を顔から引き剥がした。
「オ、オーマ!?」
「探しましたよお、修さん!山の方から降りてきたって聞いたんで、だいたいこの付近にいるんじゃないかとは思ってましたけども!この街で普通の人間が向かいそうな場所はどこだろうと必死で考えて、もしかしたらとダメ元で——」
「やはり知り合いだったのか。話が早いな」
いつの間にか傍らに立っていたナギが、オーマの言葉を遮り言った。
「『市場に行けば、猫が自然と仲間に加わる』——お告げの通りだ」
コメント
1件
第46話、読了しました…! 鏡越しに現れた縫い目の女、めっちゃ不気味で鳥肌立ちました…。ああいう“自分にしか見えない系”の存在、好きです。オーマの再会はちょっとホッとしましたが、やっぱりこの世界、一筋縄じゃいかないですね。蒼梧の“懐かしさ”の伏線も気になります…🌙🤍