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萩原なちち
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「……今いいとこなんだよ、マジで。……いや、しつこいって……「だから何!? 今、映画クライマックスなんだけど!!」
スマホに表示されたしゅうとの名前に、思わずガチギレの声を浴びせる。
至福のひとり映画タイムを邪魔された怒りは、画面越しでも伝わっているはずだ。
『ガチクソに怒ってますやん! それより今どこですか!?』
「え? 家で映画観てっけど」
こっちが血管浮かせそうな勢いなのに、向こうは妙に緊迫したトーンだ。
なんなんだよ。大阪に出張中の彼らになにかあったのか?
『だいきさんといつきくんと一緒じゃないんですか?』
「ん? 一緒じゃないけど。……あー、帰りに飯誘われたけど、ゆうたさんからの連絡いつくるか分かんないから断ったわ。しゅうと、聞いてなかったの?」
『いや、僕はいっちゃんも誘えたら誘うって聞いてたんですけど、りゅうせいくんが「聞いてない!」ってブチギレてるんです。この二人、この間も喧嘩したばっかりだし……もうなんかヤバい言葉めっちゃ吐いてるんですよ。本人たちと電話繋がらないし、どうしようもなくて!』
「なんだよ、別にいいじゃん。仲良いおっさん二人が飯食ってるだけだろ?」
鼻で笑って、ポップコーンを口に放り込む。
俺だって、ゆうたさんのことは信頼している。
仕事の付き合いで上司と飯に行くくらい、大人の男なら余裕で送り出すのが「デキる彼氏」ってもんだ。
『……じゃあ、いいんすね? 今、ゆうたに呼ばれて、企画会社の人と俺たちも合流することになったんですけど……。可愛いぷりっぷりの女の子二人いますよ?』
「……は?」
急に電話の主がりゅうせいに変わった。
スピーカーにしてやがったな、こいつ。俺のブチギレ声が響き渡ってたと思うと死ぬほど恥ずかしい。
「女の子は別にいいけど。さっきゆうたさんからLINEもらってるし。俺はあの人を信頼してるし、問題ない」
『かぁーー!! 分かってないなぁ、いっちゃんは! ゆうたがその気なくても、向こうにその気があったらベッタベタに触られるんだからね!? おっぱいぎゅーって押し付けられたりするんだからね!?』
「ドラマの世界かよ。そんな下品な女、実在するわけねーだろ。アホだな、りゅうせいは」
鼻を鳴らして、あくまで余裕を崩さない。
だが、次の瞬間。電話の向こうでしゅうとが冷酷な「現実」を突きつけてきた。
『……あー。若い人同士の方が話も弾むやろって、上司さんのご厚意で、飲み会のメンバー……長身イケメンに変更になりました。ちなみに、いっちゃんと同い年らしいですよ?』
「…………」
脳内の血管が、ブチっと音を立てて弾けた。
「おい! しゅうと! りゅうせい! 囲め!! ゆうたさんを死守しろ!!」
『……いっちゃん?』
「俺は今から、いつきくんとだいきくんがいる店に向かう!! ゆうたさんにバレないように、逐一写真を送れ! 分かったな!? こちらも現場から逐一連絡する!!」
『ラジャー!!』
最後の返事がどっちの声だったかなんて、もうどうでもいい。
とりあえず今、ひとりで家にいると情緒が危険だ。
早くあの能天気な上司たちを確保しないと、このまま新幹線に飛び乗って大阪まで殴り込みに行きそうな自分がいる。
……くそっ、余裕のある彼氏のフリ、し続けたいんだけどな。
本当は「大阪に行く」という言葉を聞いた瞬間から、カバン持ちでもなんでもいいから同行したい気持ちでいっぱいだった。
そんな女々しい本心を、映画のラストシーンと一緒にゴミ箱へ放り投げ、俺は乱暴に上着を掴んだ。
「あれ? いっちゃん。今日は無理なんじゃなかったの?」
店に踏み込むなり、能天気な声が飛んできた。
カウンターで並んで飲んでいるいつきくんとだいきくんを見つけ、俺は大きくため息をつく。
「揃いも揃って何してんすか。あんたらの彼氏、大阪でご立腹ですよ?」
俺がこの店を知ってたから良かったものの、二人揃って連絡がつかないなんて、普通なら修羅場確定コースだ。
「え、なんで? 俺、しゅうちゃんに言ったよ?」
「俺も、りゅうせいに言ったはずだけど……」
「いや、しゅうとはまだ理性保ってますけど、りゅうせいはマジでガチギレっすよ?」
「えっ?!」
「だろ? 俺が天使ちゃん相手に嘘つくわけないじゃん」
「問題は、二人で一緒にいる時に連絡が取れないってことなんですよ。スマホ、切ってんですか? それとも、そういう『お熱い』ことしちゃってるんですか?」
「はあ!? そんなわけねーだろ。ちゃんと4Gって出てるし」
心外そうに二人がスマホを取り出す。……いや、ちょっと待て。
「ここ、地下っすよね? 俺のスマホ、5Gでバリバリ繋がります。お二人のはどうですか?」
「……繋がんないな」
「確かに。……圏外だ」
「地下で電波繋がんねぇって、いつの時代の話だよ!!」
腹が立ちすぎて、スマホを投げ捨てそうになった。
今どき電波の入らない店で上司二人が密会してるとか、どんな不運の重なり方だ。それより、問題はりゅうせいだ。
「一応、俺からLINE入れときましたけど。早急に連絡した方がいいっすよ。マジでヤバいらしいんで、あいつ」
「うわ、マジか……」
焦った顔でいつきくんが席を立つ。
りゅうせいが聞きそびれたのか、いつきくんが言い忘れたのか。どっちも天然だから真相は藪の中だ。
「ごめんね、いっちゃん。わざわざ来てくれて」
「マジで、脅迫っすよ。今からゆうたさんの取引先と飲み会だけど、可愛い女の子二人とイケメンがいる。なんかあったらどうする?って脅しかけてくるんすよ。そんなもん、あんたらの生存確認しに来るしかないっしょ」
やれやれと肩をすくめた瞬間。
だいきさんの表情が、一瞬で凍りついた。
「…………可愛い女の子?」
あ、まずい。
「そんなの、しゅうちゃんが狙われるに決まってんじゃん!! 今から大阪行かないと!!」
「ちょ、だいきさん落ち着けって!」
忘れてた。ゆうたさん以上に、しゅうとは女の子からの人気が凄まじいんだった。他人事すぎて完全に失念していた俺のミスだ。
「ごめん、いっちゃん。俺、だいきと飲みに行くのゆうたくんに話した時、りゅうせいにも伝えたと思い込んでたみたい。ほんとごめんね」
いつきくんがヘラヘラ笑いながら戻ってきた。……え、もう終わったの?
今の数秒で、あの猛獣化した化け物ゴリラを宥めきったっていうのか?
「ごめん、いつきくん。俺、今から大阪行ってくる!!」
血眼で立ち上がるだいきさんの肩を、いつきくんが力いっぱい押さえつけた。
「落ち着ついて!もう新幹線ないし、何かあっても着く頃には手遅れだから!!」