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最悪のお茶会を終えて離宮に戻ってきたルツィエは、気疲れで痛む頭に手を添えてソファに座り込んだ。

結局あのあとすぐに猟犬は下げられ、ルツィエはヨーランからアンドレアスの悪口を延々と聞かされるはめになった。


余計な口を挟まず適度に相槌を打っていると、ヨーランは満足したのか、ようやくルツィエを解放してくれたのだった。


「……疲れたわ」

「大丈夫ですか? 頭が痛むようでしたら、お薬をお持ちしましょうか?」


離宮の侍女が気を利かせて尋ねてくれたので、ルツィエは気遣いに甘えることにした。


「そうね、お願いできるかしら」

「かしこまりました」


ヨーランが配置した侍女二人は初めこそ抜け目なさそうに感じられたが、案外扱いやすく、ヨーランからの贈り物などをたまに分けてあげていたら監視もすっかり緩んだうえ、色々と融通をきかせてくれるようになった。


それに離宮は使用人が少ないせいか退屈らしく、色々お喋りしてくれるおかげで帝国の事情にも多少詳しくなった。


「ルツィエ様、お薬とお水をお持ちいたしました」

「ありがとう」


ルツィエが薬を飲むと、侍女はルツィエのショールを持ってきて肩に掛けてくれた。


「お出かけ前はお元気そうでしたのに、身体が冷えてしまわれたのでしょうか」

「いえ、そういうわけではないのだけど……」


ルツィエは何と答えようか迷った挙げ句、例の猟犬のことを理由にすることにした。


「ヨーラン殿下がお茶会に猟犬を連れてきたの。檻に入れられていたのだけど、すごく凶暴そうで怖くて……。それで緊張して気疲れしてしまったのかもしれないわ」

「まあ、それは大変でしたね。猟犬といいますと、もしかして黒い犬ですか? あれは本当に危険らしいですから、檻に入っていたならよかったですよ。でなければまた人を襲っていたかもしれませんから」

「また、って……あの犬は前に人を襲ったことがあるの?」


思いもよらない話にルツィエが目を見開く。

侍女は神妙な面持ちで眉を寄せると、少し間を置いてからこくりとうなずいた。


「ええ、恐ろしいことに。私も噂で聞いただけですが、この離宮が空き家になったのはあの猟犬のせいなんです」

「えっ?」


この離宮が空き家になる前は、皇帝の側妃と息子が住んでいたと聞いた。しかし、二人は共に不慮の事故で亡くなったということだったはずだが……。


「まさか、不慮の事故というのは……」

「はい、ヨーラン殿下の猟犬です。首輪が外れて逃げ出した猟犬が、この離宮に入り込んで側妃様とご子息様を咬み殺したんです」



◇◇◇



侍女からこの離宮にまつわる悲劇を聞いてから、一週間が経った。


あのあと側妃とその皇子について尋ねてみたが、もともとわずかだった当時の使用人はすでに全員いなくなっており、皇宮でも側妃と皇子の話は禁忌とされていたため、容姿はもちろん、名前さえも不明だった。


月明かりの差す部屋の中で、前に机の引き出しに挟まっていた手紙を手に取って眺める。


『母上、お誕生日おめでとうございます』


母親へのお祝いの手紙を書いた優しい息子と、息子からの手紙を大事にしまっていた母親。


名前も顔も知らない二人だが、きっと互いに思い合っていた幸せな親子だったのだろうと思うと、彼らの非業の死にたまらなく胸が苦しくなる。それに、フローレンシアで殺された家族のことも思い出されて、目頭がじわりと熱くなった。


(……だめよ、泣いてはいけない)


ここで神宝花ディラ・フロールを顕現させるわけにはいかない。

ルツィエは泣くのを我慢しようと窓の外に目をやった。すると、庭の片隅に見覚えのあるシルエットが見えたような気がした。


「あれは……」


ルツィエはショールを羽織って庭へと向かった。



◇◇◇



「こんばんは、殿下」


顔を覗き込むようにしてルツィエが声をかけると、木の下で項垂れていたアンドレアスはびくりと肩を揺らした。


「……ルツィエ王女」

「お久しぶりです。お身体はもう大丈夫ですか? お茶会のあと、ここにもずっといらっしゃらなかったので心配していました」

「ああ……もう大丈夫だ。あのとき庇ってくれてありがとう」

「いえ、当然のことをしただけですから」


ルツィエがきっぱりと言い切ると、アンドレアスは少しだけ表情を和らげた。


「……そなたも気づいたと思うが、俺は犬が苦手なんだ。不甲斐ない姿を見せてしまって情けない」

「いえ、あの猟犬は私も怖かったです。実際、あの犬は人を襲ったこともあると聞きましたし……」

「……ああ、恐ろしい犬だ」


アンドレアスが暗い声で呟く。

やはりまだ体調は良くなさそうだ。

それか、今日はルツィエとはあまり話したくないのかもしれない。


ルツィエはひとつだけアンドレアスに質問をして、今夜は部屋に戻ることにした。


「あの、ひとつだけお尋ねしてもよろしいですか。もしかすると聞いてはいけないことかもしれないのですが」

「……なんだ? 言ってみてくれ」

「では、もし皇太子殿下が側妃様とご子息様のお名前をご存知でしたら教えていただきたいのですが」


ルツィエがそう尋ねると、アンドレアスは弾かれたように顔を上げ、目を丸くしてルツィエを見た。


「……なぜそんなことを?」

「あ……やはり聞いてはいけないことでしたでしょうか。申し訳ありません」

「いや、そうではなくて……。純粋になぜ側妃と息子の名前なんて知りたいのかと思って……」


戸惑ったような表情を浮かべるアンドレアスに、ルツィエが穏やかに理由を告げた。


「お二人の哀しい最期を知りました。とても他人事とは思えなくて……。ですから、お二人に呼びかけながら安息の祈りを捧げたいのです」


ルツィエの返事を聞いたアンドレアスは、天を仰いで答えを言った。


「……ソフィア側妃と、テオドルだ」

「ソフィア様とテオドル様……」


ルツィエが二人の名前を呼びながら、心を込めた祈りを捧げる。

二人の母子が安らかに眠れるように。

来世では幸せな人生を送れるように。


「殿下……泣いていらっしゃるのですか?」


天を仰いだままのアンドレアスの瞳から、一筋の透明な涙が流れている。彼のこんな姿を見るのは初めてだ。

どうすればいいか分からずにいるルツィエに、アンドレアスは口もとでわずかに微笑んでみせた。


「……そなたの祈りは、きっと二人に届いただろう」


アンドレアスの涙が月明かりに照らされて、きらりと光った。


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