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水のシールドは、炎のブレスを飲み込んだ後蒸発した。
だが、そのシールドが張られていた範囲を見るとその広さと威力が予想外のものだったことを私は知ることとなった。
(さっきの攻撃で完全に焼け野原になってたと思った……)
先ほどのドラゴンの炎のブレスは広範囲にわたって放たれ、騎士も草木も全てを炎で飲み込んだと思ったのだが、騎士や魔道士達は無傷だった。信じられない光景だった。あの一瞬の攻撃をブライトは魔法で防いだというのだ。先ほどまでは、魔力不足で倒れていたというのに。
「ぶ、ブライト……え、え、アンタもう大丈夫……」
「はい、エトワール様のおかげで」
と、にこりと微笑む彼は血色も良く、アメジストの瞳を輝かせながら私に優しく言った。
だが、その肌の色よりも、宝石のように美しい瞳よりも私は彼の髪色を見て何度か目を擦った。彼の漆黒の髪が、毛先が彼の瞳と同じくアメジスト色に染まっていたからだ。
一体どういうことなのだろうかと、あたふたしていると、後ろからドラゴンの雄叫びが聞え、まだドラゴンが完全に倒されていないと言うことが分かった。
「……っ」
私は、先ほどありったけの魔力を撃ち込んだため既に残っている魔力は僅かで、今度大きな攻撃をするにはかなりの時間が必要だった。だから、私じゃ対処しきれないと奥歯を噛み締めたとき、ブライトが優しく私の肩を叩いた。
彼の顔を見れば、自信に満ちあふれたようなそんな顔をしており、私を安心させるかのようにまたふわりと微笑んだ。
「エトワール様、後は僕がやるので、休んでいてください」
「え、でも、ブライト……魔力は」
そう言いかけたときには既にブライトは私の元を離れ、ドラゴンに対して水魔法を撃ち込んでいた。彼の作り出した水球は鋭い弾丸となり、スピードを増し、ドラゴンに向かっていった。ドラゴンは、ブレスをはく力は残っていないのか、ボロボロの翼でガードしようとしたがその弾丸はそれらを無視し、直接ドラゴンの身体に撃ち込まれた。そして、次の瞬間、ドラゴンの身体は水の弾丸に撃たれたところから凍り始めた。ドラゴンは、その魔法を何とか解こうと暴れ回るが、氷はビクともせず、むしろどんどんと身体を覆っていく。そして、ドラゴンは動きを止め、地面に倒れた。ドラゴンはピクリとも動かなくなり氷付けになってしまったのだ。その様子だけ見れば、綺麗な氷の像のようだった。
私はこのまま放置して、この国の灼熱の日差しによってとけないか心配だったが、魔道士達が何やら氷付けになったドラゴンに魔法をかけて何処かに移動させようとしているようだった。
私はその様子を見てあっけにとられつつ、私の方へ戻ってくるブライトの姿を見つけ何故だか身体が硬直した。変な緊張と言ったら良いだろうか。
「どうかしましたか? エトワール様」
「い、いや、あ……あはは」
私が笑ってごまかせば、ブライトはきょとんとした顔で首を傾げた。
私は、先ほどの出来事が上手く飲み込めずにいたのだ。
だって、ブライトはほんのさっきまで魔力不足とドラゴンから受けた攻撃で倒れていたというのに、いきなり立ち上がってあんな大きな魔法をバンバンと打って、それであの大きなドラゴンを氷付けにしてしまったのだから。驚くほかないだろう。
ブライトは確かに、魔道騎士団の団長の息子で、聖女の次に魔力量を持つ家の者だ。だから、もの凄い魔法が使えても、戦闘力が高くても何の不思議もないしそれが普通であるのだと思う。けど、信じられずにいた。
(だ、だって、あんなに弱ってたというか死にそうだったというか!だから、心配したのに!)
明らかに、自分を置いて逃げろとでも言うような顔と声をしていたのに、今、自力で立って何事もなかったように私に微笑みかけている。其れが不思議でたまらなかった。もしかしたら私が目を離したすきに誰かと入れ替ったのだろうか。ドッペルゲンガーとか身代わりとか。でも、そう言うのでも無い気がして、私は益々今目の前にいるブライトが本人なのか本人ではないのか疑わしくなった。
「ぶ、ブライトだよね」
「はい。エトワール様……先ほどから、その、何と言えば良いんでしょうか。疑いの目……向けられている気がするのですが」
「だって……」
ブライトは困り眉で私を見たが、私が疑っているというかそれこそ私が幽霊でも見るかのような目を向けていても怒ることもなく、ただ苦笑していた。
「エトワール様が、何を言いたいか分かりますよ。その目を見ていれば」
「う……っ」
と、ブライトは私の頬を撫でた。その手は暖かくて、生きている人間の温もりがあった。それに、彼の優しい眼差しは、先ほどまでの彼と変わりなくて、私はほっとして、でも撫でられたのがちょっと恥ずかしくて俯いてしまった。
生きていて良かった。私の為に傷を負って死んでしまっていたら……
先ほどの嫌な想像を思い出してしまい、私はなんとも言えない気持ちになったが、彼が生きているという事実だけを噛み締めることにした。あまり、深く考えない方がいいだろう。彼が優しいのは今に始まったことではない。彼が、嘘というか隠し事をするのも。
そんな風に暫く黙っていると、ブライトは自分の髪を少し撫で、嬉しそうに口角を上げていた。其れに気がついて私は、そういえばその髪はどうしたのかとやっと気になっていたことの一つが聞けた。
ブライトは、これですか? と確認しつつ、後ろでドラゴンの後処理を行っている魔道士や手当を受けている騎士をちらりと見てから私の方を再度見た。アメジストの瞳はこれでもかと言うぐらい輝いていて綺麗だった。
「これは、エトワール様のおかげです」
「私のおかげ? えっと、ごめん、話が見えなくて」
「ドラゴンを倒せたのも、僕の傷と魔力が回復したのも全てエトワール様のおかげです」
そう、ブライトは言うと目を伏せた。
自分が生きているのを確認するように胸に手を当てて、彼は暫く口を閉じた。
私はその間、私のおかげとはどういうことだろうと考えた。確かに、傷を癒やすために治癒魔法をかけたし、ドラゴンを光の鎖で拘束した。だが、私がしたのはそれだけで、一気に二つの魔法を使ったため、どちらも威力が落ちていたはずだ。ブライトの傷を治しきれていなかった気がするし、ドラゴンもとどめを刺すことも、瀕死に追い込むことも出来なかった。その結果、炎のブレスを放たれこちらが絶体絶命になったのだ。それに、ドラゴンにとどめを、氷付けにしたのはブライトだった。だから、ブライトこそこの戦いに終止符を打ち、功績を称えられレルべきなのではないかと。私はただ、手助けをしたまでだった。最後のブライトの攻撃を見る限り、私がいなくても良かったんじゃないかと思うぐらいに。
そう、私が俯いていると、ブライトはそんな顔をしないでください。と優しく声をかけてくれた。
「でも、私は何もやってないよ。聖女なのに」
「そこまで、聖女であることにこだわらなくてもいいと思います。僕も、魔道騎士団団長の息子という肩書き、期待の目は向けられていますが、それに押しつぶされていては自分をも殺す事になります」
と、ブライトは少し真剣な口調で言った。その声色から、彼が今現在その肩書きに苦しんでいると言うことを私は察し、思わずごめんなさい。と口にしてしまった。
きっと、ブライトは自分のようにはならないで欲しいと言った意味で言ったのだろうが、私はどう答えれば良いのか分からず謝罪を口にするしかなかった。
「責めているわけじゃありません。ただ、僕のように責任とか期待とか……そういうのを考えないで生きて欲しいって言う意味で」
「分かってる。そうだと思った。ブライト優しいもん」
「エトワール様」
私がそう言うと、ブライトは少し驚いたような表情をしていた。私だって、それぐらい分かるよと言ってやれば、ブライトはそうですよね。と呟いた。それから、私達は二人で顔を見合わせて笑った。何だか可笑しくなってしまって、つい笑ってしまったのだ。
ブライトは、私のことをどう見ているのか未だによく分かっていない。弟子のように可愛がってくれているのかも知れないし、妹のように見ているのかも知れない。まあ、どちらにせよ、彼との関係が良いものであるなら私はそれで良かった。
彼の好感度を久しぶりに見てみれば、大幅に下がる前を越えており、彼の好感度を回復できたのだと私は安堵した。
「あ、それで、その髪の毛って……というか、諸々聞きたいことがあるの! 教えて欲しい!」
「あはは……エトワール様落ち着いてください」
と、私が詰め寄って聞けば、またブライトは髪を弄りながら、苦笑いしていた。