「エトワール様は、自分の力について理解していますか?」
「自分の力?」
「はい、聖女としての力です」
ブライトがあまりにも真剣な表情をして言うので、私はどう答えるべきか、いや、初めから答えなんて持っていなかったから返答に困った。
聖女としての力とは。
そもそもに、私は本物の聖女ではないじゃないか。なのにどこをどうみれば、聖女の力があるというのだろうかと。最近では、聖女じゃないと街の人達にさんざん言われ、かと思えば、ヘウンデウン教の者達は私のことを女神の生まれ変わりだとか言う。だから、本当に私が聖女なのか聖女じゃないのか分からなくなってきた。だけど、私は本来なら、本来ゲームの中では悪役で、ラスボスで、ヒロインであるトワイライトに嫉妬し陥れる存在で、偽物聖女だ。だから、私が聖女であると言うことはないはずなのだ。
聖女であればいいなんて、とっくの前に希望は捨てた。
「いや、でもブライト、私は聖女じゃなくて……」
私が口ごもれば、何を言っているんだとでも言うような顔をブライトは私に向けていた。
彼が、私を聖女と思っていてくれる……かも知れないと言うことに喜びを感じつつも、皆が皆そう思ってくれていないことを私は知っているから喜べなかった。きっと、会ったことはないけれど、ブライトのお父さんが私とトワイライトを見ればきっとトワイライトを本物の聖女だと言って私を偽物扱いするのではないかと。ゲームの中では彼のお父さんは出てこなかったが、いくつかの会話の中に父は厳格な人で――――と言う文が合ったのを思いだした。それや、聖女を神聖視することから私なんて異端だと言うだろう。だから、もしブライトが偽物聖女のことも聖女として扱っていると耳にすればどうなることか。
まあ、これは全て妄想でしかないのだけれど。
「エトワール様は、自分が聖女ではないとおっしゃいましたが、僕は貴方のことを聖女だと信じています」
「え? ど、どうして」
「エトワール様が、あの時ドラゴンに向かって放った光の鎖、それ以前にも凶暴化した狼を浄化し、災厄の調査では、負の感情によって異形の怪物となった者さえ浄化した。あれは、僕の魔法では真似できないものです。それに、エトワール様には凄まじいほどの魔力があります」
「でも、でも、だって、トワイライトが本物の聖女だって!」
私がそう叫ぶと、ブライトは少し悲しげに目を伏せてから、私に言った。
彼女は、確かに本物です。と。
私はその言葉を聞いて、思わず目を見開いた。やっぱりそうだと、言い返したくなったが、それを見越してからブライトが先に口を開いた。
「きっと、エトワール様は自分の容姿が伝説上の聖女と違うことを気にしているのでしょう。エトワール様のありもしない悪い噂が流れていることも、勿論知っています。僕も、初めはそのもの達と一緒だった」
知っている。
私は、ギュッと唇を噛んで爪が食い込むほど拳を握った。
ブライトと最初に出会った時、彼もまた今私が他数の人間から向けられている目と同じ目で私を見た。お前は聖女じゃない。そんな目を。
でも、それがいつからかブライトは変わったと言った。それは、私の実力を見てか、魔力量を見てか。それでも、本物の聖女、伝説上の聖女と同じ容姿のトワイライトが現われて、彼女を聖女だって思うのが普通だと思う。聖女が二人いるなんて前例聞いたことがないだろうし、信じないだろうし、だったらどちらかが偽物と思うのではないかと。
ああ、また暗い方へと思考が寄っていると私は自分を心の中で叩いた。今に始まったことじゃないけれど。
「エトワール様と関わっていく内に、伝説がどうとか髪と瞳の色がどうとか関係無いと思いました。エトワール様は立派な聖女だと思います」
「そ、そう……」
面と向かって言われるのは恥ずかしいなと思った。
一応、ずっと私の魔法を見てきてくれていた師匠だし、褒められたというか認められたというか、とにかく嬉しい気持ちにはなった。
私が照れていると、ブライトは話を続けた。
「それで、僕の髪色と魔力の回復速度が速かったこと、気になっていたんですよね。これは、先ほども言ったように、エトワール様の力です」
「わ、私の? ブライトの髪色が、ブライトの綺麗なアメジストの瞳と同じように染まったこととか、傷が治ったこととか、魔力が回復したこととかが?」
「は、はい」
私がまくし立てるように言ってしまったため、彼は少し驚いていたようだったが、しっかりと返事をしてくれた。
しかし、私にそんな力があるなんて信じられなかった。
確かに、光魔法を使うものだから、他者に自分の魔力を分け与えることが出来る。でも、その少しの魔力で覚醒みたいな事が出来るのだろうかと。ブライトの先ほどの姿はまるで覚醒したキャラみたいな感じだった。上手く表現できないけれど、そういう雰囲気があった。
私は、自分の手を握って開いてを繰り返してみる。特にこれといった変化はない。
私は自分の力について、理解出来ていないんだ。だから、分からない。自分の力が、一体なんなのか。
でも、ブライトが言うなら、信じるべきなのかなとも思った。
「光魔法のものは、他者に魔力を分け与えられるって事は、エトワール様もご存じだと思うのですが」
「う、うん。逆に闇魔法の者は他者から魔力を奪えるんだったよね」
その例えはあまりよろしくなかったのか、ブライトは苦笑していたが、すぐに表情を引き締めた。
「そうです、それでエトワール様が僕に治癒魔法をかけてくれたとき、エトワール様の魔力が僕の魔力と共鳴し合って魔力の回復と傷を癒やすことが出来ました。治癒魔法は光魔法の専売特許ですからね。治癒魔法をかけると言うことは自分の魔力を相手に分け与えることになるので」
「つまり、私の魔力がブライトを強くしたって事? でも、そんな……共鳴とか、うーん」
「まあ、そうなりますよね。でも、大神官も以前仰ったと思ったのですが、聖女の魔力は他の魔道士の魔力とは異なるもので聖魔法とも呼ばれます。それは、魔力を与えられたものの力を引き出す力もあるのです」
と、ブライトは言うが、私は半分理解できていない状態だった。
言いたいことは分かるんだけど、実感がないというか。
だが、そこまで思ってふと思い出したことがあった。以前アルベドを治したとき、リースの傷を癒やしたとき、思えばその直後彼らの戦闘力が上がっていたのではないかと。幾ら魔法で瀕死の状況から立ち直ったとしてもあんなに動けるものかと思ったからだ。可笑しい話だった。もし、でもブライトの話が本当であるなら辻褄は合う。
リースがいい例だ。
災厄の調査の時、私を庇って傷を負った彼を癒やした後、何てこと無いとでも言うように私を助けに来た彼。元から強いのは知っていたけれど、今思えばあの時の彼は異常に強かったようにも思える。勿論、アルベドだって闇魔法と光魔法が反発しながら治癒したけどあんだけ重傷を負っていたのに暗殺者を撃退して。
彼らの元から持っている力にさらに上乗せされたような、ブライトが今回魔法を発動できたのが私の力だったとしたら。
(聖女の魔法って――――)
「確かにそうだよね。だって、ブライトの魔法すごかったもん。勿論、ブライトは聖女の次に魔力を持っているって言う家の生れだし、魔法が凄いってのは、習ってて分かるし、でもさっきのは本当に凄かった!」
幼稚な感想しか出てこない私を許して欲しい。
私が、精一杯伝えればブライトは恥ずかしそうに笑っていた。彼の瞳の色と同じ色に染まった少し長めの髪は風でゆらゆらと揺れており、とても綺麗だと感じる。この人は、きっとこれからもっと成長するだろう。
それにしても、と私は思う。
今まで、魔力量と容姿で、聖女かどうかという事で判断されていたけれど、こうしてちゃんと見てくれる人もいたんだなあとしみじみと感じた。
それはそうと、ブライトの髪はずっとこのままなのだろうかと彼に聞けば、私の魔力が身体から抜ければ自然と元の色に戻ると言うことを教えてくれた。ずっとそのままでも格好いいのにと残念に思いつつ、まあ魔力って消耗品だよねと私は片付けることにした。
「ドラゴンのことは彼らにまかせて、僕達は屋敷に戻りましょう。屋敷の方は被害がないと思うのですが……」
「そ、そうだよね。私無理言って飛び出してきちゃったし、無事だよって伝えに行かなきゃ」
ブライトは未だドラゴンの後処理に追われている魔道士達を見て、ここは彼らにまかせてと言って私に手を差し伸べた。ドラゴンのことで頭がいっぱいになっていたけれど、思えば、このドラゴンと戦う許可を出してくれたのは私についてきてくれたリュシオルや、トワイライト、アルバやグランツ達だった。だから、彼女たちに無事であったことを伝えに行かないとと私はブライトの手を取った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!