食事を主に担当される前川さんを手伝い、キャベツとハムのマリネ用にきゅうりを切る。
「キャベツとハムのマリネって呼ぶのに、きゅうりも入れるのよ」
と、マリネ液を作りながら、マスクをした口を動かす前川さんは
「ここの食事はやりやすいのよ。好き嫌いが多いのは奥様なんだけど、たぶんあまり食に興味がないのね。ご友人と出掛けてご馳走だったわ、って満足そうにおっしゃるけど家ではうるさく言わないし。想像だけど、料理しない方で出されたものを“こんなものだ”と食べているのだと思うわ」
と教えてくれた。
「うるさく言う人がいないけど、気をつけるのは品数?」
「そうね、ご主人様のご要望でね。難しい料理を期待されているわけじゃなく、こういう家庭料理でいいの。でも品数は5品以上」
「昨日も男性陣は二人でお仕事の話をしながら、長い食事をされていましたね」
「ずっと付いていなくていいから楽でしょ?」
「はい」
仕事の話をするからか、お二人は食事に手伝いを待たせておくことはしない。
「奥様も一人でサッと食べて終わられますし……一緒には食べられないんですね。遥香様のお時間もいろいろですし」
少し気になっていたことを、マスクで表情の隠れる今、聞いてみよう。
「こんなことを言うのはアレだけど……」
前川さんは私に肩をぶつけるようにして
「ご主人様と奥様のお部屋も別々でしょ?会社の引継ぎ資料を見ると、10年くらい前から別々みたいなのよね……家庭内別居?って噂もあるみたい」
と囁いた。
10年?
私の知っている計算でいくと、再婚してから11年半くらいのはず。
そのうち10年は別室ねぇ……
そう頭で計算していると、キッチンの内線が鳴った。
「はい、前川です……わかりました。お伝えいたします」
内線受話器を壁に掛けた前川さんは
「遥香様がすぐに来て、って。用件は何もおっしゃってないけど……」
と私の様子を窺うように言う。
「朝、出掛けておられて、お帰りを知りませんでしたけど…行ってきますね。あとお願いします」
マスクをゴミ箱に捨てた私は、コクコクと頷く前川さんをキッチンに置いて遥香の部屋へ向かう。
さあ、今度は何を仕掛けてくれるのかしら……遥香様?
「失礼します、真奈美です」
「ああ、来た来た。真奈美、このワンピースをリメイク出来るわよね?得意なんでしょ?」
おお……出来ないわよね?と言いたげな“出来るわよね?”だわ。
「どういう風にお直しをご希望でしょうか?」
「長袖を半袖のパフスリーブにするだけ。ここを切って、縫うだけだから今日中に出来る?ミシンのある部屋、わかるでしょ?」
いやいや……16時過ぎてるし。
しかも
「遥香様、パフスリーブにするには、ギャザーを寄せる必要がありますので、切ったままでは腕が通らなくなります」
それくらいわからない?
「得意なんでしょ?私はこのワンピースをパフスリーブで着たいって言ってるんだけど?出来ないの?」
「出来ますが、お時間を頂戴しないと無理です。切ったお袖で袖ぐりを広げる必要がありますから、一度袖を取って付け直さないといけません」
「面倒くさ……じゃあ、それ、やっておいて。今から、出掛けるから髪のセットをして」
「かしこまりました。このワンピースはお預かりします」
コメント
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家庭内別居ねぇ〜10年も。そこも気になるわ〜! 遥香は本物の中薗のお嬢様じゃないからご友人達の中で肩身が狭いのかな。表ではお仲間扱いだけど裏でけちょんけちょんに言われてるの知ってて、だから自分より格下と思ってる真奈美ちゃんをいびるの?
難癖付けるのがストレス発散方法かしら?遥香は
何の知識もないくせに出来るわよねって何様!?