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聖女の任を解かれた私に命じられたのは、王国最北の地ディングリーを治める領主様に嫁ぐことだった。
作物を腐らせる私の力は、他国の手に渡れば脅威となり得る。
一部では、処刑を望む声もあったと聞く。
それを考えれば、なんと寛大な措置だろう。
北方のディングリー領は寒さ厳しく、作物がなかなか育たない荒れた大地と聞いている。
その地を治めているのは、ダーレン殿下の腹違いの兄であるアーヴィン・ディングリー公爵様だ。
ディングリー公爵様は庶子の生まれで、少々自由奔放な方らしい。
王都では、皆が彼のことを酒カス王子と呼んでいた。
腹違いとはいえ、公爵様も陛下の血を継いでいる。
そんな彼がどうして臣籍降下して、北方の地を治めているのか。
難しいことは、私には分からない。
ガタンゴトンと馬車が揺れる。
外の景色が流れて行く。
北方に近付くにつれて、馬車の中に居ても凍てつく空気が肌を刺す。
元筆頭聖女とはいえ、私は王都を追放された身。
作物を腐らせる私が王都周辺に居ては安心して作物を育てることも出来ないと、国王陛下の命令だ。
これから先の一生を、北の大地で過ごす。
今までも孤児院を出て教会に引き取られてからは、教会の中だけで生きてきた。
狭い世界で生きていくことに、今更抵抗などあろうはずもない。
『生かしてやるだけで、有難いと思え』
ダーレン殿下の最後の言葉が、いつまでも耳に響いていた。
ディングリー公爵領は、それまで眺めていた王国内の景色とは大きく異なっていた。
色味の乏しい寂れた大地。
緑は少なく、青空さえもどこか灰色がかって見える。
馬車に揺られて辿り着いた公爵様のお屋敷は、とても大きく、少し古びてはいるががっしりとした建物だった。
教会のような荘厳さはないが、高い塀に囲まれた広い庭と大きな建物、いくつかの離れがある。
ここが、今日から私が暮らすところ。
自分の家だなんてとても言えないけれど、少しでもこの屋敷の人達に受け入れられればいいな。
その為には掃除でも洗濯でも、どんな雑用も率先してこなさなければ。
「奥様、ようこそお越しくださいました。使用人一同、奥様のご到着を心よりお待ちしておりました」
白髪交じりの老紳士が、恭しく頭を下げる。
服装からして、この館の執事さんみたい。
「あ、あの、奥様だなんて恐れ多いので……」
「いいえ、奥様は奥様でございます。当家での暮らしでお困りのことがあれば、何なりとお申し付けください」
この執事さん、凄く職務熱心な方みたい。
役立たず、何も出来ない不出来な聖女と呼ばれ続けた私に、こんな優しい声を掛けてくださるなんて……なんとお優しい方なのでしょう。
「有難うございます。あの、公爵様にご挨拶をさせていただきたいのですが」
執事さんに深々と頭を下げて、お願いをしてみる。
まずはこの地の領主様であり、私の旦那様となる公爵様にご挨拶をしなければ。
「今は畑におります。使いの者を走らせましょう」
「あ、いえ、ご迷惑をおかけする訳にはいかないので! 場所を教えていただければ、こちらから伺います」
他の使用人さんを呼ぼうとしている執事さんを慌てて制したら、驚いたように目を見開いた。
「奥様が直接向かわれるのですか? 畑に?」
「はい。場所だけ教えていただけますか」
執事さんに教えられた畑は、公爵邸からほど近い場所にあった。
馬車を出してくれるという執事さんに、それくらいの距離ならば歩いて行くからと告げて、屋敷を出る。
灰色の空の下、広いディングリー公爵領が広がっている。
吹く風は冷たく、肌を刺す。
北方は寒いと話には聞いていたけれど、実際に体感出来るなど夢にも思わなかった。
「ここが、これから私が暮らす土地……」
王都ほどの華やかさはないけれど、荒涼とした風景は、どこか心を落ち着かせる。
さくり、さくりと木の葉を踏んで、舗装されていない土の上を歩く。
公爵邸からほど近い場所にある収穫期を終えたばかりらしい畑では、若い男性が鍬を持って耕していた。
「あの、こちらに公爵様が来ておられませんか?」
私が声を掛けると、男性が手を止めて顔を上げる。
「……なんだ、お前は」
返ってきたのは、低く凄むような声だった。