【朱里、田村くんと初エッチしたみたいです。『痛くて気持ちよくなかった』みたいです】
それを見て、俺は思いきり息を吸い、震わせながら吐いた。
『…………クソが』
俺は低く唸ってからウィスキーを呷り、ロックグラスをダンッと乱暴に置く。
湧き起こる思いは、あからさまな怒りと嫉妬だ。
――俺のほうが朱里の事をずっと知ってるんだぞ!
そんな想いが激しい感情と共にこみ上げるが、自分が文句を言えない立場なのは分かっている。
俺は自分の意志で、朱里の前から立ち去った。
本名を名乗らず、連絡先も交換せず、通行人Aとなる事を選んだのは自分だ。
それに対し、田村は正面から朱里に声を掛け、告白して付き合った。
だからこそ、自分が選択を間違えたかもしれない事に苛立っている。
子供に関わるのはデメリットが大きいと判断したはずだ。
なのに今は『俺のほうが田村より朱里を大切にできる。美しく成長した彼女を俺が誰よりも分かってやれる』と思っている。
あまつさえ、初体験の話を聞いて『俺のほうが上手に抱ける』なんて思ってしまった。
『……あの子に性欲を抱いてるのか? 六つも年下なのに?』
そこまで言って、墓穴を掘った事に今さらながら気づいた。
あの時の朱里は中学生で、俺はまるっきり彼女を相手にしなかった。
人は誰だって成長し、歳を取ると分かっていても、あの時の俺は彼女が美しく成長する事を想像していなかった。
当時も美少女だとは思っていたが、あの子が大人になるなど考えもしなかったんだ。
――俺の落ち度だ。
死にかけていた子猫を助けて譲渡したあと、数年経って見てみれば、たいそうな美猫になっているのを見たような気持ちだ。
(今さら惜しい、欲しいなんて思っても、俺にそんな資格はないだろ)
言い聞かせるも、その日から俺はずっと朱里を一人の女として意識し、今日もまた田村に抱かれているのだろうかと考え、悶々とするようになっていった。
**
中村さんは就職活動中にうまく朱里を誘導してくれたみたいで、二人は篠宮ホールディングスに入る事になった。
田村は他の企業に就職する事になり、俺はうまくあいつから朱里を取り上げた気持ちになり、優越感に浸っていた。
……そんな自分が、あまりにクズで情けなくもなるが。
その間、俺は会社で順当に昇進して部長のポストに収まっていた。
二人が面接を受ける前、俺は人事部長に頼んで朱里の履歴書を見せてもらっていた。
「……上村朱里。一九九七年、…………十二月、……一日……うまれ……」
淡々と読み上げていくつもりだったのに、彼女の誕生日を目にした途端、目の前がグラッと揺れたような感覚に陥った。
今までも中村さんから朱里の誕生日の報告は聞いていたが、こうやって顔写真と漢字で書かれた名前、生年月日というデータで彼女を見るのは初めてだった。
脳内で十一月のカレンダーが浮かび上がり、フワッと数字がはがれて空中に浮かび上がったような幻覚を見た気がした。
思いだしたくもない十一月三十日は、俺が母を喪った日だ。
あの時の事が脳裏に蘇り、酷い頭痛に襲われた俺はギュッと目を閉じた。
――あかり?
――十二月一日。…………十一月三十日に、あかりは……。
ズキンズキンと頭が痛み、俺は額に手を当ててその場にしゃがみこむ。
声を掛ける者がいないのは、使っていない会議室にいるからだ。
「…………あか、……り……?」
その名前を口にすると、涙が勝手にこみ上げてくる。
――――脳裏に浮かんだのは四歳の妹だ。
《おにいちゃん!》
幼い声が耳の奥に蘇る。
『あぁ…………』
俺は激しい後悔と苦悩を思いだして声を漏らし、細めた目から、ツゥッ……と涙を流す。
――思いだした。
――どうして忘れていたんだろう。
俺の家族は母だけでなく、小さな〝あかり〟もいた。
妹はとても可愛く、俺と母が弾くピアノを聴いてニコニコ笑う天使のような子だった。
彼女は将来はピアニストになると言って、俺と母の真似をしてよくピアノを弾いていた。
大好きだったのは『きらきら星』で――――。
《ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソー……》
ある日の夕方の光景が蘇る。
台所からは母が料理をしている匂いが漂い、ピアノの椅子にあかりが座って、脚をブラブラさせながら、小さな手で鍵盤を追っていた。
俺は一オクターブ高い鍵盤で同じメロディーを弾きながら、学校の友達と些細な事で口論してしまった事を後悔していた。
そんな、どこにでもありそうな日常の光景が脳裏に蘇り、俺を焼く。
『…………あかり…………っ』
コメント
3件
あかりちゃん....😢 悲しいし辛いけれど、想い出してあげてほしい....
うん、おっきくなったらね💕🤗ガマンだっ❣️🤗
可愛いと思ったとしても朱里ちゃんはまだ中学生だったわけで、これは仕方ないよ〜高校生になったってやっぱり躊躇しちゃうと思うよ。チャンスは来る!20代になれば歳なんて関係ないよ〜😉篠宮に就職するんだしね!!! あかりちゃんの事忘れないで…辛いことだけど…🥺