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それは、放課後の誰もいない渡り廊下での出来事だった。
私は、以前から何度か声をかけてきていた他クラスの男子に、真剣な表情で呼び出されていた。
「朝野さん。……角名と付き合ってるって聞いたけど、あいつ、君を振り回してるだけに見えるんだ」
「えっ……?」
「俺、本気なんだ。角名より、君を大切にする。……だから、あんな奴と別れて、俺と付き合ってほしい」
真っ直ぐな告白。初めて「偽装」の外側から投げかけられた本気の言葉に、私は言葉を失う。
その時――。
――カシャッ、カシャッ。
無機質なシャッター音が、静かな廊下に響き渡った。
「…………へぇ。いいシーンだね。感動しちゃった」
振り返ると、柱の影から角名くんがゆっくりと姿を現した。
手にはいつものスマホ。レンズは、私たちを冷酷に捉え続けている。
「角名……! お前、いつからそこに……」
「……最初から。……向日葵が、そんなに熱心に口説かれてるなんて知らなかったからさ」
角名くんの声は、笑っているようで、どこか氷のように冷たい。
彼は迷いなく歩み寄ると、私の腰を強引に抱き寄せ、自分の体に密着させた。
「……で、何? 別れろって? ……俺たちの何を知っててそんなこと言ってんの」
「お前、朝野さんを困らせてるだけだろ! 嫌がってるじゃないか!」
「……困らせるのが、俺の愛し方なんだけど。……ね、向日葵」
角名くんは私の耳元で、わざとらしく熱い吐息を吹きかける。
でも、私を抱きしめる彼の手は、微かに震えていた。
余裕たっぷりに振る舞いながら、彼は今、猛烈に焦っている。
「……残念だけど、この子は俺のフォルダから一生出られないから。……ねえ、これ見て諦めなよ」
彼はスマホの画面を相手に突きつけた。
そこには、昨日のデートで彼好みの服を着せられ、恥ずかしそうに笑う私の写真。
「……これ、俺しか知らない向日葵。……あんたに見せる隙なんて、一ミリもないんだよね」
相手が悔しそうに走り去った後も、角名くんは私を離さなかった。
「……向日葵。……今の、何て答えるつもりだった?」
「……角名くん、痛いよ……」
「……答えて。……俺以外の男に、あんな顔で見つめられて……揺れた?」
レンズを通さない、剥き出しの独占欲。
彼の瞳は、暗い炎を宿して私を射抜いていた。
偽装という盾が、音を立てて崩れていく。
本当の角名倫太郎が、すぐそこまで迫っていた。
放課後の静まり返った教室。
告白してきた男子を追い払ったあと、角名くんは私を壁際に追い詰め、逃げ場を塞ぐように両手をついた。
「……ねえ、向日葵。さっきのやつに言われたこと、気にしてる?」
「……気にしてないよ。でも、角名くん……今日のやり方はちょっとひどいよ」
私が勇気を振り絞って言い返すと、角名くんの瞳がすっと細まった。
いつもなら「面白いから」と笑い飛ばすはずの彼が、今は一言も発さず、至近距離で私を射抜いている。
「……ひどい? ……俺が、向日葵を守ってあげてるのに?」
「……それはそうだけど。でも、あんな写真見せなくても……」
「……見せないと、あいつら分かんないでしょ。……向日葵が、俺のものだってこと」
彼はスマホをポケットに放り込むと、空いた手で私の首筋をゆっくりとなぞった。
熱い指先。心臓の鼓動が、喉元までせり上がってくる。
「……言葉だけじゃ足りないみたいだね。……偽装だって、まだ疑ってるやつがいるし」
「……角名くん?」
「……もっと、消えない証拠が必要だと思わない?」
不意に、彼が顔を近づけてきた。
避ける間もなく、熱い吐息が首筋に触れる。
「…………っ、」
チリッとした小さな痛みが走り、続いて吸い付くような感触。
彼が顔を離したとき、そこには隠しきれないほど鮮やかな、赤い痕が残っていた。
「……これで、明日からみんな分かるよ。……向日葵が誰のものか」
「……何、してるの……っ。これじゃ、明日学校に行けない……」
「……いいよ、行かなくて。……俺と一緒にサボる?」
彼は満足げに、その赤い痕をスマホでカシャリと撮影した。
「……はい、保存完了。……これ、一生消えない証拠ね」
「……最低だよ、角名くん……」
「……知ってる。……でも、向日葵を他の男に渡すくらいなら、最低でいい」
レンズ越しではない、剥き出しの独占欲。
赤い刻印(キスマーク)を見つめる彼の瞳は、暗い熱を帯びて、歪んだ愛しさを湛えていた。
偽装という名のゲームは、もう終わった。
私は、彼の執着という名の逃げられない檻の中に、完全に閉じ込められてしまったのだ。
すず
2,246
🏳️⚧️ちべ🕶️