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リフェアリー
128
手紙が本物かどうかを確かめる方法を、要は、一晩かけて考えた。
答えは、三つしかなかった。
一つ。甲府まで行って、会長の顔を見る。二日かかる。御殿がいるなら、戻れないかもしれない。
二つ。会長しか知らないことを、聞き返す。甲府の市で、四日間、隣で見た。会長が、最初にバツをつけた相手の特徴。茶色のジャンパー。名前不明。それを、手紙で聞く。答えが返ってくれば、本物。返ってこなければ、偽物。でも、往復で四日かかる。
三つ。信じる。
要は、三つ目を、最初に捨てた。それから、二つ目を、捨てた。四日は、長すぎる。会長が「どうすればいいか、わからない」と書いてから、既に三日が経っている。
一つ目が、残った。
「行く」要は、朝、つむぎに言った。
「甲府に?」
「甲府に。手紙が本物なら、会長は、台帳を渡すかどうかで困ってる。僕が行けば、答えは出せる。偽物なら、誰が、何のために書いたかが、わかる」
「御殿が、いる」
「いる。でも、権田さんは、僕を知ってる。塩尻峠の男も、僕を通した。殺されはしない」
「殺されなくても、帰れないかもしれない」
要は、答えなかった。
*
大畑は、反対した。
「市の帳面つけが、いなくなる。誰が、三冊を照らす」
「ひかりと、隣村の孫と、ばあさまの孫娘が。もう、僕がいなくても、照らせます」
「お前が、御殿に捕まったら」
「捕まっても、市は回ります。それが、侵入前提です。一人がいなくなっても、回る形にしてある」
大畑は、長い間、黙っていた。
「……お前の仕組みは、お前がいなくても回る。それは、わかった。だが、お前が戻らなかったら、ひかりは、どうする」
要は、それには、答えられなかった。
「一人では、行かせん」大畑は言った。「孫を、連れていけ。隣村の。あいつは、塩尻まで、何度も行ってる。道を知ってる」
隣村の孫は、十九歳だった。要が木曽に来たとき、峠の小屋で「普通じゃん」と言った少年。今は、相場の板を毎週書き、三冊目の台帳を照らし、手形の写しを管理している。
「行く」孫は、聞かれる前に言った。「おれ、甲府の市、見たことない。評判台帳が、どうなってるか、見たい」
*
出発の前夜、要は、峠の小屋で、瑠衣を探した。
瑠衣は、木曽に着いてから、ほとんど姿を見せなかった。村の端の、空き家に住んでいた。三冊目を書け、と要は言った。瑠衣は、最初の一ヶ月は書いた。二ヶ月目からは、書かなくなった。要は、水車と証と組合に追われて、気づかなかった。
空き家の戸を叩くと、瑠衣が出てきた。痩せていた。目の下が、黒かった。
「甲府に行く」要は言った。
「聞いた」
「来るか」
瑠衣は、少し考えてから、首を振った。
「行かない。ここにいる」
「端末は」
「……ある」
「ゼロと、話してるのか」
瑠衣は、答えなかった。要は、戸口から、部屋の中を見た。暗かった。奥に、端末の画面の光が、小さく、灯っていた。
「瑠衣」
「わかってる」瑠衣は、低い声で言った。「あんたが言いたいことは、わかってる。画面の外のものを、手で触れ。三冊目を書け。木を割れ。やった。やったけど、おれには、向いてない。おれは、画面の中の人間だ」
「画面の中は、増える」
「知ってる。だから、きれいなんだ」
要は、何も言えなかった。
「行ってこいよ」瑠衣は言った。「おれは、ここで、市を見てる。あんたの市が、どこまで持つか」
戸が、閉まった。
要は、しばらく、戸の前に立っていた。つむぎが、瑠衣の顔を「正しいと言われた後の顔」と言ったのは、塩尻峠だった。半年前だ。半年、要は、瑠衣を、見ていなかった。
目。要は、ノートの〇を思った。仕組みの前に、目。要には、つむぎの目がなかった。瑠衣の顔が、半年で、どう変わったのかを、要は、見ていなかった。
*
翌朝、要と孫は、峠を越えた。
塩尻まで、一日。甲府まで、もう一日。荷物は、少なかった。三冊のノートのうち、一冊。証を、二十枚。それと、一通の手紙。
手紙は、要が書いたものだった。宛先は、会長。中身は、短かった。
『茶色のジャンパーの男に、最初のバツをつけた日のことを、覚えているか。あの日の、丸の数を、教えてほしい』
会長しか、知らないこと。会長が本物なら、答えられる。偽物なら、答えられない。
顔を見に行く。でも、顔を見る前に、顔を見る以外の方法も、試す。
「それ、何に使うんだ」孫が聞いた。
「九つ目の、練習」要は言った。
「九つ目?」
「離れた相手に、本物だと伝える方法。まだ、形がない。だから、試しながら、作る」
塩尻峠の上に、白い旗が、見えた。黒い丸。半年前と、同じ場所に。
コメント
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第33話、読んだよ……手紙が本物か確かめる方法、三択で「信じる」を最初に捨てるところがもう、要くんらしいなって思った。瑠衣の「画面の中の人間だ」って言葉、すごく刺さった。画面の中は綺麗だけど、増えるだけだよね…。要が半年間、瑠衣の顔を見ていなかったって気づくシーン、胸が痛かった。甲府行く前に、九つ目の「練習」として手紙を書くところ、切なくて好きです。無事に着きますように。