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何日か経ち、だんだん仕事も覚えてきた。
病院に出勤すると、入り口のところで小柄な老人に声を掛けられた
「おんやあ、みやうっさんとこの。元気でやっとるかいぃ?」
「昭雄です。ええ、まあ」
愛想の良いこの老人は定一という名で、昭雄の同僚である。交代でやっているこの病院のもう一人の宿直だった。もうかなり長いらしい。
「ほうかいほうかい。ほりゃあええわいなあ」
老人は総入れ歯なのだが、直していないらしくところどころが文字通り歯抜けになっている。そのせいで空気がすうすう抜けて特徴的な喋り方になる。
「あ、日上さん、すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
交代で宿直をしている関係上、少なくとも職場でこの人と会うことはほとんどない。
昭雄はこの機会を逃したくなかった。『日上』というのは定一の姓である。
「なんやなあ?」
「霊安室から何か音が聞こえて……聞こえてきたら開けちゃいけない、って日上さんも言われましたか?」
その瞬間、老人はゲタゲタゲタと前歯の無い顔を天に向け、鏡餅でも吞み込みそうな大口を開けて笑った。
破顔すると元々小さい顔がクシャクシャになって半分くらいになったように見えた。
「しょうやなあ! ほうゆうことになっとるでえなあ」
定一の、声が大き過ぎる。
昭雄は定一を引っ張って人通りのある病院の入り口を離れた。建物の脇に連れて行った。
「なあんやあ?」
「僕も言われたんですよ、その、院長先生に。どういうことなのか教えてくれませんか? 知ってたら……」
「ぼうは知《ひ》らんのかあ。年寄ならひっとるがあなあ」
ゲタゲタゲタ。何処か知らない、遠い南国の鳥の啼き声のようだった。