まぶたの裏を、柔らかな光がじんわりと照らす。
重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、木の梁と白い漆喰の天井が目に入った。森とは違う、人工の部屋。
――ここは……森じゃない。
鼻をくすぐるのは焚き火の残り香と、温かいスープのような匂い。身体にかけられた薄い布は少し粗いけれど、ぬくもりを伝えてくる。
「……目が、覚めた?」
耳元にか細い声が落ちてきた。横を向くと、あの少年、リオが丸椅子にちょこんと座ってこちらを見つめていた。
「わあっ!?」
リオの表情には優しさと少しの震えが宿っていた。
「えっ!?」
リオが驚いた顔をする。どうやら私の反応に驚いたようだ。
「リオ、勝手に部屋に入るなって言っただろ」
低い声が背後から響く。入口に立っていたのは、森で出会った青年――兄のようだ。木の桶を片手に持ち、額には薄く汗がにじんでいる。
「でも兄ちゃん、この人……苦しそうだったんだ」
リオは私を気遣うようにそっと布の端を直した。その小さな手の温もりに、胸の奥がじんと痛む。
「……ここは?」
掠れた声でやっと言葉を紡ぐと、青年が短く答える。
「俺たちの家だ。倒れてたお前を運んできた」
淡々とした口調。けれどその視線は鋭さだけではなく、どこか探るような慎重さを帯びていた。
「名前は? どこから来た?」
問いかけに、喉がひゅっと詰まる。頭の中は依然として霧に覆われ、何も掴めない。
「……わからない。思い出せないの」
そう答えた瞬間、空気が少しだけ重くなった。沈黙が落ちる。
「ごめんなさい、おかしいよね、こんな人…」
私はベットから足を出して地面につく。
相手からしてみればいきなり出会って、名前もわからずに倒れた…そんなの不審者と同じだ。そんな不審者を家まで運んできてくれたのだ。迷惑にならないうちに立ち去ろう。そう思ったからだ。
「兄ちゃん……」
リオが不安そうに青年を見上げる。
青年は小さく息を吐き、桶を床に置いた。
「……まぁいい。今は休め。疑問は山ほどあるが、倒れたやつを追い詰めても仕方ない」
「えっ…?休んでていいの…?」
「ああ、けが人をほっとくやつなんていないだろう?」
その言葉に心が軽くなり、初めて人間らしいことをされたような気がした。
「お姉ちゃん、お腹すいてる? スープあるんだよ!」
屈託のないリオの声。震えていた子供の笑顔に救われるように、心の靄がわずかに薄れていくのを感じた。 私は小さく頷き、 この場所から何かが始まるような、そんな予感がした。
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