ラメルが『暁』に加入して数日後の深夜。場所は港湾エリアにある第三桟橋付近の倉庫群。
夜の闇に紛れて密かに行動する複数の影があった。彼等は全身黒尽くめの身なりをして、警備のために巡回している歩哨を遣り過ごしながら目的の倉庫まで移動していた。
目的の倉庫まで辿り着いた彼等は周囲を警戒しながら火打ち石で持ち込んだ松明に火を灯す。同時に木造の倉庫の壁に油を塗りつけ、そして火を放った。
油により炎は瞬く間に燃え広がり始め、それを満足そうに眺める男達。だが、直ぐに行動しなかったことが彼等の運命を決めた。
「何をしている!?」
炎に気が付いた歩哨が、火の光で照らし出された男達を発見したのだ。
「まずいっ!ズラかれ!」
「敵襲!敵襲ーっ!」
歩哨は叫びながら警笛を吹く。その瞬間甲高い音が倉庫群に響き渡り、次々と警備兵が集まり始めた。また各所に次々と明かりが灯され、倉庫群は真昼のように明るく照らされた。これは発電機から送られる電力を用いた電球によるものだった。
「逃がすなーっ!」
「撃て!撃てーっ!」
パンッ!パンッ!と夜の倉庫群に銃声が響き渡り、多数の銃弾が下手人達の周囲を飛び交う。
「ぐわっ!?」
遂に一人が撃ち抜かれて倒れる。
「畜生っ!先にいけぇ!」
「済まねぇ!」
「うおおおおっ!」
一人が立ち止まり、ピストルを取り出して警備兵に反撃を開始。
「撃ち返してきたぞ!応戦しろ!」
「回り込め!急げ!」
物陰を巧みに利用しながら激しい銃撃戦が展開され、その間に二人が闇に紛れて逃走を成功させる。
一人残り警備兵と銃撃戦を繰り広げた男は、弾の続く限り撃ち続け、最後は蜂の巣となって壮絶な最後を遂げた。
「捜索を継続しろ!」
「消火班急げ!周りに延焼させるな!」
慌ただしく消火作業と捜索に追われる警備兵達を横目に、詰め所から駆け抜けたマクベスは、燃え盛る倉庫を見つめた。
「やむを得ん!第七倉庫は放棄する!延焼を防ぐことを最優先だ!私が責任を取る!」
「「「はっ!」」」
この日、『三者連合』のリンドバーグ・ファミリーが行った破壊工作により、『暁』は倉庫の一つを焼失することとなった。
翌日。事態を聞いたシャーリィはベルモンドを護衛として現地に駆けつけた。其処には燃え尽きた第七倉庫の残骸が残され、警備兵達が慌ただしく行き交っていた。
「やられましたね」
「はっ、面目次第もございません。警備の間隙を突かれた形となりました」
マクベスと一緒に現場を見聞するシャーリィは、苦々しく呟きマクベスが謝罪する。
「人が行う以上、完璧な警備など不可能です。この件で誰かを咎めるつもりはありません。しかし、よりによって第七倉庫ですか」
第七倉庫は『暁』が港湾エリアに持つ倉庫群の中でも古く、他が塩害を軽減するためにレンガ造りである中唯一木造のものであった。
新築或いは改装の計画も立てられていたが、『黄昏』の開発を最優先としたため資材、労力を確保できず先延ばしにされていたのだ。
「前から狙いを付けてたんだろうな。レンガよりは燃え易い」
ベルモンドが残骸を見ながらシャーリィに語り掛ける。
「後回しにしていたツケを支払わされましたね。中身は?」
「炎の勢いが激しく、更なる被害を防ぐため運び出すことは叶いませんでした。申し訳ございません、お嬢様」
「構いません、人命は何よりも尊いものですから。マクベスさんの判断は間違っていませんよ」
シャーリィは笑みを浮かべてマクベスの判断を肯定する。
「ありがとうございます」
「それで、マクベスの旦那。下手人は?」
「一人を射殺。一人を捕縛した。だが複数人を取り逃がしてしまった」
「こちらに被害は出ましたか?」
「はっ、一人が激しく抵抗したので二人が負傷。『黄昏』の病院へ搬送しました。命に別状はないと聞いております」
「ではその二人を後で見舞うとしましょう。捕虜は?」
「今すぐにでも尋問を開始したいのですが、負傷しており傷が回復するのを待つ他ありません」
「薬草の使用を許可します。少しでも情報を引き出してください」
「はっ!」
「それと、警備を更に強化します。マークIVを港湾エリア防衛に回します」
「宜しいので?」
「虎の子の戦車ですが、私達が如何に港湾エリアを重視しているかを知らしめることにもなります。マクベスさん、手配をお願いしますね」
「はっ。二度とこのような失態を犯さぬように致します!」
「お願いします。ベル、『海狼の牙』にご挨拶に行きますよ。騒がせてしまいましたからね」
「おう。サリアの姐さんは朝が弱いんだったか」
「レイミ曰く低血圧?不機嫌でしょうが、仕方ありませんよ」
その日、明らかに不機嫌そうなサリアをなんとか宥めたシャーリィは、『黄昏』の館でセレスティンから報告を受けていた。
「第七倉庫に集積されていたものは、帝都向けの野菜類でした。ロウ殿と協議して、速やかに損失分の補填を行います。しかしながら、『黄昏』で配給予定の在庫を使いますので、今月の配給は減らす他ありませぬ」
『黄昏』の街で毎月は食料の配給を行っている。まだ仕事の無い者に対する救済処置ではあるが、この一年で発展して困窮者は減少しつつある。
「良い機会です。配給については全員ではなく困窮者のみとしましょうか。その代わり食料品を格安で販売すると通達を出してください」
「御意のままに」
「マーサさん、その様に取り計らってくださいね」
「分かったわ。ただ、今回の損失は痛いわよ。こんな被害が立て続けに起きたら、交易が成り立たなくなるわ」
マーサが懸念を表明する。
「二度と起こさないとは断言できません。が、リスク分散のための処置を行うべきですね。いや、もっと早く取り掛かるべきでした。自分の無能に呆れます」
「貴女が無能ならこの世の大半はそれ以下だから安心しなさい。何もかもを同時にこなせる存在なんて滅多に居ないんだから」
「ありがとうございます、マーサさん。リスク分散については、後程協議しましょう」
「了解よ」
それまで黙っていたカテリナが静かに口を開く。
「……最初の一撃を相手に委ねました。その結果は、こちらの慢心を突いた手痛い一撃でしたね」
「シスターの仰有る通りです」
「……ですが、やられたからには倍返しにするのが暗黒街のルールです」
「ええ、相手は私の敵なので容赦無く殲滅するつもりです。相手の正体を突き止めるため、動いています」
「……それなら問題はありませんね。その時は私も混ぜるように。たまには運動も大事ですから」
「分かりました、シスター。その時はお願いします」
最初に無視できない一撃を貰った『暁』は、反撃するために動き始めるのだった。
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