やれやれ仕方ない、追いかけっこの鬼でもすればいいのですか? そういう年頃ですか?
仕方ない、私は成人したレディなエルフですから、そういう遊びに付き合うくらいの余裕はありますよ。さあ、本気のわたしから逃げられるものなら逃げ切ってみるがいい!
足元が、震えた。地面が盛り上がり、風を切る音が辺りに鳴り響き地の底から上がってきたような唸り声が背中の方から聞こえる。
背中を刺すような悪寒に、ギギギと首だけ回して見ると、止まっていたはずの魔獣は、その身にぼんやりと光る赤黒い筋を走らせ、枯れていたような色の皮には紫の煙が纏いつき、枝は先端から動き出し徐々に付け根に向け稼働範囲を広めている。鬼の順番はわたしではなかったようだ。
脱兎の如く──けどうさぎはこんなには叫ばないと思う。
「待ってええええええええ! 置いてかないでええええ! 1人にはしないでえええええええええ」
既に先行くロズウェルさんの背中は小さく、だがまだ追いかけられる。手には皮と鉈しかなく、斧はどこ行ったか知らない。そんな余裕なかったんだもんっ……ていうか斧持ってたらもう走れてない!
トレントの魔力は周りの木々すらも侵食していき、あの魔獣の姿が見えなくなっても、凶悪な鞭が追いかけてくる。
後ろから、右も、左も。足元の根っこでさえ邪魔しようとうねっている。走るよりも侵食が早い。前からも鞭。手に持つ光る鉈で切り開く。足は止めない。時には危険を冒して枝から枝へと飛び移り迫り来る鞭の波状攻撃を躱して。
トレントたちの領域を抜けると、ロズウェルさんが大きく手を振っていた。まだまだ鞭は追い縋ってくる。平地に出ても今度は根っこまでが襲い掛かる。木の根ってのは大きく広がるらしいけどそれでもおかしいよこんなの!
止まることなく、ロズウェルさんの横を走り抜けてここまでくれば、と振り返る。
「よく出来ました。お疲れ様です!」
あのときと同じウインクひとつ。
置いてきたと思ってた斧は今はロズウェルさんの手の中にあり、彼は柄の下の方に左手、上の方を右手で持ち思い切り振りかぶって、打ち下ろした。
薪割りのように繰り出した一撃は、魔獣の枝も根も纏めて暴風となって吹き飛ばし、一帯に大きな5本の爪痕を残すのみとなった。
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