仕事を終えて帰宅した照原拓斗は、いつも以上にそわそわしながらゲーム機のスイッチを入れた。
剣と魔法のアクションRPG『Brave Rebirth』。
通称:ブレリバ。
25歳のサラリーマンな拓斗は、知る人ぞ知るこのゲームにどっぷりハマり、延々やり込み続けているプレイヤーの1人である。
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突然の神託を受け、異世界【リバース】へと召喚された主人公は、世界を混沌に陥れた元凶の【魔王】を討伐すべく旅立った……
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……そんな導入部のあらすじだけ聞けば、「なんだ、よくあるタイプの平凡でテンプレなファンタジー系RPGじゃないか」などと思うかもしれない。
だがブレリバは、ひっそり発売されたインディーゲームにも関わらず、リリースから3年経った現在も、拓斗はじめコアなファンたちに愛され続けている。
それは、“異常”なまでの「自由度」の高さにあるだろう。
少なくともこの点については、他タイトルの追随を一切許さないと断言できる。
メインストーリーも用意されてはいる。
だが必ずしもストーリーを追う必要はない。移動手段さえ確保できれば、序盤から世界中のどこへだって自由に行ける。いわゆるオープンワールドというやつだ。
戦う必要すらない。街へ定住して好きな店を開いてもいいし、トレジャーハンターとしてレアアイテム集めに没頭してもよい。
溜息が出るほどグラフィックが美麗だから、フィールドを移動するだけで楽しめる。特色あふれる各地を観光したり、緑豊かな山や森を歩き回ったりするのもよいだろう。
アクション要素が強めで、自身の操作技量さえ高めれば、例えLV1でも好きな武器を使いこなせる。この自由なバトルに惚れ込み、ストーリーそっちのけで闘技場に入り浸り、ひたすらテクニックを磨き続けるプレイヤーも存在するほど。
ルート次第でパーティメンバーに迎えられるキャラも数多い。確認されているだけで数千人以上。プレイヤーによる検証でその人数は増加の一途なため、正確な人数は不明だが。
各キャラの好感度アップにより発生するイベントも超大量で、キャラ毎の条件さえ満たせば一緒に暮らし始めるのだって夢じゃない。
十人十色の可能性があるからこそ、各々の遊び方で、美しく濃密な世界を自由に堪能しまくることができるのだ。
中でも、数多の作品をやり込んできた猛者ゲーマーらを興奮させたのは、2つのシステムの存在だった。
特定のスキルに限り、その豊富な要素を組み合わせることで、“新たな効果”を生み出せるシステムだ。
『魔術系スキル』の場合、様々な文字を組み合わせて「詠唱呪文」を指定することで、発動する術式を自由に創造できる。
『生産系スキル』の場合、使用する「素材」や製作の「工程」を細かく指定することで、武器や防具をはじめとする様々なアイテムを自由に製作できる。
魔術なら詠唱呪文がたった1文字違うだけで発動術式が変わることもあるし、生産なら同じ材料を使っても工程の数値が少し違うだけで全然違うアイテムが完成することもある。
新術式や新アイテムの影響で、新たなイベントが発生することだって珍しくないから、豊富なサブストーリーを楽しみたいプレイヤーにも見逃せないシステムだろう。
これらのレシピや材料の入手方法は、各種SNSに加え、誰でも閲覧可能な『攻略情報まとめサイト』や『掲示板』などで共有されている。
しかも驚くべきことに、発売から3年経った今も新たなレシピが編み出され続けているのだ。レシピを新しく発見したり、発見済みレシピの精度を上げたりに情熱を燃やす「研究者」と呼ばれるスタイルのプレイヤーだって少なくない。
そもそもブレリバは“開発元の意向”とやらで、公式サイトやSNSアカウントだけでなく、公式認定の攻略サイトや攻略本といった公式情報が一切存在しない。
ファン有志の攻略研究情報だけが貴重な情報源となっているのが現状で、拓斗もまた攻略サイトに入り浸る常連なのだ。
魔王を倒せばゲームクリアである。すると強制的に勇者のステータス・所持金・所持アイテムを引き継いでスタート時からゲームをやり直す、いわゆる“強くてニューゲーム”の状態へと移行する――これをブレリバでは『転生』と呼ぶ。
転生時は、勇者を除くキャラのステータス・所持品・ストーリー進行度などが(例外もあるが)リセットされる。
ただし魔王戦に参加した仲間キャラも例外なく、ゲームスタート時の状況に戻される点には注意が必要かもしれない……いわゆる“所持品持ち逃げ”方式のため、どんなに貴重な武器や防具でも、味方に装備させているとロスト扱いになってしまうからだ。
最近の拓斗がハマっているのは「周回組」と呼ばれるプレイスタイル。短いスパンで周回し続けるプレイヤーのことで、やり込み要素の幅が広がりやすくなっている。
転生システムを利用して周回すると、ストーリーで1つしか手に入らないレアアイテムを複数入手できるほか、それを材料に新たな製作レシピを開発可能となる。結果、一定数周回しないと仲間にできないキャラや、解放できない会話イベントも多数存在するのだ。
遊べば遊んだだけ無限に“新要素”と出会えるから、遊び尽くすなどもはや不可能。
発見した新要素をネットに書き込んだり、他プレイヤーが発見したレシピを試したり、それを基にさらなる新要素の開拓に走ったり……そんなことを3年間くり返しているだけなのに、拓斗は飽きるどころか「時間がいくらあっても足りない!」とすら感じるほど。
そして今日は、拓斗にとって記念すべき特別な日――
――そう、100周目のプレイにて通算100回目の魔王討伐達成。
掲示板を見る限り、おそらくクリア回数3桁へ初めて到達したプレイヤーとなるはずだ。
『Brave Rebirth』発売は、当時大学4年だった拓斗の就職先が決まった直後。
長く苦しかった就活も卒論も終わってちょうど暇ができた時期だったこともあり、偶然見かけたブレリバを息抜きがてら購入した拓斗は、キャラメイクで自分に似せた黒目黒髪の「タクト」という名の勇者キャラを作ってプレイし始めた。
……あれから3年。
ある周回では普通にメインストーリーを楽しみ、別の周回では生産系スキルでの創造を模索。そのまた別の周回では極限まで無駄を削ってスピードクリアを目指したし、ひたすら仲間キャラの数を増やしまくった周回や、闘技場の連続勝利を重ねた周回だってあった。
時には攻略情報を求めてネット掲示板の過去ログを隅から隅まで漁ったり、オフ会に参加して他プレイヤー達と直接情報を交換したり。
この3年間の拓斗は、仕事以外ほぼ全ての時間を、寝る間も惜しんで『Brave Rebirth』のために費やしてきたと言えるだろう。
画面に流れるのは、少し見飽きたED。
「100周クリアしたら、ちょっとは演出変わるかもって期待してたんだけどな……」
どんなに寄り道をしても、どんなイベントを発生させても、どんなにアイテムを集めても、どんな魔王の倒し方をしても……クリア後のEDは変わることなく毎回同じ。
あんなに隠し要素だらけにも関わらず、EDが1種類しか確認されていないのは、「Brave Rebirthにおける最大の謎」とも言われている。
そんなことを考えながらのんびり画面を観ていると。
エンドロール終了後に突如、サーッというノイズとともに“見慣れない文字”が現れた。
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100回目の魔王討伐
誠におめでとうございます。
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拓斗の胸が高鳴り始める。
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100回も魔王を倒すほど
世界を愛してくださる貴方なら……
…………きっと……この……
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さらに流れる文字。
流石にここまでやり込むと、新要素なんて滅多に出会えるものじゃない。
ましてや前人未踏の100周目……何が起こっても不思議じゃない。
食い入るように画面を見つめる拓斗。
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その文字を見た瞬間。
拓斗の目の前は、真っ白になった。
空気が透き通るような、静かな夜。
月明かりにうっすら照らされる、1人の綺麗な女の子。
青みを帯びた細い銀髪がさざ波のようにきらめき、どこか寂しげに潤んだ瞳でこちらを見つめ立ち尽くしている。
震える長い睫毛の間から、すぅーっとこぼれる涙。
彼女の唇がゆっくり小さく動き、何かを伝えようとする。
だが、よく聞き取ることができない。
それはまるで。
見えない“何か”に、遮られるかのように――
気が付くと拓斗は、見渡す限りに真っ白な、広い部屋にいた。
天井は物凄く高く、立ち並ぶ壮大な石柱の間からは、純白で重厚感あふれる厚手の布がゆるやかに垂れ下がっている。
そして、美しく磨き抜かれた大理石の床。
「ここは……『原初の神殿』の……『礼拝の間』、だよな……?」
礼拝の間は、ゲーム『Brave Rebirth』開始時に、プレイヤーの分身となるキャラクターの【勇者】が目覚める地点である。
「おぉ! 気が付いたようじゃのう」
声の方向へと振り向くと、これまた見知った顔の老人。
「ワシが誰か分かるかの?」
「もちろんです。いつもお世話になっております……“神様”」
別名:リバースの管理者。
ゲーム内の神殿でも最初に出会うキャラであり、ゲーム自体のパッケージイラスト中央にも大きく描かれている、いわば“Brave Rebirthの顔”とでも言うべき象徴的な存在だ。
「……もっと驚いてくれてもいいんじゃよ?」
「さすがにもう見慣れましたから」
ふさふさと長い白髪も顎ひげも、高級そうに輝く白布をたっぷり使った荘厳な衣装も、一見穏やかそうなのに「只者じゃない」と感じさせる雰囲気も、全身からにじみ出る威厳も、まるで画面の中からそのまま飛び出してきたかのようだった。
100周もプレイしてきた拓斗にとって、101回目の神との出会い。
こんなにも厳かで印象に残るビジュアルを、まさか見間違えるはずもない――
「……へ?」
「そんなこと言われても――」
「す、すみません……」
――やっぱり、見間違いだったかもしれない。
そう拓斗に思わせるほど、記憶と実物の誤差は激しかった。
さっきまでの威厳はどこへやら。
癇癪を起こした幼児のように理不尽に地団太を踏みまくる様子に、どうしたものかと拓斗がただただ困り果てていると。
「なんじゃ! 可愛げがないのう」
「可愛げって……俺もう25歳なんですけど」
「んなもんワシからすればヒヨッコじゃい! なんたってワシは神じゃからな!」
ふぉっふぉっと特徴的な声で、神が笑った。
「さぁて、お主は今の状況をどう考えておる?」
一瞬考えた拓斗が答える。
「ゲーム……Brave Rebirthの中に、入り込んだ?」
「うむ。半分アタリで……半分ハズレといったとこかの。まぁそう考えるように仕組んだのは、他でもないワシなんじゃがな」
まったりと長いあごひげを撫でながら、神は説明を始めた。
「ここは現実じゃ、“げぇむ”とやらではないんじゃよ。ただしお主らが住んでおる地球とは異なる世界……リバース、と言えば分かるかの? 今お主は、魂だけがリバースに呼ばれておる状態なんじゃ」
「えっと……異世界召喚、ですか」
「ふぉっふぉっふぉっ、そんな感じじゃ。つくづくお主は驚かんのう」
「地球には、異世界召喚とか転生物とかの物語がたくさんありますからね……」
――夢かもしれない。
――だけど、何となく夢じゃない気がする。
不思議な確信を抱きつつ、拓斗は会話を続けた。
「……神様、色々と伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃよ」
神は、言える範囲にはなってしまうがの、との言葉を添える。
「ではお言葉に甘えて。この世界がリバースで、ゲームじゃなく現実ってどういうことですか?」
「この世界、つまり『現実世界のほうのリバース』は、ワシが管理しておる世界なんじゃ。その現実世界を元にして、そっくりな架空世界を作り出しての。で、地球の神と取引して、地球の“げぇむ”と架空世界とをリンクさせたんじゃ。それが『Brave Rebirth』というわけじゃよ」
「神様が作ったゲーム……道理で恐ろしいほどクオリティが高いわけですね。あんなに自由に遊べるなんて、他のタイトルじゃ考えられないですから」
当然じゃ、ワシの力を目一杯使ったんじゃからな、と神が胸を張った。
「ところで神様、そもそもなんでゲームを作ったんですか?」
「この世界には現在、とてもとても深刻な危機が訪れておっての。それを救ってくれる勇者を探すためじゃ。よろしく頼むぞよ、勇者として選ばれた若者よ!」
「いや、まだ引き受けてないですから!」
「嫌なのかの?」
「嫌ってわけじゃないですけど……その…………」
勇者という響きには憧れるものの、もう少し様子をみたいと拓斗は思う。
確かに彼は過去に何度も何度も“世界”を危機から救ってきた。
それだけは、紛れもない事実である。
だがそれはあくまで、“ゲーム”の中の話。
現実の拓斗は、どこにでもいるただのサラリーマンでしかない。
学校の成績はどの科目もほぼ平均点だったし、容姿だって中の中。
血のにじむような就活の末、何とか小さな商社に入社し間もなく3年。会社では大きなミスこそ無いものの、同期と比べて特に目立つことも無く、振り分けられた自分の仕事を淡々とこなしているだけの日々。
しかも割と平和な日本で毎日普通に暮らしているだけなのだ。
ゲームのような命がけの死闘を、実体験する機会なんかあろうはずも無い。
――そんな自分が勇者になるなんて、絶対無理!!
常識的には、即答一択。
だが目の前にいるのは、紛れもない“神様”だ。
――神様ともなれば、することなすこと全てに意味があるに違いない。
――自分を勇者として選んだのは、何かしら考えあってのことなのかも……?
拓斗が黙って1人あれこれ考えを巡らせていると。
「で、どうなんじゃ?」
痺れを切らしたらしい神が返答を促してきた。
まだ考えがまとまり切っていない拓斗は、言葉を選びつつ無難に答える。
「えっとですね……できればもう少し諸々の状況を把握してから、お引き受けするかどうかしっかり考えたいと思うんですが」
「まぁそれもそうじゃのう。じゃがお主には『引き受ける』という選択肢しかないんじゃぞ?」
「え?」
「……お主は今、魂のみがリバースに来ておる状況じゃ。それは理解しておるな?」
「はい、先程ご説明いただきましたので」
「ならば地球に残されたままになっておる魂の抜け殻、つまりお主の肉体は、現在どうなっておるかの?」
「急に言われても見当もつかないんですが……」
「 抜 け 殻 じゃぞ?」
ニヤニヤ笑いだす神。
「……まさか」
瞬間。
血の気が引く。
膝から崩れ落ちる拓斗。
膝を叩いて爆笑する神。
最高の笑顔で喜びまくったところで神はやっと満足したらしい。
ふぅと一息ついてから、いまだ絶望の淵に沈む拓斗へと陽気に声をかける。
「安心せい! まだまだ死んではおらんぞい」
「じゃから、“まだ”、死んではおらんぞよ」
「ちょ、紛らわしい言い方しないでくださいよ!」
「しかしのう……このまま放置してしまうと、お主の世界ではいずれ『死んだ』という扱いにされるやもしれんぞ。なんたって、只の動かぬ抜け殻じゃからのう……」
嘘だろ、と拓斗がつぶやく。
神は全く動じず言葉を続ける。
「ま、勇者としてリバースさえ救ってくれれば、召喚されたその瞬間その場所まで魂を戻してやるわい。さすれば不自由なく、元通りの生活を送れるはずじゃ」
「もし俺が、勇者をやらない、って言ったら……?」
「……地球に戻ることもできず、その存在すら誰かに気づいてもらうこともできず、消え去ることもできず、このリバースを1人孤独に彷徨い続けることになるのう……魂だけが、永遠にのう……ふひひひ、可~哀そうにのぉぅ~……」
意味深に薄ら笑いを浮かべる神に、拓斗は底知れぬ恐怖を感じた。
「……只の日本のサラリーマンでしかない俺に、世界を救うなんて大それたこと……本当にできるんでしょうか」
「大丈夫じゃ! “お主を勇者に”と選んだ『選定者』も太鼓判を押しとったぞ!」
「あれ? 神様が選んだんじゃないんですか?」
「まぁ色々あっての……選定は、信頼できるもんに任せたんじゃ……」
ほんの少しだけ遠い目をした神だが、すぐに表情を戻して話を続ける。
「……それにお主はこれまでの3年間、勇者として戦い続けてきたんじゃろ? それだけの経験を積んでおるなら、心配せんでもよいはずなんじゃが……そうそう、特に魔術やアイテム作りのレシピは、現実世界よりも架空世界のほうがずいぶん研究が進んでおるようじゃったな」
「無論、使えるぞよ。まぁさすがに全部のレシピは覚えとらんじゃろうから、そちらの世界の……えぇと……“げぇむ攻略さいと”、じゃったか? あれをのぞけるようにしておいてやるでの」
「神様も攻略サイトに頼るんですね」
「当然じゃ。ワシの世界の命運がかかっとるんじゃから、使えるもんは何でも使ってやるわい! ところで、他に気になることはあるかの?」
ゲームの流れと合わせて考えると、おそらくスタート時である現在が、神と会える最初で最後のチャンスなのだろう。
今までに観た様々な異世界物のゲームやアニメなどを必死に思い出しつつ、拓斗は質問を絞り出していく。
「……俺は今、魂だけがこの世界に来たっていうことでしたけど、これから活動するにあたっての肉体はどうなるんでしょう?」
「こちらの世界の勇者としての肉体を使ってもらうぞ。ほら、お主が架空世界でずっと操っておった“人物がおったじゃろ? あれと同じような肉体を、器として新しく用意してあるぞよ」
「勇者としての強さは?」
「LV1からスタートじゃ」
「こっちにもLV制があるんですね。LV1って事は1周目スタート時と一緒か……ゲームではLV999まで育てたんですが、あのデータは持ち越せないんですか?」
「あくまであれは架空世界じゃからのう、アイテムとかも無理じゃ。じゃが旅立ちの時には神殿の神官共から多少支援があるはずじゃよ」
「そういえばゲームでも、装備やお金の支給がありましたね」
「言葉はどうなってますか? ゲームだと、世界共通で使える共通言語の『ラグロス』と、それと別に各国や各種族だけに伝わる言語が個別に大量にあるとの設定でしたけど」
「現実のリバースでも同じじゃな」
「なるほど。となると言うなればいきなり言葉も通じない外国に飛ばされる感じになるわけだから……最低限、共通言語だけでも、地域や旅で関わるキャラによっては特有の個別言語にもすぐに対応できる準備をしとかないとまずいかもしれませんね」
「お主なかなか心配性じゃのう。ならばほれ! 言語自動翻訳機能付きのアイテムを持たせてやるから、後で確認してみるがよい」
「一般常識とか、生活や冒険に必要な知識は?」
「善悪の判断基準やら貨幣価値やらも“げぇむ”とほとんど一緒じゃから、お主ならたぶん問題ないじゃろ」
だが“これ”は神を相手に発言してもよいものだろうか?
内容が内容なだけに口に出すのは若干ためらわれるところだが……それでも聞かないことにはこのモヤモヤは収まりそうもない。
少し悩むも、思い切ってストレートにたずねてみることにした。
「あの……もし勇者として命をかけて頑張ったとしても『元の世界の元の時間に戻してもらえる』ってだけで、俺には全くメリットが無い気がするんですが……」
「そう言うと思っての、ちゃ~んと褒美を用意してあるんじゃよ!」
「褒美、ですか?」
得意げにニヤッと笑う神。
「何でも?」
リバースには様々なアイテムがある。
それこそ地球には存在しない物質や、炎や回復効果・飛翔など様々な魔術を発動できる魔導具まで。うまく使えば、とんでもない事ができるかもしれない。
美術的価値が高そうなものを持ち帰り、売り払って大金を得るというのもありだろう。
パッと思いついたのは『例の有名な“青い未来ロボット”の道具再現プロジェクト』に参加していた研究者たちが生み出したアイテムの数々。
中でも特に、あのプロジェクトが開発した最新作はすごかった。
『自由転移扉』という名前の、条件さえ満たせば瞬時に好きな場所へ移動できるアイテムで……いわゆる『どこ〇もドア』である。
ごく最近レシピが編み出されたばかりのそれは、ゲーム内の「移動」という概念を根底から覆し、拓斗含め多くのプレイヤーにとって手放せないアイテムとなった。
周回の高速化が実現したのもその恩恵のひとつだろう。
使うのは超レアアイテム揃いのため、材料調達が少し大変だった思い出はある。
だが、もし地球へ『自由転移扉』を持ち帰ることができたとしたら。
日常生活のあんな場面やこんな場面で『自由転移扉』を使うことができたとしたら……。
脳内で妄想を繰り広げるうち、拓斗の身震いは止まらなくなってきた。
「……どうじゃどうじゃ? こりゃ~もう、勇者を引き受けるしかないじゃろ?」
「そ、そうですね……」
「では改めてよろしく頼むぞよ、勇者として選ばれし若者よ!!」
「はい……謹んで、お受けいたします」
ふぉっふぉっふぉっと笑いを響かせる神様。
やたら耳に残るその声を最後に、拓斗の意識は再びぷつっと途絶えたのだった。
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