細い川を挟んで三軒ずつ並び、上流に小屋のような民家が一軒ある程度の小さな集落だった。東側の裏手には標高の低い山があり、西側の裏手には畑があり、その奥に森が広がっている。道は南北に延びていて南下すれば百人ほどの村があり、北上すれば切り立った岩山へと続き、その先は地区が変わる。南下した先にある村には、人の足で歩いても半日かかるほど距離がある。
集落では畑で穀物を育て、山でキノコや木の実を採り、時として獣の類も狩る。川は生活用水だが、上流では魚が捕れることもある。何か大きな災害でもない限り、食うに困ることは無く安穏とした毎日を過ごすだけ。
そこには、何の刺激も無かった。
暗い森の中を走っていた。
───もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ。
そんなことを言いながら走っていたように思う。
どこへ行くのか、どこに逃げるのか、当てなんかなくて、ただひたすらに走っていた。
頭上に月の姿は無く。
辺りを包む暗闇に恐怖感を覚えながら、手足が血まみれになっても走るのを止めなかった。
息が苦しくて、肺がつぶれてしまいそうで、口の中に血の味が広がって、「ああ、もう嫌だ」と声を絞り出して、何かにつまずいた。
面白いほど軽やかに山道を転がり落ち、太い幹にぶつかって止まる。
それで、もう、動けなくなった。
息をするのもやっとで、指一つ動かすことも出来なかった。
「ああ、こりゃダメだな」
そう言って視界に入って来たモノを見た瞬間、死を覚悟した───。
そして、パチリと目を開ける。
いや、ずっと目を開けていたはずなのにおかしいことだと思って、あれが夢だと気が付く。見慣れた天井、質素な部屋、寝返りをうって荒れた机の上を見て、安堵の息を零す。
(…今日は収穫の日だ…)
だがまだ日は昇らない。彼は再び目を閉じて、眠りについた。次こそは良い夢が見られるようにと願いながら。
コメント
5件