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しんと静まり返った廊下に響くのは、ふたりの足音。
相変わらず、どこまでも続く長い廊下は不気味で薄暗く、等間隔に配置された窓の外に見えるのは、真っ暗な闇だけだった。
わたしと榎先輩はそんな廊下を黙ったまま、ただひたすらに歩き続けた。
反対側にも同じく等間隔に教室や職員室のドアが現れては後ろに消えていくが、小さな摺りガラス越しに見える部屋の中もやはり暗く、開けてみようとは到底思えなかった。
何かが――例えば夢魔が――潜んでいるかもしれないというのに、そんなことできるはずもない。
焦りと恐怖だけが募っていき、わたしたちは気付くと手を固く結び、次第に歩くスピードも速くなっていたのだった。
同じ光景が延々と続いて、続いて、続いて。
「どこまで続いてるんだろう、これ」
榎先輩が突然立ち止まり、引っ張られるようにして、わたしも足を止めた。
眉間に皺を寄せる榎先輩はじっと廊下の奥、その一点だけを見つめながら、
「なんか、同じところをずっと歩かされ続けている気がする」
「そう、ですね」
わたしは答えて、同じく廊下の奥に視線を向けた。
静寂の中、その闇の奥に見えるものはなく、窓とドアがどこまでも続いているようにしか見えなかった。脱靴場はおろか、階段すら存在するのか解らない。ループする夢の世界。光はなく、薄暗い廊下だけがどこまでも続いている。
いっそのこと、どこかのドアを開けてみるべきだろうか。
けれど、ドアを開けた瞬間、そこに夢魔が潜んでいたら?
そのまま夢魔に襲われて、魔力を吸い尽くされでもしたら、わたしも、榎先輩も――
「引き返そう」
榎先輩は言って、くるりと後ろに身体を向けた。
「えっ」
とわたしは口にして、
「ここまで来て、戻るんですか?」
「ここまでも何も、そもそも先へ進んでるように思えないでしょ? どこまで行っても同じ廊下が続いているだけだし、一旦引き返してみよう」
「でも、引き返したって一緒じゃないですか」
言ってわたしは、これまで歩いてきた後ろの暗闇を指差した。
どこまでも続く廊下は相変わらずそこにあって、前を向いても後ろを向いても、ドアと窓の配置が左右逆転するだけで何も変わらない。
そもそも、こんな夢の世界に『向き』なんて意味があるのか判らなかった。
だってそうでしょ? ここは『夢』の世界なんだよ? この夢が楸先輩の夢なのか、それとも榎先輩の言う通り、他の誰かの夢なのか知らないけれど、夢は夢、現実じゃない。引き返したところで何かが変わるようには、わたしには思えなかったのだ。
けれど榎先輩は、そんなわたしにこれ見よがしに大きな溜息を吐いてから、
「……じゃぁ、どうするわけ? このまま先に進むの? ほら、見てみなよ」
くいっと顎で廊下の先を示して見せて、
「こっちだってどこまでも同じような光景が続いてるのは一緒でしょ? もしこのまま世界がループしてるんだったら、どこまで歩いたって先へは進めないじゃない。なら、ここらで一旦引き返してみてもいいんじゃない?」
「ループしてるんだったら、引き返したって同じじゃないですか! きっと反対側へ向かったって、同じ光景が延々と続いているに決まってますよ!」
根拠なんてなかった。だけど、後ろに続く廊下を見ているだけで、そんな絶望的な未来しか思い浮かんでこなかったのだ。結局同じ廊下を歩かされ続けるだけで、いつまでたっても先へは進めないし、別の場所にもたどり着けない。
「そんなの、行ってみないと判らないでしょ? いいから、一旦戻るよ、ほら!」
榎先輩は無理矢理わたしの腕を引っ張ろうとして、
「イヤです!」
わたしは思わず、その手を振り払った。
その途端、榎先輩の眼光が鋭くなって、
「じゃぁ、どうしたいわけ? 何かいい案でもあるの? 言ってみなよ!」
売り言葉に買い言葉、わたしも思わず熱くなって、
「ドアを開けてみるとか、窓をたたき割ってみるとか、やってみたらいいじゃないですか!」
自分でも思いもよらない言葉を返してしまった。
すると榎先輩も、やはりわたしが先ほどまで心配していたことと同じことを思っていたらしく、
「それでアイツが……夢魔が出てきたらどうするわけ? また追いかけられて、逃げきれなくて、今度こそ襲われて、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ?」
「そんなの、こんな廊下を歩き続けても一緒じゃないですか! どこから夢魔が飛び出してくるかもわからない、もし夢魔が出てこなかったとしても、一生抜け出せない無限に続く廊下だったとしたら、結局は同じことじゃないですか!」
「だからって、あえて危ないことしなくてもいいじゃない! もう少し様子を見てからでも良いでしょ? あんたの教室まで戻って、今度は反対側の廊下を進めば別の道が見つかるかもしれない! それを試してみてからでもいいじゃない!」
「わたしの教室まで戻るって、いったいどれだけ長い間わたしたち歩いてきたと思うんですか! もう一時間以上歩き続けてるんですよ? それだけの時間、同じようにあの廊下を歩き続けるんですか? わたしはイヤです! もっと別の方法で行きましょうよ!」
「だからって、そんな――!」
榎先輩が顔を真っ赤にして、そう口を開きかけた、その時だった。
「……ケンカは良くないと思うよ、こんな状況で」
突然そんな第三者の声が聞こえて、わたしも榎先輩も「「きゃっ!」」と声を合わせて小さく叫び、身体が飛び跳ねるくらいに驚かされた。
慌てて声のした方に顔を向けてみれば。
「――シモハライくん?」
「シモハライ先輩?」
果たしてそこに立っていたのは、困ったような表情をこちらに向けた、シモハライ先輩だった。
シモハライ先輩は「やれやれ」と溜息交じりに口にして、
「とりあえず落ち着いて、そこから三人で話し合おうか」
わたしたちを安心させるように、小さく微笑んだのだった。