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街に出てから、しばらく歩いた。
いや、「歩かされた」と言ったほうが正しいかもしれない。
人の流れに逆らうと、なんとなく居心地が悪い。
誰かに注意されるわけでもないのに、「そっちは違いますよ」と空気に言われている感じがする。
「なあミトラ。」
俺は小声で言った。
「この街、観光地とかないの?」
「観光という概念は、効率が悪いため廃止されていマス。」
「夢も希望もねぇな。」
それでも俺は、キョロキョロしながら歩き続けた。
建物の中。
広場。
人が集まる場所。
全部、同じだ。
清潔で、静かで、完璧で、つまらない。
「…なあミトラ。」
俺は小声で言った。
「この街の人、全員無口すぎじゃね?」
「不要な発話は、効率を低下させマス。」
ミトラの返答は、いつも通りだ。
「でもさ、」
俺は、前を歩く男の背中を見て、どうしても気になってしまった。
スーツ姿。
年齢は三十代くらい。
歩幅、姿勢、速度、全部が教科書通り。
ーーNPCかよ。
そう思った瞬間、
俺の中の“やっちゃいけないスイッチ”が入った。
「すみません。」
男の隣に並び、声をかける。
「ちょっといいですか?」
男は、ピタリと止まった。
ゆっくり振り向き、俺を見る。
「…はい。」
声に抑揚がない。
「この辺で、飯うまい店とかあります?」
完全に軽い雑談のつもりだった。
男は一瞬、沈黙した。
目が、わずかに揺れる。
「ーー質問内容が、曖昧です。」
「え?」
「『うまい』の定義が不明確です。」
「いや、普通に感覚の話でーー」
その瞬間。
男の目の奥で、小さな光が走った。
《警告:非推奨会話を検知》
俺の視界に、半透明の文字が浮かぶ。
「は?」
男は、ゆっくりと距離を取った。
「…あなたは。」
声が、少しだけ硬くなる。
「予定に存在しない人物です。」
「え、ちょ、待て。」
周囲の空気が、変わった。
通行人たちが、一斉に、俺を見る。
無表情。
でも、完全に俺だけを“認識”している。
「対象、行動指数低下」
「会話内容、非効率」
街のスピーカーから、聞き覚えのない音声が流れた。
《注意。市民の皆様は、不要な接触を避けてください》
「ミトラ…?」
「…」
ミトラは、答えなかった。
次の瞬間、俺の視界に赤い枠が現れる。
《軽度異常個体 観測中》
ーー軽度!?
「いや、雑談しただけだぞ!」
誰も反論しない。
誰も擁護しない。
ただ、街全体が、俺を避け始めた。
人の流れが、俺を中心に、きれいに割れる。
「…あ。」
そのとき、ようやく理解した。
この街では、話しかけること自体が、違反行為なんだ。
ミトラが、静かに言った。
「あなたはすでに、“注意対象”として登録されていマス。」
「それ、ほぼお尋ね者予備軍だろ…。」
「はい。」
即答だった。
その時点で、俺はまだ知らなかった。
この“軽い違反”が、後に“正式なお尋ね者”へと格上げされることを。