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独り残された家で、知らず知らず俺は篠原智子との出会いに
思いを巡らせた。
俺は異動で数駅離れた支店に移動となり、初めてそこで篠原智子と
出会った。
彼女は仕事を早く覚えたいからと、積極的に俺の仕事を見たがり
外回りや出張に付いて廻ることが増えていった。
『教えるのは構わないが君の本来の仕事は大丈夫なのか?』と
俺はそんなふうに彼女に聞いたこともあったし、上からの指示ではないので
あまり頻繁には出先に連れていけないと話したこともあったのだが。
出張帰りに何気に振った話から、彼女は驚くべきことを
話し出した。
俺は課長職なのだがその上4つを飛び越えて取締役にあたる
篠原専務取締役が父親なのだと言う。
篠原はふふっと笑いながら、
『知らなかったから 驚きました? 課長だけじゃなく、皆には
知らせてませんので知らなくて当たり前ですからそう落ち込まないで
ください。
ただ言っときますが、私は縁故入社ではありませんよ。
ああ見えても父はそういうことには厳しい人なので……。
私今の会社には父親に内緒で受けたんです。
ですから父も私の入社が決まってから知ったっていう具合なんですよ。
私入社試験受ける時、ズルは絶対嫌だったので住民票とか母方の方に
移して受験しましたしね。
会社のほうでも合否の前には何も分かってなかったと思います。
あぁっ、もう今はちゃんと住民票元に戻してますけどね。
だ・か・ら、上の指示がなくても今は私の行動にいちいちケチはつけて
来ないと思いますよ。
サボってるってわけでもないですし、それなりの成果をあげてますし。
でも父と私の関係はオフレコですよ、取締役クラスの方しか
知らないことになってます』
臆することなくスラスラと自分の立ち位置を語る彼女に
俺はもうそれ以上何も言うことができなかったのを記憶している。
結局、妻とギクシャクするような行動を俺たちは致してしまったわけで、
最初から仕事を覚えるというのは言い訳で……もしかしちゃって
おっさんの俺、篠原に狙われてたのかぁ~。
俺の思考回路が、最初から自分は狙われていたのかもと認識した
途端、頭を掻きむしり俺は絶叫した。
「わぁーーーーーっ!」
阿保だわオレ!
女の術中にしっかり嵌ってんだろっ。
俺は 姫苺 が家を出たこと……
そして彼女から離婚を言い出されていること……
に気を揉んでいたが、篠原との今までのあれやこれやに
思いを馳せているうちに、とんでもないことになっているのかも
しれないということに気がついた。
篠原は俺とのことをどんな風に思っているのだろう……
そしてどんな風になりたいと思っているのだろうか……
まったく見えてこない彼女の気持ち。
こうなってみると、やはりあの夜のキスは痛かった。
妻に対してもだが篠原に対しても、申し開きのできない状況に
今自分が立たされていることに愕然とした。
姫苺 がこうもはっきりと意思表示してくるまでは、 姫苺のことは
もとより、篠原のことなど何も考えてなかったから。
自分の危機管理能力のなさに自分で呆れる。
もしも、篠原が父親に泣きついたなら、娘を弄んだ責任を
どう取るつもりだと詰め寄られても申し開きのできないことを
俺はただシチュエーションに流されてやっちまったんだからな。
姫苺と別れてまで篠原にキスをしたかったのか?
姫苺と別れて篠原と付き合いたいのか?
そう問われれば、俺は速攻で……大声で……NO! と答えるだろう。
救いはただ、あれからも別段篠原が交際してほしいだのといった
ようなことは口にしてきてないことだった。
こうなったからには、とにかくまず篠原とは距離を置かなくては
なるまい。しかし、何と言って?
頭が痛くなってきた。
俺は袋小路に迷い込んだネズミのような気がしてきた。
◇回想してしまったわ! “ 仲村伍樹/篠原智子の同期
もうほんとにねぇ、あの子は何ぁ~にやってんだかっ!
俺の席からはかなり離れたところにいる篠原智子の姿を見ながら
気がつくと過去に遡り回想していた。
-遡ること3年前-
彼女の最初のターゲットは確か斎藤隼人さんだったな。
いろいろ後で斎藤さんのことをそこそこ知ってる人たちに聞いて
分かったことなんだけど。
この人は35才で既に結婚していて5才の女の子もいたはず。
斎藤さんは、随分と篠原とLINEの遣り取りを頻繁にしていたらしく、
そのLINE経由で、奥さんは篠原とのことを怪しむようになり……。
そこで斎藤さんの奥さんは興信所にふたりのことを密かに依頼したらしい。
調査を始めて2か月後、2人がラブホに入るところを撮影することができ、
篠原と斎藤さん、奥さんと斎藤さん、それぞれの関係が終了したようだ。
このころ俺たちは入社1年目で俺もだけど篠原だって同じようなもんだから
斎藤さんのことは、よく知らないままそういう風に近づいていったと
思うんだが。
まぁ、篠原が付きまとい出した2か月目から1年くらい見ての感想だけど
斎藤氏は年の割に気が若くて俺らのような後輩にも気さくに声かけて
くれるような人で何気に女子社員に人気あったかもしれん。
仕事の評価もよかったみたいだ。
まぁ、お面もそこそこイケメンだったかもなぁ。
後で聞いたことなんだが夫婦仲はそこそこ良かったらしい、
篠原とのことがあるまでは。
この人の場合はやばかった、ほんとにあぁいうの
正に修羅場るっていうんだろうなぁ。
奥さんが半ば半狂乱になって職場に乗り込んできちまったからさ。
でその日は斎藤さんも篠原もちょうど、外回りに出る前でそれこそ
3者ご対面って奴。
斎藤さんの目の前で――――
『あんたたちがホテルに行ったことはもうバレてるのよぉ~。
あなたも、あの女も絶対許さないからぁ~』
って大声で叫びながら、次は篠原のところまで行き
『覚悟しなさい、人の夫寝取ってただで済むと思うな』
って凄んで、そんな自分の言動を止めようとした斎藤さんの態度に激怒して
掴みかかろうとしたんだ。
そしたら斎藤さんに回避されてしまってね。
それでその後奥さんは斎藤さんを跳ねのけて篠原にも掴みかかったんだよなぁ。
それで斎藤さんはすぐに奥さんに駆け寄り『君の何かの勘違いだよ』とか……
『落ち着いて、ちゃんと話し合えば分るから』とか言って、奥さんに
叩かれながら必死で奥さんを宥めてた。
そんなふたりを目の当たりにしながら、今度は自分に掴みかかってきた奥さんに
放った篠原のひと言が何というか、もうほんとっ、今までのことを社内の人間にも
見られてての状況でよく言えるなぁっていうのが正直な感想なんだが。
『私、何も悪いことはしてませんから』だったんだよな。
それだけ言って他の余計なことは一言も言わず俯いた。
で、奥さん激怒で、何言ってんのじゃワレって感じで、篠原の肩を掴んだまま
力入れて後ろに押そうとしたんだよなぁ。