テラーノベル
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35
その日の夜。
阿部と目黒は、みんなと別れて目黒の家へ戻った。
玄関を開ける。
「ただいま」
目黒が言う。
「ただいま」
阿部も続いた。
靴を脱いで。
リビングへ向かう。
扉を開けた瞬間。
二人とも止まった。
「……」
ソファに。
天使が座っていた。
しかも。
勝手に紅茶を飲んでいる。
テレビまでついている。
「あ」
天使が振り返る。
「おかえりー」
阿部は。
しばらく何も言えなかった。
「……何してるの?」
「テレビ見てる」
「そうじゃなくて」
目黒も眉を寄せる。
「なんでいるの?」
「遊びに来た」
「帰って」
「冷たいなあ」
天使は気にせず紅茶を飲む。
そして。
部屋を見回した。
「ていうかさ」
「何?」
「あべちゃん、この部屋狭いよ」
「は?」
「早く引っ越しなよ」
阿部は思わず目黒を見る。
目黒も困った顔をしていた。
「別に狭くないけど」
「九人集まったら狭いじゃん」
「九人で住んでないよ」
「でも集まるでしょ?」
「カフェあるし」
「もう閉店したじゃん」
「……」
言われて。
阿部は黙った。
天使が得意そうな顔をする。
「ほら」
「何がほらなの」
「もっと広い家にすればいいのに」
「夢なんだから?」
「そうそう」
「簡単に言うね」
「簡単だよ」
「じゃあ天使が広くしてよ」
「それは面倒」
#❤️💙
みら

19,807
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「ほんと役に立たないな!」
天使は笑いながら。
またテレビへ視線を戻した。
しばらくすると。
テレビではニュース番組が始まった。
阿部と目黒も。
仕方なく天使の向かいに座る。
画面では。
街に新しい店ができたとか。
動物園で赤ちゃんが生まれたとか。
新しい電車が走り始めたとか。
そんな話ばかり流れている。
天使が。
不思議そうに首を傾げた。
「あべちゃんの作った世界ってさ」
「何?」
「暗いニュースないんだね」
阿部もテレビを見る。
「……言われてみれば」
事件。
事故。
誰かを傷つけるような話。
週刊誌。
炎上。
誹謗中傷。
そういうものが。
一つもない。
「平和だねえ」
天使が言う。
阿部は。
少しだけ黙った。
自分が。
そういう世界を望んだからなのかもしれない。
誰にも追いかけられず。
誰にも勝手なことを書かれず。
目黒と手を繋いでいても。
何も言われない。
九人で出かけても。
誰にも見つからない。
普通に。
暮らせる世界。
「……俺が作ったんだもんね」
阿部が呟く。
「多分ね」
「多分なんだ」
「夢ってそんなもんじゃない?」
「作った本人より適当だな」
天使は笑う。
でも。
阿部は笑えなかった。
テレビを見る。
幸せそうなニュース。
平和な街。
安全な世界。
それを見れば見るほど。
戻った先との違いを考えてしまう。
この世界なら。
ずっと安心していられる。
誰も傷つかない。
誰も追い詰められない。
目黒も。
みんなも。
阿部が黙っていると。
天使がこちらを見る。
「……暗」
「何?」
「今のあべちゃん暗すぎる」
「失礼だな」
「だってずっと難しい顔してるじゃん」
「色々考えることあるんだよ」
「考えすぎ」
「君が考えなさすぎなんだよ」
「ちょうどいいね」
「よくない」
天使は。
少し考えるように首を傾げた。
それから。
急に言った。
「温泉旅館行きなよ」
阿部が瞬きをする。
「……何?」
「温泉」
「急だね」
「九人で」
目黒も天使を見る。
「なんで温泉?」
「楽しそうだから」
「それだけ?」
「あと」
天使は阿部を見る。
「今のあべちゃん、休むの下手そうだから」
「……」
阿部は言い返そうとして。
少し止まった。
否定できない。
天使は続ける。
「傷の話するのもいいけどさ」
「傷治すのに、ずっと傷の話してても疲れるでしょ」
阿部は。
少しだけ目を伏せた。
確かに。
目黒の話を聞いて。
ラウール。
康二。
みんなの傷も知った。
必要な時間だった。
でも。
ずっと。
重いことばかり考えている。
「遊んで」
天使が言う。
「美味しいもの食べて」
「温泉入って」
「寝て」
「また笑えばいいじゃん」
「……」
「そのための夢でもあるんでしょ?」
阿部は。
何も言えなかった。
目黒が横で小さく笑う。
「珍しくまとも」
「でしょ?」
「珍しくね」
「そこいらない」
天使は。
突然立ち上がった。
「ということで」
「何?」
「用意したから」
「何を?」
「どこでも行けるドア」
阿部と目黒が。
同時に天使を見る。
「……は?」
「作った」
「どこに?」
「あべちゃんの部屋」
「俺の?」
「うん」
「勝手に入ったの?」
「入ったよ」
「何してんの!?」
「トイレに作った」
「トイレ!?」
阿部は立ち上がる。
「なんでトイレなの!」
「場所ちょうどよかったから」
「もっとあるでしょ!」
「玄関とか?」
「普通そうでしょ!」
天使は。
何がおかしいのか分からない顔をしている。
目黒が笑いを堪えていた。
阿部が睨む。
「めめ、笑わないで」
「ごめん」
「絶対笑ってる」
「ちょっとだけ」
天使は構わず説明を続ける。
「あべちゃんの部屋のトイレ入って」
「うん」
「ドア開けたら温泉旅館」
「怖いんだけど」
「便利でしょ」
「トイレのドア開けたら旅館って嫌だよ」
「細かいなあ」
「細かくない!」
「でも一回しか使えないから」
阿部が止まる。
「一回?」
「うん」
「帰りは?」
「普通に帰れる」
「どうやって?」
「なんか帰れるよ」
「そこ一番大事でしょ!」
「大丈夫、大丈夫」
阿部は。
頭を抱えた。
「その大丈夫、何回聞いたと思ってるの」
「でも今まで帰れてるでしょ?」
「毎回不安なんだよ!」
天使は楽しそうに笑う。
「ほら」
天使がスマホを指差す。
「何?」
「予定合わせて」
「今?」
「今」
「まだ行くって決めてないよ」
「行くでしょ?」
「なんで決定なの」
「目黒くんは行きたい?」
天使が聞く。
目黒は。
少し考える。
「行きたい」
「ほら」
「めめ!」
「だって温泉でしょ?」
「そうだけど」
「九人で行けるし」
目黒は阿部を見る。
「行こうよ」
阿部は。
少し迷う。
でも。
昨日から。
難しい話ばかりだった。
みんなの傷を知って。
自分も。
また色々考えて。
少し。
疲れていた。
「……まあ」
天使が身を乗り出す。
「何?」
「行ってもいいけど」
「決まり!」
「まだ最後まで言ってない!」
「早くグループチャット!」
「急かすな!」
天使は。
阿部の横へ移動する。
「ほらほら」
「近い」
「予定聞いて」
「分かったから!」
阿部は仕方なく。
グループチャットを開いた。
『温泉旅館行かない?』
送信。
数秒後。
佐久間。
『行く!!!!』
阿部。
「早」
ラウール。
『行きたい』
康二。
『写真撮りたい!』
深澤。
『温泉いいじゃん』
岩本。
『いつ?』
宮舘。
『翔太が行くなら』
渡辺。
『なんで俺基準なの』
宮舘。
『行かない?』
渡辺。
『行く』
阿部は。
思わず笑った。
「全員行くじゃん」
天使が得意そうに頷く。
「でしょ?」
「君何もしてないけどね」
「ドア作った」
「トイレにね」
予定を確認する。
もう。
みんな仕事らしい仕事はほとんどしていない。
康二だけは写真の仕事を続けているけれど。
日程は調整できるらしい。
佐久間のイベントとも重ならない。
結局。
全員の都合が合う日が。
すぐ決まった。
「決まった」
阿部が言う。
天使が満足そうに立ち上がる。
「じゃあ楽しんできてね」
「一緒に来ないの?」
「行かないよ」
「なんで?」
「九人の旅行でしょ?」
「そうだけど」
「私は邪魔だから」
阿部が少し驚く。
「そういうの分かるんだ」
「失礼だなあ」
天使は玄関へ向かう。
「じゃあ」
「うん?」
「また来るねー」
「来なくてもいいよ」
「またねー」
普通に靴を履く。
普通に玄関を開ける。
阿部と目黒は。
その後ろ姿を見つめた。
「……玄関から帰るんだ」
目黒が呟く。
「そこは普通なんだね」
「さっきまで突然リビングにいたのに」
「不思議だね」
「天使だから?」
「多分」
玄関から。
天使が顔だけ戻す。
「聞こえてるよー」
「まだいたの!?」
「じゃあ今度こそ、またねー」
扉が閉まった。
静かになる。
阿部は。
しばらく玄関を見つめる。
それから。
目黒を見る。
「……温泉」
「うん」
「行くことになったね」
「楽しみ」
「トイレからだけど」
目黒が吹き出す。
阿部も。
つられて笑った。
ずっと。
帰ること。
傷のこと。
過去のこと。
そんなことばかり考えていた。
でも。
少しくらい。
何も考えず。
九人で遊んでもいいのかもしれない。
阿部はスマホを見る。
グループチャットでは。
もう佐久間が。
『浴衣ある!?』
『卓球したい!』
『温泉のあとアイス!』
と騒いでいた。
その下で。
ラウールが。
『ご飯いっぱいあるかな』
と送っている。
阿部は笑いながら。
返信した。
『あるでしょ。俺の夢なんだから』
送信してから。
少しだけ。
気持ちが軽くなった。
コメント
1件
よかったです、この回……。重たい空気が続いてたからこそ、天使が突然リビングに現れて紅茶飲んでるシーンは笑っちゃいました。「トイレにドア作った」って発想、意味わかんないけど阿部ちゃんがツッコむところ含めてすごく好きです。笑 それ以上に、天使が「今のあべちゃん、休むの下手そう」って言ったところ、刺さりましたね。確かにそうだなって。ずっとみんなの傷とか過去に向き合ってきたから、温泉で何も考えず遊ぶのは必要な時間だなって思いました。グループチャットが一気に賑わうところも、ちゃんと「阿部ちゃんの夢の世界」らしい温かさがあって読んでてほっとしました🌷