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ステージの中に入っていくと、すでに来ていた瑛人と目が合った。
ステージには大きなスクリーンが用意されている。
ここでお互いに議論をするのか……。
2人には広すぎるくらいの部屋。観客は俺らには見えない。
不安なことばかりだ。
しかし瑛人は自信満々な顔をしてまっすぐに前を見ていた。
藤崎と朱莉と千春は覆面の男に連れられ、ステージ脇に個室に入ることになった。こちらから顔を見ることは出来ない。
どちらか一方が不利にならないように作られていた。
本当に俺と瑛人のふたりの勝負になるんだな……。
そんなことを思っていた時、村田義彦がステージに入って来た。
一気に空気が張り詰めたものに変わる。
「ふたりとも、準備はいいかな」
「はい」
瑛人の返事を聞き、俺は声は出さずに頷いた。
「では、さっそく発表に移ろう。発表はどちらが先にやりたいか話し合いで決めるといい」
俺と瑛人が向き合う。すると、彼はにこっと笑って言った。
「良樹が決めるといいよ」
相当余裕があるらしい。
それともこれも何かの作戦か?
いや、色々考えるのはやめだ。
ここは素直に受け取ろう。
「じゃあ後半で」
俺は相手の出方を見てから自分の発表をする方を選んだ。
「了解」
瑛人から先に発表することを伝えると、村田義彦は分かったとだけ言って千春たちが入っていった個室へと入っていった。
ここからふたり。
緊張感の中、無機質の音声が鳴る。
「ただいまより、ディスカッションを始めます。議題は“愛について”それぞれ20分間、まとめたものを発表してもらいます。始めに、村田瑛人さんからお願いします」
「はい」
瑛人は返事をするとライトの当たるステージに上っていった。
瑛人もパワーポイントにしてまとめてきたらしく、彼は目の前に用意されているパソコンにディスクを指した。
「はじめてください」
アナウンスが鳴ると同時に20分のタイマーが設定され、数字が減っていく。
瑛人はすぐに発表をし始めた。
「こんにちは、村田瑛人です。僕はこの議題を与えられた時、まず愛とはどんなものであるのか考えました。人はどんな時に愛を感じるのか……それを考えてみた時、何かをしてもらった時だということに気がつきました」
すげぇ。
話し方、聞き取りやすさ、まとめ方。
グラフやイラストなどを使って見る人に分かりやすく、物事を教えている。
それに加えて、あのもの落ちしない話し方……やっぱりレベルが高い。
「しかし、何かをしてもらうことに対して、対価を求められるとそれは愛ではなくなってしまいます。僕はこれをやってあげたんだから、キミも何か返してくれるよね?こういう夫婦にはもう既に愛はないのです」
声に強弱を付けたり、トーンを付けたり、そういうところは前々のディスカッションでも目立っていたけど……改めて見るとすごい力だ。
さすが、あの村田義彦と親子なだけあるな。
前に何かで見たことがある。
全然違うことを言っていても、声のトーンや強弱であたかも正しいことを言っているように聞こえることがあるって。
もちろん瑛人が今プレゼンした内容は間違いなんかじゃないけど、答えが曖昧になっているものに関してはプレゼン能力はかなり大事になってくる。
そのプレゼン能力は確実に瑛人の方が上……。
ぎゅっと握りしめた手に額から零れる汗が垂れた。
その後も瑛人は危なげなくプレゼンを行い、もうすぐで終了を知らせる時刻に迫っていた。
瑛人のプレゼンももう、終盤だ。
もうすぐで俺の番がやってくる。
「つまり、愛とは無償であること。対価を必要としないものが愛だと結論付けました。以上で僕の発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」
瑛人は丁寧にお辞儀をすると、パソコンからディスクを取り出してステージを降りて来た。
その顔はすっきりとしていて、さらに俺の緊張を煽った。
……いよいよ俺の番。
大丈夫だ、みんなで一緒に頑張ったんだ。
きっと出来るはず。
データーをステージにあるパソコンに移す。
俺はさっきまとめたパワーポイントを開いた。
出来映えは瑛人に遙かに劣る。
それでもやって来たことに無駄はないはずだ。
震える手でマイクを持つと20分の時計が動き出す。
俺はゆっくりと話し始めた。
「こんにちは、朝井良樹と申します。僕は3人の協力者と一緒に愛とはどんなものかというのを考えました。初めはそれぞれが思う愛について話していたのですが、どれもみんなが思う“愛”はバラバラで愛の概念がどんなものであるのか分かりませんでした」
俺は会議室で話した話を出来るだけ詳しく、話し始めた。
千春が懐かしいと言ったお菓子を実際に持ってきて、プレゼンテーションの間もカメラに見せながら行った。
俺にとっては、3人と一緒に考えた時間が大事なものだと考えたので、どうやってその答えにたどり着いたのかや、どんな議論があってこの結論に至ったかをそのまま話すことにした。
全てを話す頃には、時間は残り3分を示している。
そして俺は結論に移った。
「つまり、愛というものは物にも感じることが出来るが、命あるものからの動作がつかなければないということです。命ある人、命ある動物からもらったものや、思い出それらが僕たちにとって“愛”だと感じるのです」
瑛人のプレゼンテ―ションは企業の人が行うようなしっかりとしたものだった。
データーに沿った結果や、綿密なパワーポイント圧倒的な差があることは分かっている。
瑛人に勝てる点とすれば、聞いた人に共感を得てもらうこと、ただそれだけだ。
人の心に残るように、誰かがなるほどど思ってもらえるように、俺はしっかりと話した。
残り時間は1分。
俺は最後の時間を3人への感謝を述べる時間にした。
「発表を終えるにあたって、ひとつだけ……僕は協力者として藤崎斗真くん、星沼朱莉さん、三上千春さんを選びました。この3人が僕のために協力してくれたこと、一人では決して出来なかったことがみんなの協力を得て、形になったことも愛であると感じます。相手がいるからこそ、生まれる感情。僕はたくさんの人がいることこそが社会を豊かにしていくのだと思います。利益や対価を求めるものからは生まれないものは必ずあります。命をかけてまで、協力してくれた藤崎斗真くん、星沼朱莉さん、三上千春さん本当にありがとう。
以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」
丁寧にお辞儀をすると、いよいよ発表の時間は終わった。
これから投票に移ることになる。
後悔はない。
ここで俺が負けて、死んだとしても……。
すると、朱莉と千春、そして藤崎が部屋の中から出て来た。
千春は俺を見てうんうん、と頷いてくれた。
この発表で良かったのか、不安はあったがみんなの顔を改めて見ることが出来て、安心した。
そして後から村田義彦が出て来る。
俺と瑛人の前に立つと、俺らに腕と手足につける拘束具を渡して来た。
「ふたりにはこれを付けてもらう。これは電流ベルトだ。結果発表で負けた方にのみ電流が流れる仕組みになっている。もちろん電流のボルトは致死レベルだがな。いいな」
俺らは同時に頷いた。
手と足、両方に拘束具を付ける。
瑛人は俺と目が合うと、小さな声で言った。
「ありがとう、良樹に出会えて良かったよ」
「俺もだよ」
お互いに本音だったと思う。瑛人は隠していたことがたくさんあったみたいだけど、今の言葉に偽りはないと信じたい。
「これから投票タイムに移ります。視聴者の方々はどちらかに投票を行ってください」
目をつぶって結果が出るのを待つ。緊張はいよいよピークに達して手が小刻みに震えていた。
思えば、いつも人の意見を優先して生きて来た。
自分の意見が正しいと思ってもそれを心に隠してしまって、そうだなって同意する。
そのせいか、人に嫌われることはほとんどなかったが、仲の良かった友達に心を許されていない気がすると言われたことがあった。
そんな中で生まれた強い意志。
意味の分からないゲームに参加させられ、多くの犠牲が出た中でこれだけは人に合わせてはいけないと思った。
『このシステムは生産性のある素晴らしいシステムです。キミもそう思わないかね?』
そうじゃない。
人を機械のように、使えるか使えないかで分けて使えないと判断されたら消すなんておかしいに決まってる。
「投票が終了しました。集計して結果に移ります」
千春、朱莉、そして藤崎。協力してくれてありがとう。
そう思い、手に力を込めた瞬間、アナウンスは鳴った。
「結果は……」
ごくりと唾をのむ。
「朝井良樹くん4200票、村田瑛人くん982票で朝井良樹くんの勝ちです」
「ウソ……だろ」
結果は圧倒的に俺の勝ちだった。
自分でも信じられなくて驚きを隠せない。
瑛人の方が発表はレベルが高かったはずだ……それなのに俺の方が勝った……。
理由はなんだろう。
そう考えていた時、隣で瑛人はひとりぽつりとつぶやいた。
「はは、そうか。僕は見落としていたんだな……」
ゆっくりと瑛人の方を見る。彼はうつむきながら、誰に聞かせるでもない声で言った。
「モニターで投票者が見るということは大事なのは結果ではなく過程であったこと……。いや、それだけじゃない。そもそも俺は見られていようが、負けていただろうな。それ以前の問題……か」
静かにつぶやくと、手をだらりと力なく下げた。
そして村田義彦は俺の前にやって来た。
「おめでとう、朝井くん。まさかキミが勝つとは思ってもいなかったよ。約束通りキミは次の議論に進んでもらおう」
そう言い終えると、瑛人のことを見る。
彼が表情を崩すことは無かった。
「本当に残念だよ」
するとアナウンスが鳴った。
「村田瑛人には罰ゲームが下ります」
「罰ゲーム?」
俺は小さくつぶやいた。
これは村田義彦が俺を排除するために行ったゲームだ。
俺の対戦相手として実の息子を使ったのも勝てると思っていたからだろう。
俺が勝てば、死ぬのは瑛人だ。
だけど瑛人は村田義彦の息子。
普通だったら殺せるわけがない。
しかし、変に漂う緊張感は今まで一度も感じたことのないものだった。
ぴりぴりと張り詰める空気は重い。
「出来そこないめ」
そんな中、村田義彦は言い放つ。
「父さん……」
寂しそうに小さくつぶやいた言葉は俺にしか聞こえて無かっただろう。
ーービリ、ビリ、ビリ。
その時に発した言葉が瑛人の最後の言葉となった――。