順番に風呂を済ませ、部屋着に着替える。
阿部が髪を乾かしている間も、佐久間はリビングのソファに陣取り、買ってきたお菓子を頬張りながら、夢中でアニメの続きを見ていた。その無防備な姿は、完全に、阿部の家を自分の家のようにくつろいでいる。
(…よし)
全ての準備は整った。
阿部は、ドライヤーのスイッチを切ると、静かに、しかし確かな足取りでソファに近づいた。
そして、アニメのリモコンを握る佐久間の手を、その上からぎゅっと、強く握りしめた。
「…っ、わ、阿部ちゃん?」
突然の行動に、佐久間が驚いてこちらを振り返る。
阿部は、岩本から伝授された通り、少しだけ低い、色気のある声色を意識して、囁いた。
「ね、もう寝よ?」
その、明らかにいつもと違う雰囲気。
佐久間は、一瞬、きょとんとした顔をしたが、阿部の真剣な眼差しに、何かを察したようだった。
しかし。
彼の反応は、またしても、阿部の予想の斜め上を行くものだった。
佐久間は、にぱっと、いつもの太陽のような笑顔を見せると、いとも簡単に、こう言ったのだ。
「いーよ!!」
そして、テレビの電源を消すと、おもむろにソファの上に置かれていたクッションを枕代わりにし、ごろんと横になろうとする。
「…え?」
あまりにも自然な流れに、今度は阿部が戸惑う番だった。
「ちょ、佐久間?ここで寝るの?ベッド、あるけど…」
「え?阿部ちゃん、俺にベッド使えって?優しい!」
「いや、そうじゃなくて…」
(違う!計画では、ここで君が「うん、一緒に寝よ!」って、ベッドに来るはずじゃ…!)
阿部が、必死に軌道修正の言葉を探していると、佐久間は、上半身だけをむくりと起こし、阿部の焦った顔を見て、あっははは!と、腹を抱えて笑い出した。
「冗談だよ、冗談!」
そして、ぺち、と阿部のお尻を軽く叩く。
「その焦った顔が見たかっただけ!」
「はい!まーた俺の勝ちー!」
あまりにも無邪気な、しかしあまりにも的確なカウンターパンチ。
阿部は完全に、またしても彼の掌の上で転がされていた。
(…こ、の…っ!)
今日だけで一体、何敗目だ。
阿部の心の中で、今まで燻っていた闘志が怒りにも似た凄まじい炎となって燃え上がった。
もう容赦はしない。
手加減も罪悪感も、全て捨てる。
「…先に…ベッド行ってるから」
阿部は、低い声でそれだけ言うと、佐久間の返事も待たずに寝室へと向かった。
その背中からは「絶対に勝つ」という、今までにないほどの強い覚悟が滲み出ていた。
佐久間は、そんな阿部の後ろ姿をニヤニヤしながら見送る。
(…お、やっと本気になった?)
彼もまたこの夜の、本当の勝負がこれから始まることを予感していたのだった。
コメント
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ほんとに楽しみ笑あべちゃんのほんとの勝利も見てみたいって思うけど話が早く出ないかって待ち遠しくなってる笑