「いいが、面白いものではないぞ?」
「いいの、リースの話聞きたいから」
「前にも話したないようと被るとしてもか?」
と、リースは、何処か話したくないような雰囲気で私に聞いてきた。確かに、結構話を聞いていたり、戦争の話だったりがあった気がして、話したくない気持ちも分からないでもなかった。でも、リースの話は聞きたいし、聞けなくなると思えば思うほど、知りたくなるというか。
けど、リースの気持ちは尊重してあげたくて。
リースは一人で考えた後、分かった、と渋々といった感じで私を見た。私の座っているソファーまでやってくると、私の隣で腰を下ろした。少し狭いソファーだったから、二人座ると何となく窮屈だ。
リースの匂いがふわりと香る。汗臭いとかそんなのじゃなくて、彼も爽やかなオレンジの匂いがした。リースは、カゴに置いてあったオレンジを手に取ると、それを眺め、どこからともなくとりだしたナイフでオレンジを切り分け始めた。
「この部屋は、先ほどいったとおり、俺じゃなくて、俺の身体……の元所有者のものだろう。この部屋が、そいつのユニーク魔法によって作られたものかも何かも分からない。だが、この部屋は、俺しか入れないようになっている。正式には、俺が招いた人物だけだ」
「あ、ありがとう」
切り分けたオレンジを私に渡してきたリース。少し挙動不審になりながら私はそれを受け取って、果肉が詰まったオレンジを見る。鮮やかな色で、香りもいい。空調管理もこの部屋はしっかりしているんだろうなあ、なんてぼんやり思いながら私は、リースの話に耳を傾けていた。
「女神の庭園と同じ仕組みだろう。だが、何故この皇宮にそんな部屋、空間が存在しているのか俺にも分からない」
「元のリースしか知り得ないってことよね」
「そうだな……だが、もうそれを知る術はないだろう」
と、リースは言って、オレンジにかぶりついた。私も真似してかぶりついてみれば、甘酸っぱさが口に広がっていく。ちょうど良い酸味で、甘さの方が強いぐらい。でも、全然しつこい味でもなくて、食べやすかった。皮からもぺろりと簡単に剥がれ、私は貰ったオレンジの片割れをすぐに食べてしまった。一個丸ごと食べてもよかったなと思うくらいには、美味しいオレンジだった。
そう言えば、ラスター帝国はオレンジの産地だったなあ、とか一番ここに来て得た情報がそれだった気がすると、あの時のぎすぎすを思い出していた。あの時のリースは暴走気味で、私のことをあまり気にかけて……いや、気にかけすぎたけど恋心の方が走っていた、見たいな感じだったから、懐かしい。今ではそんなの感じられないほど大人びているけど。
「ふふっ」
「何だ、旧に笑って……可愛いが」
「最後の一言が、リースらしい。ううん、想い出だしてたの。私達が、この世界で最初にあって……それで、朝一緒に食事をしたときのこと。オレンジのこと教えてくれたなあって思って」
「そう……だったな」
「忘れたの?」
私が聞けば、彼は、忘れるわけが無いと、首を横に振った。彼は、一口かじっただけで、オレンジをまだ全然食べていなかった。もしかして、嫌いなのだろうかと思ったが、そう言うわけではないらしい。
「じゃあ、何?」
「オレンジの花言葉」
「花言葉?」
何か、ロマンチックなことを言っている気がする、と私はリースの顔を覗き込んだ。彼がそんなロマンチストだったなんて、と驚きよりも、ここでそれを話す必要があるのか、とかそんなどうでもいいことが頭をよぎっていく。
オタクだから、花言葉とかには詳しいけど、その場限りで忘れてしまうし、薔薇とかの意味はよく知っているんだけど、オレンジまでは知らない気がした。
でも、オレンジの片割れ、とかよく言うし、結構いい花言葉なのだろう。ラスター帝国の紋様というか、国家で大切にしている花だし。
「それで、オレンジの花言葉って何なの?もったいぶらないで教えてよ」
「……『純粋』、『愛らしさ』」
「へえ、可愛い花言葉じゃん。それで、なんでそんなに顔を赤く染めているの?」
ここにあるのは、オレンジの実だ。実や花は確か別の意味を持っていた気がする、なんてのも頭の片隅にあった。だが、リースの反応がどうもおかしくて、私は首を傾げる。
「オレンジの片割れ、と、聞いたことがあるだろう」
「ええっと、あれ、うん。あの、切り分けたら重なるオレンジは世の中にその切った片割れしかない、的な」
説明、これであっているかどうか分からなかったけど、リースはそれを聞いてコクリと頷いた。どうやらあっていたらしい。
(何だかそれもロマンチックな話よね……リースは、それで照れてるの?)
「そうだ。だから、よく結婚式や花嫁に贈るものとして使われるんだ。まあ、それは花の方だが」
「うん」
「もう一つ花言葉がある。それが『花嫁の喜び』」
「花嫁の……喜び」
キュッと胸が締め付けられた。三日後、結婚式、トワイライトと、リース、ウエディングドレス……それらの単語が繋がっていって、また目の前が暗くなっていくような気がした。でも、あることを思いだして、私はハッと顔を上げる。
「お前に、何度も渡していただろう……俺なりの気持ちだった」
「わかりにくすぎるのよ。いや、分かりやすいのは行動だった。そう……結婚まで視野に入れていたのね」
驚くことではない。リースが私にプレゼントとして、オレンジの花をくれていたことや、何かしらのプレゼントにも必ずオレンジの花を添えていたこと。思い出せば、オレンジの花を何度も目にしてきたと。
「俺にとって、花嫁はお前だけだと思っている」
「三日ご結婚する男が何を言っているんだか」
「冗談を言っているんじゃない。本気だ」
「分かってるって。むきにならないでよ」
前のめりにリースは言ってきたため、私は軽くあしらった。気持ちはよく分かっているから。それを察したのかリースはムスッとした。
「皇族の花嫁だ……それはもう歓迎されるだろうな」
「その話あまり聞きたくないんだけど」
「俺がもし、リースじゃなかったら……」
と、リースは呟いた。
想像もしなかった。リースが……遥輝が、この世界にリースとして転生しなかったら私は彼を好きになっただろうか。リースは本物のリースで、ルーメンさんなんかが遥輝だったら……とか。ある意味運命的に遥輝がリースに転生して、私の推しで、そして、本当に好きな人だっただけで。
考えれば考えるほど、色んな運命が重なってここにいるんだなと、思い知らされた。
彼がまたマイナスな方向に進んでいるな、と感じ、私はそっと彼の手を取った。
「リースじゃなくても、私は好きになっていたと思うよ。でも、アンタがアピールしてくれなきゃ気づかなかったと思う」
「そうか」
「反応薄いんだけど?」
私がそう言うと、リースはプッと吹き出した。
「この身体の主には悪いが、俺はリースに転生できて良かったと思う。だが、今はそれが足枷だな」
「……」
笑いながら言う彼は、吹っ切れた顔をした。まだ、この部屋の謎は残るけれど、彼もそこまで知らなさそうだし。
「愛している。エトワール」
サラリと、私の髪を撫で、それから唇をつぅとなぞる。もしかして、キスされる流れなんじゃ、と私はギュッと目を閉じた。雰囲気がそうだって感じ取ったから。
(うう、でも心の準備が)
しかし、目を閉じてしまえば、同意と思われたのか、彼の唇が近付いてくるのを感じた。唐突だけど、我慢してきたのだろうと、私もゆっくりと覚悟を決める。そうして、近付いてきた唇の先が触れたとき、グニャリと、何かが歪んだ音がした。
「な、何!?」
「……空間が、歪んでいる、だと」
目を開け立ち上がれば、それまで温かな空間だったそこが、変な方向に歪に、曲がり出した。
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