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なべこじ.地雷さんNG
全12話(予定)
24歳の康二は、都内の小さなカフェで働いていた。
お店は落ち着いた雰囲気で、雑誌やSNSでも少しずつ取り上げられるようになっていた。
そんなある日のこと。
「今日、雑誌の撮影入るからよろしくね」
店長からそう言われた康二は、いつもより少しだけ緊張していた。
撮影に来るのは、今人気急上昇中のアイドルグループのメンバーーー渡辺翔太。
テレビで何度も見たことがある。
もちろん、顔も名前も知っていた。
そして午後。
スタッフと一緒に、翔太が店に入ってきた。
「こんにちはー」
テレビで聞くより、少し低くて落ち着いた声。
康二は一瞬だけ目を奪われたものの、すぐに仕事モードへ切り替えた。
「いらっしゃいませ。本日は撮影ですよね」
「はい。よろしくお願いします」
最初は、それだけだった。
撮影中も、翔太はプロだった。
スタッフの指示を聞き、カメラを向けられれば自然に笑う。
康二はその様子を少し離れたところから見ていた。
――やっぱり、芸能人ってすごいな。
そんなことを思いながら仕事をしていると、撮影が終わった。
翔太がスタッフと店を出ようとした、そのとき。
「……あの」
康二が振り返る。
翔太がこちらを見ていた。
「名前、なんていうんですか?」
「え?」
翔太は康二の名札を見て、小さく笑った。
「康二?」
「……はい」
「そっか。康二ね」
それだけ言って、翔太はスタッフと一緒に店を出ていった。
そのときは、それだけだった。
少なくとも、康二はそう思っていた。
*
数週間後。
「今日また雑誌の撮影入るから」
店長の言葉に、康二は思わず顔を上げた。
「……また?」
そして午後。
店のドアが開く。
「こんにちは」
聞き覚えのある声。
翔太だった。
翔太は店内を見回して――
康二を見つけた瞬間、少しだけ笑った。
「……あ、康二」
「覚えてたんですか?」
「覚えてるよ」
あまりにも自然に言われて、康二は少し戸惑った。
たった一度、名札を見ただけ。
それなのに。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
「うん。よろしく」
撮影が始まれば、翔太はまた“アイドル”になる。
だけど、休憩中に康二が水を運んでいくと、
「康二」
「はい?」
「この前おすすめしてくれたやつ、覚えてる?」
「……え?」
「この店のケーキ。あれ美味しかった」
康二は思わず笑った。
「覚えてたんですか?」
「そりゃ覚えてるでしょ」
その言葉が、なぜかずっと耳に残った。
*
さらに数週間後。
三回目の撮影。
翔太が店に入ってきて、スタッフに挨拶をする。
そして最初にしたことは――
「今日、康二いる?」
だった。
スタッフが不思議そうに、
「いると思いますけど」
と答える。
その直後。
「いた」
翔太が小さく笑った。
康二はその様子を見て、
(……なんで?)
と思った。
仕事だから会っているだけ。
撮影があるから、この店に来ているだけ。
それなのに。
翔太が来る日を、少しだけ楽しみにしている自分にも気づいてしまった。
*
そして、四回目の撮影の日。
その日は撮影が終わるのが遅かった。
スタッフたちは先に店を出ていき、翔も一度外へ出た。
康二が片付けをしていると――
カラン。
ドアが開く。
「……翔太さん?」
翔太だった。
「ごめん。ちょっと戻ってきた」
「忘れ物ですか?」
「ううん」
翔太は少しだけ黙った。
いつもの撮影中とは違う表情だった。
「……康二」
「はい」
「仕事じゃないときにも、話してみたい」
康二の手が止まる。
「……え?」
「撮影のときだけじゃなくて」
翔太は少し照れたように視線を逸らした。
「普通に、康二と話したい」
店内には、二人しかいない。
康二はしばらく何も言えなかった。
そして――
「……俺も、話してみたいです」
そう答えた。
翔太が顔を上げる。
「ほんと?」
「はい」
「……よかった」
その笑顔は、テレビで見るものとは少し違っていた。
そして二人は、誰にも見られないように連絡先を交換した。
その日から。
“人気アイドルと、カフェ店員”。
ただそれだけだった二人の関係が、少しずつ変わっていくことになる。
――このときはまだ、二人とも知らなかった。
この出会いが、いつか誰にも知られてはいけない恋になることを。
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