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二月中旬、薄暗い雲が空全面を覆い尽くす冬日。

寒さが体の芯まで染みる昼過ぎ頃。

村人全員である五十人ほどが徒歩一時間掛けて向かった先は、この村唯一にある廃れた駅だった。ただ、一人を見送る為に。


「大志、村を頼むな?」

「……ああ」

力無く返す大志さんに体を寄せ、肩をトントンと叩くのは軍服に身を包んだ兵士の昂さん。……いや、ただの農家だった人。赤紙と呼ばれる手紙で召集命令を受け、問答無用で兵士にさせられた人。

二人は同じ村に育った同世代で、子供の頃より共に遊び農作業を手伝ってきた同士らしい。

この苦しみを共感しようと言語化して話そうとしたら、どんな言葉を使えば良いのだろう?

大志さんの心が掻き乱されて苦しいことは想像出来るが、それを軽はずみに励ますことなど出来るはずもなかった。


「体に気を付けるんやで? 変な水飲んだらアカンよ? ステンと転んだら、そこを敵兵が狙ってくるから足元をしっかり見んと……」

「もう百回は聞いたわ! 和葉ちゃん、こいつのこと頼むで? ホンマに抜けた奴やで」

眉を下げて豪快に笑う姿は、とてもこれから戦地に赴く人とは思えないほどだった。


「はい。昂さん、無事のご帰還を心より願っています」

私は膝元のモンペをギュッと握り締め、深々と頭を下げる。

出征する兵隊さんには「おめでとうございます」とか、「ご武運を」など、出征を肯定する言葉を送らないといけないと聞いたことがある。

しかし私はそんな言葉は送れない。

願うことは一つ。無事に、この村に帰ってきてくれることだけだ。


「もー、和葉ちゃんまで。しんみりして、かなんわ。なあ、お母さん?」

「本当よ。御先祖様が守ってくれるから、大丈夫よ? 大志さん、和葉ちゃん。ありがとうね」

昂さんのお母さんはニコニコと笑い、二人は顔を合わせている。

どうして笑っていられるのだろう? 息子が帰ってくるかも分からないのに。

見送りに来たお母さんと同世代ぐらいの女性達は昂さんを共に育てたらしく、赤ちゃんの頃より背負い、おしめまで替えたと笑って話している。「もー、その話はせんといて」と昂さんは慌てながら。

昔は地域で子供を育てていた。そうゆうことらしい。



今生の別れとなるかもしれないのに時間だけはあまりにも平等で、遠くより近付いてくる黒い汽車に煙突部より放たれる黒煙。体全身に響くほどの音を立て、煙の匂いを放ち駅に到着する。


「では、行ってまいります」

先程までの緩んだ全員の表情は締まり、空気は一気に緊迫する。「気を付けて」、「必ず帰ってきなさい」などの本心の言葉がポツポツと出てきて、昂さんは「はい」と力強く返答する。

「大志、お母さんを頼む」

ボソッと大志さんの耳元で告げる一言。その表情は凛々しく、覚悟のようなものが伝わってくる。


「任せてくれ」

「ありがとうな」

昂さんは汽車に足を踏み入れ、乗車する。帰ってこれるか分からない戦いに向かう為に。


「死んだらアカンで!」

先程まで笑っていた昂さんのお母さんは、いつの間にか目に涙を浮かべ、その手を力強く握っている。

「分かってるよ、お母さん。必ず帰ってくるから」

汽笛が鳴って発車しそうになっており、危ないからと手を離すようにと昂さんは告げるが、お母さんは一向に手を離そうとしない。


「お母さんを頼む!」

その声に大志さんはお母さんの手を掴み、昂さんから手を離させる。

そのまま両膝を地面に付き、走り去る汽車に手を伸ばし嗚咽を漏らして泣く姿に、大志さんも近所の村人もただ寄り添った。


「……帰りましょう」

日が傾いた頃。駅のホームでしゃがみ込んでいる昂さんのお母さんを当たり前のように背負い、一時間の距離を歩いて行く。


空を見上げればいつの間にか暗い雲は風で流されており、暮れかけている夕日がオレンジ色と紫色が混ざっている。

そんな美しい景色だと言うのに寄り添っていたおばさん達も何も言わず、ただ鳥が鳴く声を聞きながら自宅へと戻って行く。


昂さんの無事を、祈りながら。

そして大志さんに赤紙が届かないことを、ただ祈りながら。

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