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第十三章 繋がる願い
第十七話 繋がる先に
翌朝。
ソルト家の屋敷には、柔らかな朝日が差し込んでいた。
大きな窓から入り込む光が白い廊下を淡く照らしている。
ジントはまだ少し痛む肩を庇いながら、ダイチの部屋のソファへ腰掛けていた。
窓の外からは庭でシアン達が遊ぶ声が聞こえる。
薬屋とはまた違う、賑やかで温かな空気。
なんだか不思議な感覚だった。
その時。
コンコン!
「ダイチ!!」
聞き覚えのある元気な声。
ガチャッ!
勢いよく扉が開かれる。
また返事を待たずアズールが飛び込んできた。
「来たわよ来た来た!!」
「皇子様達!!」
「今下にいる!!」
目をキラキラさせながら、興奮気味にまくし立てる。
「もう、姉ちゃんうるさいって……」
ダイチが呆れ顔になる。
だがアズールはお構いなしだ。
「だって!!」
「帝国の皇子様とフィルディアの王子様よ!?」
「そんな方々が家に居るのよ!!」
「超絶美形が二人も!!」
「もう朝から心臓が忙しいんだけど!!」
「姉ちゃん、声デカい!!」
ダイチが慌てて止める。
ジントは思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
そんな様子を見たアズールは、ハッとしたようにジントを見る。
「……ジント君、笑った!」
「うんうん!やっぱりジント君の笑顔は破壊力あるわね……」
「姉ちゃん!!」
顔を真っ赤にするダイチ。
ジントも照れて俯いてしまう。
すると廊下からレオンの落ち着いた声が聞こえてきた。
「ダイチ坊っちゃま、お客様をお連れしました」
「ジント、おはよう!」
レオンの後ろから顔を出したハヤトが明るく笑う。
その後ろからジュウタロウとシュンタも続く。
「おはよ、ジンちゃん!」
「……顔色、かなり良くなったな」
三人の姿を見て、ジントの表情も自然と柔らかくなる。
「みんな、おはよう」
ダイチがすぐに椅子を引き寄せる。
「ほらほら座って!」
「今日はちゃんと真面目な話あるんやろ?」
シュンタがニヤリと笑った。
「真面目な話の前に、ダイちゃんとジンちゃんが今どんな感じなんか聞きたいわ〜」
「やめろや!!」
「こっち来てからもずーっと一緒やもんなぁ」
「シュンタ!!」
慌てるダイチ。
ジントは恥ずかしそうに顔を赤くする。
ハヤトが思わず吹き出した。
ジュウタロウも僅かに口元を緩めている。
アズールはというと。
「えっ私も聞きたい!」
ものすごい勢いで食い付いていた。
「姉ちゃん混ざってこんで!!」
騒がしい声が部屋へ響く。
「それにしても……」
アズールが、頬に手を当て、五人を見回しながらウットリとした表情で言った。
「はあぁ……♡なんて贅沢な空間なのかしら……」
「壁になって永遠に観察していたいわぁ……♡」
「観察てなんやねん!!」
ダイチが即座にツッコむ。
アズールはさらにニヤニヤする。
「え、だって絶対美味しい場面が……」
「ない!!」
「はいはい、姉ちゃんもう部屋戻って!!」
ダイチはアズールの背中をぐいぐい押し始めた。
「えぇ〜!?まだ供給足りてないんですけど!?」
「そんなん知らんわ!!」
「では皆様ごゆっくり〜!」
バタン!
ようやく扉が閉まる。
しばらく静寂。
ダイチは深く深くため息を吐いた。
「……疲れる……」
「相変わらず強烈な姉ちゃんやなぁ……」
シュンタが感心したように呟く。
その様子にジント達は思わず笑ってしまう。
やがてハヤトが少し真面目な顔になる。
「……さて」
「今日は、ちゃんと話を持ってきた」
空気が少し変わる。
ジントも姿勢を正した。
ジュウタロウが切り出した。
「町長から禁書庫の閲覧許可を貰ってな」
「そこで、かなり重要な記録を見つけた」
ジントの黒い瞳が揺れる。
「……重要な、記録?」
ハヤトは頷く。
「ジントは、帝国での”幽閉塔事件”については知っていたよな?」
ジントは小さく頷いた。
以前旅の途中にハヤトから教えてもらった、過去の月蝕の子の話が頭をよぎる。
「エレナという人物なんだが……」
ジュウタロウが静かに続ける。
「約三百年前、“幽閉塔事件”に関わっていた帝国の魔道士だ」
ハヤトはゆっくりと禁書庫で見つけた手記について語り始めた。
ラディスの教会に残されていた、一冊の古い手記。
そこに記されていたのは、三百年前に帝国へ仕えていた一人の魔道士、エレナという女性の記録だった。
「彼女は……月の一族だった」
ジントの黒い瞳が僅かに揺れる。
「当時、月の一族はすでに表舞台から姿を消していたらしい」
ジュウタロウが静かに続ける。
「その力を恐れられ、迫害されていた」
全員が、月の一族の里でのミレイアの話を思い出す。
「エレナは幼い頃、その能力を買われて一人帝国へ残り、魔道士として仕えていたそうだ」
ハヤトは少し視線を落とす。
「そして……彼女は幽閉塔で、月蝕の子と直接会っている」
その言葉に、部屋の空気が少し変わった。
「彼女は、その少女を見て思ったそうだ」
ハヤトの声が静かに響く。
「これは厄災なんかじゃない」
「ここに閉じ込められるべき存在じゃない」
「ただ……悲しそうな目をした、一人の少女だったと」
ジントの表情が止まる。
「でも、彼女にはそれを変える力がなかった」
「そして、あの事件が起きた」
ジュウタロウが続ける。
「幽閉塔から溢れた闇を止めるため、エレナは帝都と人々を守るために結界を張った」
「結果として、その結界は月蝕の子が還ることを妨げる形になった」
静かな声。
「彼女は……それを後悔していた」
ハヤトは言葉を選ぶように続ける。
「後になって知ったそうだ」
「彼女が止めたものは、暴れる闇ではなく……ただ月へ還ろうとしていたものだったと」
ジントは俯いた。
何も言わない。
ただ、その話を受け止めていた。
「その後、エレナは魔道士を辞め、ラディスで修道女として暮らしていた」
「そこで出会ったのが……レオルだ」
その名前に、ハヤト自身も少し表情を変える。
「幽閉塔事件で、月蝕の子と関わった兵士」
「彼もまた、あの少女のことを忘れられなかったらしい」
シュンタが小さく呟く。
「……二人とも、ずっと抱えてたんやな」
誰も否定しなかった。
「レオルは晩年、エレナへ二つのものを託した」
ハヤトは続ける。
「一つは、自分自身が残した記録」
「『レオルの手記』」
「そしてもう一つ」
「古代文字で書かれた原本の『月蝕記』」
ジントが息を呑む。
「……」
「エレナはそれを読み、翻訳した」
「そして月蝕記の内容を正しく伝えるため、複製を作った」
ジュウタロウが静かに言う。
「その複製を、彼女は教会上層部へ渡した」
「だが……受け入れられなかった」
ハヤトは小さく息を吐く。
「だから彼女は、真実を必要とする誰かへ届くように」
「月蝕記をラディスの薬屋へ」
「そしてレオルの手記を……」
一瞬、間を置く。
「ミルハに住む娘へ託した」
「ミルハ……」
ダイチが顔を上げる。
「港町の……?」
ハヤトは頷いた。
「そうだ」
「だから」
静かに全員を見る。
「俺達が次に向かう場所は……ミルハになる」
部屋に沈黙が落ちる。
三百年前に残された思い。
消えずに繋がっていた記録。
そしてまだ見ぬ一冊の手記。
それが、次の道を示していた。
◇
港町ミルハ——
二年前、ダイチと二人旅を始めた時最初に訪れた街だ。
キラキラと輝く美しい海。
潮風に揺れるヤシの木。
夕陽に染まる石畳の街並み。
活気に溢れた市場。
あの頃の自分達は、まだまだ子供だった。
知らない世界へ飛び出しただけで楽しくて、毎日が冒険みたいだった。
そしてダイチと初めて大きなケンカをしたのも、ミルハだったっけ……
ジントは窓辺へ頬杖をつきながら、ぼんやり月を見上げる。
ソルト家の庭は静かだった。
遠くで聞こえる虫の声。
夜風が薄いカーテンをふわりと揺らす。
ハヤト達から聞いた“月蝕の子”の話。
黒髪黒眼の少女。
ジントは静かに目を伏せる。
夢に出てくる、あの子のことだ……
最初は膝を抱えてただ泣いていた。
やっと顔を上げても、黒い瞳を揺らしながら寂しそうに微笑むだけ。
近づこうとしても近づけない。
思い出したいのに、思い出せない。
そんな、もどかしい夢——。
ふと、白霧山で見た“月蝕記”の文字が脳裏をよぎった。
『失われし名、その記憶を辿れ』
「……失われし名……」
小さく声に出して呟く。
静かな夜へ、その言葉だけが溶けていった。
そしてジントはゆっくり目を閉じる。
「……そうか……」
胸の奥が少しだけ熱くなる。
あの少女は、ずっと独りだったのかもしれない。
名前も。
想いも。
存在さえも。
誰にも届かないまま。
月明かりが黒髪を淡く照らした。
窓から吹き込む夜風が、静かに頬を撫でる。
ジントは月を見上げたまま、小さく呟く。
「……俺が必ず、見つけるから」
その黒い瞳には、悲しみと、優しい決意が静かに宿っていた。
——コンコン。
不意に扉がノックされる。
「ジント、起きとる?」
聞き慣れた声。
ジントは振り返り、小さく笑った。
「うん」
ガチャ。
扉を開けダイチが部屋へ入ってくる。
湯浴み後なのだろう。
少し濡れた群青色の髪。
ラフな服装。
手には湯気の立つマグカップを二つ持っていた。
「ホットミルク」
「これ飲んだら、よく眠れるんよ」
そう言いながらジントの隣へ座る。
ほのかに甘い優しい香りが漂った。
「ありがとう」
カップを受け取るジント。
二人で並んで窓の外を見る。
しばらく静かな時間が流れた。
遠くで虫の鳴き声が聞こえる。
風がカーテンを揺らす。
やがてダイチがぽつりと口を開いた。
「……ミルハ行くんやな」
ジントは小さく頷く。
「うん」
「久しぶりだね」
その言葉に、ダイチがふっと笑った。
「覚えとる?」
「最初に二人旅した時のこと」
ジントも少し目を細める。
「……覚えてるよ」
「海見たいって言ったの、俺だった」
「せやせや」
ダイチが笑う。
「ジント、めっちゃはしゃいどった」
「初めて海見た時、目キラッキラやったもんな」
「……そんなだった?」
「そんなやった」
ダイチは懐かしそうに夜空を見上げる。
「で、その次の日には大ゲンカ」
「あははっ」
ジントも思わず笑った。
あの頃の自分達はまだ17歳だった。
初めて二人だけで遠くへ旅をして。
見るもの全部が新鮮で。
毎日夢中だった。
そして初めて大きなケンカをした。
「ダイチが勝手にどっか行ったんだよ」
ジントが少しむっとした顔をする。
「だってお前、宿で寝とったやん!」
「ちょっと市場見てくるだけやったし!」
「起きたら居なかったから心配したんだよ……!」
「しかも道迷って帰れんくなっとったの、ジントやろ!」
「うっ……」
言葉に詰まるジント。
ダイチは堪えきれず吹き出した。
「俺、めっちゃ探し回ったんやからな!?」
「港で半泣きになっとるジント見つけた時、どんだけ焦ったと思っとんねん!」
「だ、だって……人多かったし……」
「そしたらジント、俺の顔見た瞬間泣くし」
「泣いてない!」
「泣いとった!」
「泣いてないって!」
二人の笑い声が、静かな部屋へ優しく響く。
しばらく笑った後。
ふと、静かな沈黙が落ちた。
ダイチがそっと窓の外を見る。
「……また一緒に行けるな」
その言葉に、ジントは静かにダイチを見る。
月明かりに照らされた横顔。
煌めく青い瞳。
あの頃より少し大人になった、でも昔と変わらない隣の存在。
二年前には想像もしていなかった。
こうして再び同じ場所を訪れることになるなんて。
そして変わらず隣にいる存在が、こんなにも自分の中で強く大きくなるなんて。
この感情の名前は、まだ知らない。
だけど確かなのは、ダイチが大切だということ。
絶対に失いたくない、守りたいという想い。
ジントは小さく微笑んだ。
「うん」
「また、一緒に行こう」
その声は夜風みたいに優しく、ダイチを包み込んだ。
コメント
4件
いやぁエモいですね…… 最初に二人旅をしたところに成長した2人がまた訪れるというのがいいですね 次の日に大喧嘩したのも2人らしくて可愛らしいですね🤭︎
本当にごめんなさい、真面目な話が含まれているのに、脳内がずっと、アズールと友達になりたい、わたしも壁になりたい、という気持ちでいっぱいになりました。 メインの5人以外のcomiさんの書くキャラクターも、素敵なキャラすぎます😂
あああもう今回もエモすぎた!!!😭💕 アズール姉ちゃんの興奮具合、完全に読者の代弁者すぎて笑ったww「超絶美形が二人も!心臓が忙しい」とかジントの笑顔に「破壊力ある」って言うとこ、まさにそれ!!って思わず叫んだよね!! そして三百年前のエレナとレオルの話…「ただ悲しそうな目をした一人の少女だった」って一文に全部詰まってる気がしたよ。名前も想いも存在さえも誰にも届かなかったあの子に、今度はジントが「必ず見つけるから」って誓うの、もうダメだ…涙腺崩壊した…😭 最後のダイチとのホットミルクタイム、昔のミルハでの思い出話しながら「また一緒に行けるな」って言うダイチの優しさにジントの「一緒に行こう」が重なるの、最高の二人の距離感すぎる…!この温かさがたまらんのです…🌟