だけど今の世の中、お金が盗まれたり、人が死んだって、まさか呪いのせいだと思う人はいないだろう。誰にも知られずに欲しいものが手に入って、嫌なやつを殺すことができるなんて、一度慣れてしまったらものすごく便利なのかもしれない。
ふと、以前母さんから聞いた話を思い出す。
欲しいと思ったものなら懸賞の景品でも、他人の恋人でも手に入ってしまう家だと言っていた。もし本当にこの三科家がそういう家系なら、この話もあながち嘘じゃないのかもしれない。
だとしたら優斗も、座敷わらしに頼んでなにかを手に入れたり、誰かを呪ったりしたことがあるんだろうか。
──いや、大おばさんたちは優斗にはご加護が薄いとか言っていた。
普段から優斗は常人並、いやそれ以下の運しか持っていないんだ。アイドルのコンサートは全敗、ゲームのガチャも毎回壊滅的なのを、俺は身近で見てきている。
なにより優斗はいい奴だし、そんなことをするわけない。
浮かんだ疑問を振り払い、賢人さんの話に集中することにした。
「ただし憑物は便利なだけじゃない」
「財産増やしてくれるのに、ですか?」
「だからこそ、とでも言うのかな。デメリットがあることも分かってる」
「デメリット」
「例えばヒンナ神という憑物は人造できるし、つねに用事を催促してくるほど働く憑物だけど、家人は死ぬときに非常に苦しむことになり、死んでからも離れず、ヒンナ神に憑かれていた者は地獄に落ちると言われている。それに犬神筋の家系でも、憑いた犬神と主人の相性が悪ければ噛み殺されることがあるとされててね。少なくとも憑物と交わした約束を破るのは、命がけのことなんだよ」
「じゃあ」
賢人さんの言葉に被さるように、震えた声がした。
「じゃあ武おじさんたちが物を食べてたら、本当に俺たち危ないの?」
優斗の震えた声が聞こえて、はっとした。
俺はどこか他人事、実話怪談を楽しんでいる気分で賢人さんの話を聞いていたけど、優斗にとってはそれどころの話じゃない。
いつ自分に降りかかるか分からない、脅しのような話だ。無神経にもほどがある。
だけど賢人さんは優斗のその言葉に、分からないと小さく呟いた。
「実際のところ、どうなのかは分からないよ。本当にただの迷信で、なんの影響もないかもしれない。もしくはあのしきたりが自戒なら、障りはもっと軽いもので済むかもしれない。警告通りの障りだったとして、その範囲はどの程度なのかも分からない。結局、なにが起こるかなんてのは分からないんだよ。だから昔からの伝承やしきたりには、慎重に向き合う必要があるんだ」
リビングが静まりかえる。
二人ともものすごく疲れた顔をしていた。
かける言葉も見当たらず、早く大輔さんたちが戻ってこないかと、離れの玄関方向に目をやったときだ。
「ごめんな陸」
ソファの前に座り込んでいた優斗が、泣き笑いの声でポツリと言った。
「泊まりになんて、誘わなきゃよかったな。こんな話聞いたって、楽しくも、なんとも」
そんなことないとは、言えなかった。
確かに思い描いていた夏休みとは形が違うけど、災害に巻き込まれたことを優斗の責任にするつもりはない。怪談みたいな環境に放り込まれていることも、別に構わなかった。
ただ、そんなことないよと声に出したら、俺がこの事態を楽しんでいることが、優斗にバレてしまうかもしれないと思っただけだ。
まるでホラー映画か小説の登場人物みたいな今の状況に、俺はひそかに興奮していた。昨日の体験も、今朝の不思議な夢も、この家に来たから起こったことだと思えば、怖さが消し飛んでいる。
家に帰ればきっと、俺には関係のない話になるだろうと思えたからだ。
当事者が自分じゃないと分かった瞬間、こんなにも薄情になれるものなのかと、自分のことながら少しゾッとする。
だからこそこの内心を、優斗に知られたくないと思った。
「優斗も賢人さんも、色々あったから疲れてるんだよ。水は飲めるんだろ? 井戸水は心配だけど……どっかに備蓄用の水があるなら、少しだけ飲んで落ち着こう。ただでさえこの雨で気が滅入ってるだろうし、考えすぎると病んじゃうよ」
話しながら、気遣っている顔をしている自分を想像し、嫌な気持ちになった。
もちろん気を遣っているのは本当だ。だけど他人から見たらとてもわざとらしく見えているんじゃないか、行動と内心がチグハグなのがバレるんじゃないかとハラハラした。
優斗はそんなことも知らず、本当に申し訳なさそうな顔をして立ち上がった。
「そうだな、そうしよ。二階の納戸にあるから取ってくるよ。水のペットボトルなら箱でいくつもあるから、遠慮しなくていいぞ」
そう言うと、手伝いを申し出た俺をリビングに押しとどめ、優斗がリビングを出る。
賢人さんと二人で残され、なんとなく気まずくて話しもせずにいたけど、賢人さんの視線が俺に向いているのに気づいた。
妙にじっと見られている。もしかしたらさっきまでの内心を見破られていて、不謹慎ぶりを無言で責められているのかもしれない。
そう思うと余計に尻がもぞもぞとしたけど、二回くらい深呼吸をした後、覚悟を決めて賢人さんに向き合った。
「あの、なにか……」
「なんだか君、目元が大輔さんにそっくりだなぁ」
「え?」
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