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思いがけない言葉に、理解が追いつかなかった。
目を瞬くと、賢人さんはそれもじっと見つめてくる。
「そうですか?」
「うん。君の目、右が吊り気味で左がまっすぐだろ。大輔さんもそんな形なんだ。なんだか不思議で、小さいときによく見せてもらったから覚えてる」
「へえ……。左右で目の形が違う人って多いのかもしれないですね」
「確かにそんなものかもしれないな……。ごめんよ、なにを話そうかと思っていたら目についちゃってね」
「気にしてないんで大丈夫ですよ。話題に詰まるとそういうのありますよね。なんでもいいからとにかく話そうとして、適当に目についたものを話すこと」
さっきの重い空気は、なんとか消えてくれたらしい。笑い飛ばしたものの、やはり話がうまく続かなくてまた部屋の中に沈黙が落ちる。
どうしようかと目を泳がせていたら、賢人さんは静かに、長い長い息を吐きだした。
「さっきは優斗の気持ちも考えずに色々言ってしまったし、余裕がないんだろうなぁ。あとであの子にも謝るけど──申し訳ないことをした。いくらなんでも、容姿を話題に出すのはデリカシーに欠けてたよ。君は優斗に優しくしてくれたのに、恥ずかしい限りだ」
「あ、いや……」
突然の言葉に面食らって、顔をそらす。優しくしたように見えていたなら、それはただの誤魔化しだ。お礼を言われるようなことなんてないと、口の中でモゴモゴしゃべった。
それをどうも賢人さんは、俺が照れていると思ったらしい。微笑ましそうな──だけど俺にとっては責められているようにも感じる視線を横顔に感じていると、大輔さんたちが発電機を持って戻ってきた。
ゴロゴロとプラスチック製の車輪音を響かせて、リビングのドアが開く。
「武と話してきたよ。賢人くんはうちの血筋じゃないとか文句を言われたけど……こっちで勝手に面倒を見ると話したら、ぶつぶつ言いながらも引き下がってくれた。本家筋だと言うなら、もっとドンと構えて欲しいんだけどなぁ」
疲れたため息を吐いた大輔さんの背中を、茜さんが苦笑いでゆっくりとさする。この二人もたぶん、武さんが苦手なんだろう。もしかしたら茜さんと優斗が日頃別宅に住んでいるのも、あの人と物理的に距離を取りたかったからなのかもしれない。
「水しか飲めない決まりではあるが、なにもないよりはマシだろう。備蓄の水でも飲んで、今後のことを決めよう」
「あ、水なら今、優斗が取りに──」
「ちょうどお届けに上がりましたよー!」
俺の言葉を遮るように、わざとらしいくらい明るい声が飛び込んでくる。二リットルのボトル用の箱を両手で抱えた優斗が、肩で扉を押し開けて入ってきた。
一人になっている間に、少し泣いたのかもしれない。少し目元が赤くなっていた。
「ありがとう優斗、助かったわ。だけどせっかく陸くんもいるんだし、ゆっくりしていてもいいのに」
「いやー、なんかソワソワしちゃってさ。動いてた方が気が紛れるんだよ」
力いっぱい腕を動かしながら表情を崩した優斗は、俺から見ても無理をしているように見える。たぶん茜さんにもそう見えたんだろう。困った顔をして優斗を見たあと、俺に頼み込むように口を開いた。
「ごめんね陸くん。優斗、少し疲れてるみたい。もしよかったら──」
「分かってます。水を飲んだら部屋に戻って、二人でちょっと昼寝でもしようかなと」
「お客さんに気を遣わせてしまって、ごめんなさいね」
気を遣うのを忘れていたから、今になって必死に取り返そうとしているんだとは、言えなかった。
コンロで沸かしたお湯が、目の前で湯呑みに注がれていくのを静かに見守る。水のままではなくわざわざ沸かしたのは、衛生的な問題というよりもむしろ、空腹感を紛らわせるためらしい。ダイエットなんかでよく使われる手で、胃を温めることで空腹を感じにくくするんだそうだ。
確かに熱いお湯を少しずつ啜りながら飲むと、こんな状況でも少しホッとする。
大輔さんも同じ心境だったのかもしれない。お湯を啜って一息ついた大輔さんは、同席している全員を見回して口を開いた。
「きっとすぐに救助が来るとは思うが……だとしても、火葬が済むまではこれが命の水だ。もちろんこれは我が家だけの習慣だから、榎本くんは備蓄食料を食べてもらっても──」
「父さん、エノモトじゃないよ。イナモト」
「え? いやでも、昨日の昼食の時……」
「あっ」
緊張して噛んだせいだと、すぐに思い当たった。
いくらあせっても、自分の名前を噛むなんて恥ずかしい失敗だ。しかもよりによって、そっちが印象に残っていたらしい。
今さら自己紹介というのも変な感じだけど、ここは改めて名前を覚えてもらおうと背筋を伸ばした。
「すみません、あの時緊張してて……。稲本陸です」
「……稲に本と書いて、イナモトかな」
「そうです。エノモトとかイノモトとか、よく聞き間違われるんですよ。その上俺が噛んじゃったんで、そりゃ覚え間違われてても仕方ないっていうか」
笑い飛ばそうとしたけど、なんとなく雰囲気がおかしかった。
俺を見る大輔さんの顔は真っ青で、まるで幽霊でも見たような顔だ。顔は引きつっているのに、眉尻は恐怖で下がってる。呼吸を吸い込んだまま吐き出すのを忘れてるのか、肩も強ばったままだった。
「あの、なにか……?」