夜が明けても眠れなかった。スマホを握りしめた手は汗で湿って、指先が冷たく痺れている。
何度もタイムラインを更新し、彼の動きを探る。
――けれど、彼は何も投稿していない。
わたしはもう待てなかった。
「仕事」と言っていたはずの彼を、この目で確かめなければ。
メイクも乱れたまま、わたしは家を飛び出した。
電車に揺られて四駅。
彼の家の最寄り駅に降り立つ。
朝の光はやけに眩しく、徹夜で腫れた目に痛かった。
彼のアパートの前まで来て、足がすくむ。
インターホンに触れる指が震えた。
押すべきか、押さないべきか――その迷いを断ち切ったのは、偶然の出来事だった。
階段の上から、足音。
顔を上げると、そこにいたのは――彼。
昨日と同じ白シャツ、そして隣には……見覚えのあるピンクのネイルの女。
笑いながら肩を寄せ合って降りてくる二人。
わたしの時間が止まった。
世界の音が消え、ただ鼓動の音だけが響く。
「……うそ……」
口から漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
彼はわたしに気づいた。
一瞬、目を見開いたあと、すぐに表情を整えた。
『……あ?なんでここにいるの』
その声は、昨日よりもさらに冷たかった。
「その人、誰……?」
必死で言葉を絞り出す。
隣の女は、面白そうに冷たく笑った。
『彼女さん?かわいー。笑』
彼は無言のまま、わたしを見下ろしていた。
その瞳には、もう“愛”の色なんて欠片もなかった。
スマホが震える。
ポケットの中で新しい通知。
開くのが怖かった。
でも、見ずにはいられない。
――「やっと見えたでしょ。本当の彼を。」
血の気が引いていく。
この瞬間までわたしが縋っていた“愛”は、全部、幻だったのか。
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