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根岸心音さん。二十三歳。独身。
付き合っている男性の本意がわからず、魔法を頼って来店。
同棲している彼氏さんとは結婚まで考えているのだけれど、どうにも最近、その彼氏の様子がおかしいという。
何がどう、とは言えないのだけれど、どうにも帰ってくる時間が遅すぎる。
仕事が忙しい、残業している、上司や同僚に誘われて呑みに行っている、そんな理由を毎日毎日並べているのがどうにも怪しい。
疑いたいわけではないのだけれど、どうしても浮気を疑ってしまう、そんな依頼だった。
……それ、わざわざ魔法に頼るようなこと?
そういうのって、なんとなく探偵とかのお仕事な印象があるんだけれど……
っていうか、そもそも心音さん、どうやってこのお店を知ったのだろう。
魔法の存在ってのは、そんなに一般的なモノじゃない。
そもそも魔法というものを本気で信じている人たちの方が少ない。
わたしだって、夢矢くんが魔法を見せてくれなければ今も信じてなどいなかったし、魔法使いを目指そうだなんて思いもしなかったことだろう。
なんとなく不思議に思っていると、
「実は、以前ここでお世話になった友人がいて。その紹介で」
心音さんが、肩に掛けていたバッグから一枚の小さな紙を取り出した。
これは――名刺だろうか。
『魔法百貨堂 楸真帆』
たったそれだけ。住所も電話番号も書かれていない。
けど、なんとなくほんのりと、甘い香りがするような気がする。
「なるほどなるほど」
真帆さんはうんうん頷いてから、
「それは――お辛いですよね。お気持ち、よくわかります!」
言って、心音さんの手を突然握り締め、うんうん何度も頷いた。
その勢いに、心音さんもどこか驚いた様子で、
「あ、え、えぇ、はい――」
「つまり、彼氏さんが本当に残業や吞みに行っているのか、心音さんとの結婚をどう考えているのか、それを知りたいということですよねっ!」
「あ、はい、そ、そうなんです……!」
「わかります! わかりますよぉ~!」
安心してください! と真帆さんはパッと心音さんの手を離すといくるりと一回転。
腰に手をあてて胸を張りながら、
「私にお任せを! 心音さんのご依頼、お引き受けいたしますね!」
「あ、ありがとうございます……!」
ぺこりと頭を下げる心音さん。
わたしはそんな真帆さんの、あまりにわざとらしい行動を冷ややかに見つつ、
「でも、どうするんです? どんな魔法で?」
「……う~ん、そうですね」
真帆さんは口元に手をやって、少しばかり考えるような仕草をしてから、
「では、こちらなんていかがですか?」
そう言ってカウンターの向こう側から出してきたのは、水色の液体が入った小さな瓶だった。
手のひらに収まる程度のその小瓶を、真帆さんは心音さんの前に示しながら、
「正直になる魔法の薬です。これを食事に混ぜておけば、どんな質問だって正直に答えてくれますよ!」
「ほ、ホントですか?」
「もちろん!」
と真帆さんはにっこりと微笑んで、その小瓶を心音さんに手渡した。
心音さんはその小瓶を興味深そうに矯めつ眇めつして、
「あ、あの、お代は……」
「あ、それなら大丈夫です! 初回サービス中ですので、ご安心ください!」
「え? タダなんですか?」
「はい、タダです。もしそれが効かなかったら、またご来店ください。別の魔法にて改めてご対応いたします! アフターケアもばっちりです」
……なんだろう、この違和感は。
不審に思うわたしだったけれど、心音さんは真帆さんの勢いに圧された様子で、
「あ、ありがとうございます! 早速試してみますね!」
わたしたちに軽く手を振ってから、心音さんは帰っていったのだった。
わたしはニコニコ笑顔の真帆さんに訊ねる。
「ねぇ、真帆さん、あれ、ホントに正直になる薬?」
「いいえ? 惚れ薬を薄めただけの初歩的な魔法液ですよ」
ほとんど何の効果もありません、と言い切りやがる。
「え~! 詐欺じゃん、そんなん!」
「詐欺じゃないですよ~、お金貰ってませんし」
「んじゃ、なんであんなもん渡しちゃったの?」
「ん~、そうですねぇ」
と真帆さんは小首を傾げてから、
「まぁ、そのうちわかりますよ」
そう口にしてから、ふんふん鼻歌なんか歌いながら、軽いステップで小さく踊ってやがる。
う~ん、本当にどういうつもりなんだろう、真帆さんは。
「そんなことより、そろそろ帰らなくていいんですか? 神楽のおばあちゃん、茜ちゃんが帰ってくるのを待ちくたびれてるんじゃないですか?」
「え、もうこんな時間! ヤバい! 怒られちゃう!」
わたしはあたふたと帰る準備をしてから、
「じゃね、真帆さん! また来るから!」
「はい、またね、茜ちゃん!」
真帆さんは足踏みするわたしに、にっこりと微笑みながら手を振って見送ってくれたのだった。
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