テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
最悪の事態を回避し、狩猟班は無事に村へと帰還した。その成果は、村に滞在していた者たちの予想を遥かに上回るものだった。
驚愕のあまり、歓喜の涙を流す者もいる。村には一応の備蓄があったが、それも尽きかけており、子供のために自らの食を制限していた者も少なくなかった。
直近で狩猟班三班が全滅し、新たに編成された少数の狩猟班。
――本当に、この者たちで大丈夫なのか。
村人たちの胸には、そんな疑念が渦巻いていた。
だが、その猜疑心は、今や完全に払拭されている。
彼らは、確かに食糧を持ち帰ったのだ。
賞賛と感謝の声が次第に村を満たしていく。そんな空気など意にも介さぬ様子で、ゲンを筆頭に、狩猟班の面々は手押し車から獲物を次々と屋台めいた調理場へと下ろしていった。
「おらよ。この魚――シクティスって言うんだがな、肉食魚なだけあって脂が豊富だ。ただし臭みが強い」
ゲンは手際よく包丁を入れながら続ける。
「だから、まず流水でよく洗ってから、沸騰した湯にさっと潜らせる。それからもう一度流水で身を締めると、臭みが抜けて、淡白さと歯応えが際立つ。これが一番うまい」
村人たちは感心した様子で、その手元を見つめていた。
シクティスは巨大魚で、人ひとり分ほどの大きさがある。ゲンはそれを難なく三枚におろし、説明を交えながら切り身に仕上げていく。切り身はいったん籠に入れられ、次に鉱石で作られたプレート台へと運ばれた。
プレートの下に小枝を差し込み、火打石で火を起こす。
ほどなくして、プレートから湯気のような熱気が立ち昇った。
ゲンは薬味をさっと炒め、先ほど捌いたシクティスの切り身を並べていく。
心地よい音とともに、香ばしい匂いが辺りに広がった。切り身を返すと、こんがりと狐色に焼けている。まるで魚のステーキだ。
(ごくっ……)
村人たちは間近でその光景を見つめ、誰もが唾を飲み込んでいた。
「ジュルッ……ゲンの旦那、何か手伝えることないっすか? ジュルッ」
サブは、ゲンの顔ではなく焼けた切り身の方を凝視し、今にも涎を垂らしそうだ。
「馬鹿野郎、俺はこっちだ。サブ、お前は我慢できそうにねえから、あっちの蛇肉の皮処理をやれ!」
サブは、がっくりとうなだれる。
「それにしても、ゲンさんって何でも出来ますよね。この前の野営の時も、ホネウオの下処理を知ってましたし……本当、何者なんですか」
ラルクが調理中のゲンに声をかける。
「さあな。乗り越えてきた死線と、積み重ねた経験の差ってやつだ」
ゲンは手を止めることなく答えた。
「だとしても、そこまでさせるって……あ……」
(切り身からパチパチと音が弾ける。)
ラルクは、続く言葉を飲み込んだ。
ゲンが最愛の妻を亡くしていることに、今さらながら気づいたのだ。
話題を変えるように、ラルクは言った。
「あ、そうだゲンさん。ヤンガの爺さんが、お礼をしたいって言ってましたよ」
「そうか。気を遣わせたな。後で会いに行くと伝えてくれ。……ほら、これ焼けたぞ。皆に配ってくれ」
ゲンは、大ぶりの切り身ステーキを皿に乗せ、ラルクへ渡した。
「了解!」
ラルクはそう言って、腹を空かせた村人たちへと料理を配っていく。
「う、美味い……噛むほどに、濃厚な旨味が溢れてくる」
「まさか、あの魚がこんなにうまいとは!」
「あら、このスパイスも素敵ね」
舌鼓の音が、場の空気をさらに活気づける。
ゲンは、その光景を眺めながら、ふと物思いに沈んでいた。
亡き妻――リンの面影が脳裏をよぎり、鮮明だった景色がわずかに霞む。
その時だった。
『また、考え事してるの?』
少女の声。
姿は輪郭しか見えず、華奢な体型と、光の粒子で構成された存在だということしか分からない。ゲンと彼女は脳内で直結しており、思考は筒抜けだった。
「お前には関係ない」
ゲンは即座に切り捨てる。
『関係なくはないよ。だって、あなたは私と初めて同期できた人だもの。それに、その身体はあなた一人のものじゃない』
(くそ……こいつと話すと頭が痛くなる)
「この身体は俺のものだ。……いい加減、何が言いたい」
『ふふ……さあね。でも、あなた、私と出会った頃からずいぶん変わったわ。それすら覚えていないの?』
少女は、光の粒子でできた手を差し伸べた。
『なら、見なさい。以前のあなたを――』
粒子がゲンへと流れ込み、脳へと侵入していく。
『思い出しなさい。あなたは――誰を殺したいの?』
言葉が波紋のように頭の中で反響する。
「ぐっ……がっ……」
視界がチカチカと揺れ、封じ込めていた記憶が溢れ出す。
そして――
ゲンは暗闇と静寂に呑み込まれた。
記憶の底に沈めていた、ある感情に触れてしまったのだ。
◆
|光歴《コウレキ》XXXX年。
ここは、ソウやゲンが生きた古代の世界から、果てしない年月を経た未来。
「Dr.J、いらっしゃいますか?」
そう声をかけたのは、|反重力駆動衣《Gスーツ》を纏った、均整の取れた体躯の女性だった。