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リフェアリー
128
担架が、店の前で、止まった。
権田は、担架の上で、右目だけを開いていた。左半分は、動かなかった。右手に、布の袋を、握っていた。
「……来た、ぞ」
声は、一ヶ月前より、もっと遅かった。
「権田さん。動いて、大丈夫なんですか」
「大丈夫、じゃない。だが、約束、した。最初の、預金。俺が、する、と」
権田は、布の袋を、持ち上げようとした。持ち上がらなかった。枕元の男が、代わりに、袋を受け取った。袋を、三つの机の、真ん中に置いた。
重い音がした。
「……開けろ」
会長が、袋を開けた。
紙幣だった。一万円札。帯で、束ねられていた。百枚で一束。それが、三十束。
三千万円。
大剥離の前なら、小さな家が、一軒、買えた。今は、御殿の中で、米が、二千キロ買える。御殿の外では、紙だった。
「……数えろ」権田は言った。「三人で。別々に」
*
三人が、数えた。
会長が、一枚ずつ、番号を読み上げた。枕元の男が、書いた。どっちでもない御殿の長が、別に書いた。瑠衣が、画面に入力した。
三千枚。三千の番号。
三時間かかった。
権田は、担架の上で、ずっと、右目で、それを見ていた。一度も、目を閉じなかった。
三時間後、三冊を、照らした。
合っていた。三千枚。三千の番号。全部。
画面も、合っていた。赤い窓は、赤くならなかった。
「……合った」会長が言った。
「合いました」要は言った。「権田さん。三千万円、預かりました」
権田の右の口元が、動いた。
「……燃やせ」
要は、動かなかった。
「燃やせ。それが、お前の、銀行、だろう」
店の裏に、ドラム缶が、一つあった。発電機の燃料が入っていた缶。空になっていた。
要は、三十束を、そこに入れた。
権田の担架が、裏に運ばれた。権田は、右目で、ドラム缶を見ていた。
要は、マッチを擦った。
火が、紙幣に、移った。一万円札の端が、黒くなり、丸まり、火になった。一束。二束。十束。
三十束が、燃えた。
十分、かかった。火が、小さくなり、消えた。ドラム缶の底に、灰が残った。
権田は、ずっと、見ていた。
「……二年、だ」権田は言った。「二年、あれを、守った。倉庫で。三千人を、食わせるために。強盗から。他の御殿から。守るために、百人、要った」
「はい」
「今、燃えた。もう、守らなくて、いい」
権田の右目が、少し、濡れていた。要は、それを、見なかったふりをした。
「……証を、渡します。三千万円分。商店街の証で」
「要らん」
「要らない?」
「俺は、もう、使えん。三千人に、分けろ。一人、一万円分ずつ」
要は、権田を見た。
「……それは、遺言ですか」
「遺言、だ」
*
一ノ瀬が、二階から、下りてきた。
足が動かない一ノ瀬を、瑠衣と鷺沼が、二人で、抱えて下ろした。一ノ瀬は、筆と、硯と、印を、持っていた。
「遺言なら、公正証書にする」一ノ瀬は言った。
権田は、一ノ瀬を見た。右目で。
「……じいさん、か」
「公証人だ。元、だが」
「公証人。俺は、二年前、公証人の事務所を、強盗から、守ったことがある。川沿いの。じいさんの、だったか」
一ノ瀬は、少し、驚いた顔をした。
「……あのときの、黒い作業着の男か」
「そう、だ」
一ノ瀬は、筆を取った。
「遺言の中身を、言え」
権田は、言った。遅く、一語ずつ。
「商店街の銀行に、預けた、三千万円。証にして、俺の御殿の、三千人に、分けろ。一人、一万円分。枕元の御殿。自分で決める御殿。どっちでもない御殿。全部、同じ。入ったやつも、入らんかったやつも。俺が、食わせた、三千人だ」
一ノ瀬は、書いた。筆で。ゆっくりと。手が、少し、震えていた。
証人は、会長と、鷺沼。署名は、権田。右手で。歪んだ字で。
一ノ瀬の印。割印。二通。
『大剥離後、公正証書、第八十六号。遺言。権田虎雄』
権田は、それを見て、右目を、閉じた。
「……これで、いい」
担架が、川沿いの倉庫へ、戻っていった。四人の黒い作業着が、担いで。
要は、それを、見送った。
その夜、商店街の銀行に、六十三人が、来た。権田が、最初に預けたという話が、三つの御殿に、広がっていた。
コメント
1件
ああ、もう、この話……。権田さんの「最初の預金」、胸に来るものがありました。担架で運ばれてきて、三千万円を数えさせて、あっさり燃やす。で、「もう守らなくていい」って言うシーン、言葉にならなかったです。燃えるお金を見ながらふと涙ぐむ権田さんと、それを見なかったふりをする要さんの距離感、巧いなあと思いました。あと、最後に六十三人が夜中に来たっていう一文が、すごく好き。ちゃんと広がってるんだなあって。