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うめぼっち

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#溺愛
うめぼっち

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うめぼっち

609
#ざまぁ
うめぼっち

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王都の一角に建つ、ファミーユ家の邸宅。 客人を迎えるための応接室には、暖炉の火が静かに揺れていた。壁には歴代当主の肖像画が並び、窓の外には王都の夜景が広がっている。その中でも一際大きな机の向こうに、カリス・ド・ファミーユは座っていた。枢機卿を輩出した大貴族ファミーユ家。王国の政治と教会、その両方に深く食い込んだ一族の当主であり、近々正式に王太子妃となるファティマの父親が彼、カリスだった。
向かいに座る男もまた、この国で無視できない権力を持っている。
フレデリク・ド・モンレーヴ侯爵。王都の財政と経済を掌握し、国庫から商業組合、金融に至るまで、金の流れに強い影響力を持つ男。
二人の間には、茶も酒もなかった。必要なものは、すでに互いの手元にある。
先に口を開いたのは、カリスだった。
「……例の娘は、明日の明朝に館を出るそうだ」
「今頃は、私の屋敷へ向かうための支度をしている頃だろう。あるいは、最後の晩餐か……。楽しみだよ、どれほど晴れやかな顔をして、私の前に現れるのか……」
「ずいぶんと気に入ったものだな」
「そう聞こえるか?」
「違うのかね?」
カリスが薄く笑う。
フレデリクは笑わなかった。
「私は女を買うこと自体に興味があるわけではない。金さえ払えば手に入る女に、私は価値など感じない。……だが、あの娘は違う」
フレデリクは机の上に置かれた書類へと視線を落とした。
そこには、恩寵の館から送られてきたイレーヌに関する記録がある。
元貴族令嬢。二十六歳。客を取ることを拒み続け、そして最後まで、貴族としての誇りを捨てなかった女。
フレデリクは、書類の一文を指先でなぞった。
「自分が特別な存在であると、この娘は信じている」
「それが気に入ったと?」
「逆だ。それが気に入らない」
フレデリクの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
カリスは黙って彼を見た。フレデリクが言葉を続ける。
「誇りを持った人間が、それを失っていくところを見るのは……なかなかに興味深い」
フレデリクの声は穏やかだった。
だからこそ、その言葉の冷たさが際立っていた。
「あの娘は、自分が身請けされたと思っているのだろう?」
「ああ。そのように伝えるよう、私の方から言ってある」
「ならば、娘は思っているだろう。自分は選ばれたのだと。自分は救われるのだと。だが、もちろん違う。私は、あの娘を救うために買ったのではない。壊すために買ったのだ。名前も、誇りも、希望も。そして、自分が自分であるという確信も」
暖炉の薪が、ぱちりと音を立てた。
カリスは興味なさそうに言った。
「随分と悪趣味だな、侯爵」
「君に言われたくはないな」
二人はしばらく見つめ合った。
彼らは友人同士ではない。互いに酒を酌み交わし、昔話を楽しむような関係でもない。ただ、利用価値がある。カリスはこの国の政治を、フレデリクは王都の金融を掌握しているがゆえに。そして互いに、相手の弱みや醜聞をいくつも握っている。だからこそ、手を切れない。離反は互いの破滅を意味している。
どれほど時間が経っただろう。
先に沈黙を破ったのは、カリスだった。
「……ファミーユ家には、どれほどの利益がある?」
フレデリクは、ようやく本題に入ったとでもいうように微笑んだ。
「君たちが処分に困っていた娘を、私が引き取った」
「侯爵。私はただの仲介役だ。処分先が他にもあるのは、君とて知っているだろう」
「そうだな。訂正しよう。私が競りに勝ち、不要品を処分する権利を得た。その対価として、王都の来年度予算について、君たちに有利な配分を通す」
カリスは両手の指を組み、フレデリクの目をのぞき込む。
「……具体的には?」
「ファミーユ家と繋がりの深い商会への公共事業の割り当てを増やそう。それから、いくつかの融資について、私の権限で条件を緩める」
「ほう。それだけか?」
「君たちが欲張らなければ、追加の利益もあるだろう」
フレデリクは穏やかに笑った。
「私も慈善事業をしているわけではない」
「分かっている」
カリスも笑った。
その笑みは理解と同意に満ちていたが、親愛の情は一片もなかった。
◇
クロード・フェルネは、揺れる車内から暗い街道を眺めていた。
王都を出てから、四時間が過ぎようとしていた。馬車の窓の外には、すでに夜の帳が下りている。時刻は、午後九時を少し回った頃だろうか。車輪が石を踏むたび、規則正しい振動が車内へ伝わってくる。
クロードの向かい側には、両手を拘束されたマノンが座っていた。
嫌っている様子はない。むしろ、どこか退屈そうだ。
マノンは窓の外を見ながら呟いた。
「こんなに離れたところまで連れてこられるとは思わなかったわ」
「眠っていても構わない」
「あなたが添い寝をしてくれるなら、そうするわ」
マノンは小さく笑った。
しかし、本気で言っているわけではないことくらい、クロードには分かっていた。
彼女は先ほどから、車内の様子を観察している。護衛の人数。武器の位置。馬車の揺れ。窓の構造。何気ない仕草の一つ一つに、周囲を測るようなところがある。
人気娼婦として生きてきた女。そして、地下新聞を配っていた女。彼女がただの娼婦ではないことをクロードは知っている。マノン・ル・グランは、平民出身の舞台女優だった。本来ならば、恩寵の館に入ることはないはずの女。しかし彼女は罪人となった貴族の愛人で、例外的に恩寵の館に送られることになったのだった。
クロードは、向かいに座るマノンを見た。
彼女は窓の外を眺めていたが、クロードの視線に気づいて微笑んだ。
「……ねぇ、クロード。帰りもこうして送ってくれるかしら?」
「約束はできない。守れる保証はないのでね」
「こんな道を私に一人で歩かせるの? ひどいわね」
マノンは甘えるように言って、目を細めた。
クロードは返事をしなかった。そもそもの話、聖環騎士団に連行された者が、無事に表へ戻ってくること自体が少ない。マノンもそのことを理解しているだろう。それでも彼女は、怯えた様子を見せなかった。
コメント
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白波 灯さん、第27話拝読しました。フレデリクがイレーヌを「壊すために買った」と平然と言い放つ場面、あの静かな悪意が背筋を冷やしました。一方でマノンは、護衛の配置や窓の構造を観察しながら余裕の態度を崩さない。この対比が鮮やかで、どちらが本当に強いのか考えさせられます。貴族同士の冷徹な駆け引きも、この世界の空気感がしっかり伝わってきて引き込まれました。次が気になります。素敵な作品をありがとうございます。