テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「冒頭だけで、こんなめちゃくちゃなシーンはありえないわ!なんなのこの脚本 」
弘美は拓哉と脚本を交互に見つめながら言った、もう二人で仕事を初めて6時間が過ぎていた
「でも 、僕には違いがわからないんだ、説明してくれ 」
「本当の裁判ではありえない事が沢山書かれているからよ、この脚本家はお話を作る前に弁護士と実際に打ち合わせをしたの?」
もちろん脚本家や監督などは、本物の弁護士から意見など聞く由もなかった
彼らは面白おかしくストーリーが展開すればそれでよかった、そしてつい最近まで、拓哉自身もそう思っていた
しかしこの目の前で、今は模擬証人席で気取って生意気な歩き方で脚本に次々と赤点を付けまくっている、女弁護士のおかげで
拓哉の演劇に対する考えが180度変わった、それくらい彼女の弁護士の印象は強烈だった、弘美がさらに脚本に付け加えた
「たとえばこの反対尋問はね・・・」
「君がまんまと僕を引っかけたヤツだな」
「あれは誘導尋問よ!これとはまったく違うわ」
「僕には違いがわからないよ」
拓哉のたたいた軽口を、弘美は無視してつづけた
「いい?問題はここに書いてある質問のどれ一つとして、誘導尋問じゃないことなの」
拓哉が困惑して首をかしげたので、さらに弘美が説明をした
「ここの質問は全部自由回答型の質問よ、そもそも反対尋問では証人に尋ねたりはしないわ、なぜなら反対尋問は証人をコントロールすることがすべてだからよ!」
「そうなのか?」
拓哉が真剣に弘美の話しを聞き入っている
「弁護士は自分の望む答えだけを証人に言わせるの、それしか話させない!そして自分で説明させる機会を絶対に与えてはならないのよ」
弘美は実演するために、拓哉の方を向き、セリフを改良し始めた
「ここのセリフは回りくどいわ、むしろ・・・・そうね、こう言いかえるべきでしょうね」
拓哉が目を見開いた
「おおっ!このシーンが強烈になったな」
改良した反対尋問の実演を弘美がやっているのを拓哉は感心して眺めていた、あきらかにストーリーが陳腐なものから、その場面が、数段リアリティ感に溢れ研ぎ澄まされた、さぞかし観客はハラハラするだろう
拓哉は初めて会った時から、弘美の洗練された弁護士ファッションもお気に入りだった
今日の彼女のファッションは金ボタンがアクセントになった、紺のトラッドジャケットとお揃いのタイトスカート
彼女の細身な体にピッタリと張り付き、聡明な印象を与えていた、そんな紺スーツに緑のシャツを投入する意外性は、クリエイティブな彼女の魅力を上手く表現できている、全体的に抑制された雰囲気があり、それがかえってセクシーだった、今は拓哉の視線は穏やかに無視されている
それをいいことに、順番に拓哉は視線を彼女の体に落としていく
砂時計のような彼女のウエストからヒップにかけてのへこみを思わず手で確認したくなる
細いウエスト・・・・そして・・何より綺麗な足・・・・
うーん・・・・いかん・・・・血が一か所に集まってきた・・・・
弘美はじっと拓哉に見つめられているのを感じて、ハッと我に返って言った
「あの・・・ごめんなさい・・・そうよね・・・これは作り話でエンターテイメントなのに・・・私ったら・・・あまりにも弁護士目線だったわよね 」
「いや・・・どうか続けてくれ、先日君が僕に反対尋問をおこなったようなリアルさが欲しいんだ、この脚本にはいくつも問題点がある 」
弘美は急にこの会議室で二人きりでいる事を意識した、そして時刻はもう9時を回っていた、当然オフィスには掃除係しかいなくなっている
「聞いてもいいかしら・・・ずいぶんこの役に熱心なのね、アカデミー賞を3年連続も取ったあなたなら、弁護士の役なんてそれほど演じがいのあるものではないのではなくて? 」
質問された意味を考えながら、拓哉は熱く弘美を見つめていた、そして口を開いた
「君は弁護士になって何年経つ?」
「・・・3年よ? どうして? 」
「何件の裁判で勝利を収めたかい?」
「・・・・全部よ 」
当然だと言わんばかりに弘美は言った
「それじゃ最近では裁判前の事前準備を減らしているかな?慣れたものだろうし、もう段取りもわかっているだろうから・・・ 」
弘美は驚いたように言った
「まさか!そんなこと絶対しないわ」
「それは なぜだい? 」
「いつでも最善の仕事をしたいからよ、どの裁判も同じという事は絶対ないのよ、私は仕事を選り好みして手を抜いたりしないわ」
「僕も同じだ 」
二人はしばらく見つめあった、そして弘美が微笑んで言った
「あなたの言うとおりだわ」
はじめて弘美が自分を見て可愛く微笑んだ、それを見て拓哉は頭がどうかなりそうだった、そんな思いを払いのけようとしてエヘンと咳ばらいをした
「それじゃ・・・もう少し続けてくれていいかい 」
「ええ 構わないわ」
そこから二人はさらに脚本とにらめっこして、小一時間ほど打ち合わせに熱が入った、弘美のアドバイスはどれも斬新で、そしてそれを素直に拓哉は聞いた
「・・・失礼・・・トイレに行ってきていいかな? 」
「ええ どうぞそうしてちょうだい」
拓哉が席を外した隙に、弘美は大きく深呼吸をして熱くなる頬を押さえた
正直な所、この会議室に入って8時間あまり、ほぼ休憩も取らず裁判レクチャーをしたが、彼の態度には驚かされた
沖縄旅行に行きたいがために弘美との約束をすっぽかした事から、彼の仕事に対する論理観は読めたと思っていたが、実際はまったくの逆だった
弘美が見せたさまざまな法廷テクニックに拓哉は大いに感心し、何時間も質問攻めにあったし、実際質問内容はかなり良いものもあった
それだけ拓哉はこの脚本を読み込んで、疑問に思うことを頭の中に叩きこんでいたのだ
それに数時間前、何度か拓哉が立ち上がって窓の外をフラリと眺めるしぐさが、まるで映画のワンシーンのようで、とてもまぶしかった
拓哉は西からオフィスに差し込むまぶしい夕日のせいで、神さながらの神々しさを醸し出していた黒い髪は、光の中で温かな茶色に変化し、すっきりとした横から見る彼の鼻筋から唇にかけて、まるで彫刻のようだった
長いけどカールされていない彼の逆さに茂ったまつ毛は、彼が伏し目がちになる度に、瞳にミステリアスなテイストを加えている
弘美は思わずぼーっと彼を眺めすぎないようにと、再三注意を払わずにはいられなかった、今まで彼を意識をしないでいるのは大変な努力がいった
そう・・・彼は日本を代表する世界的な俳優・・・・
あの!櫻崎拓哉なのだ・・・
どうやら自制心は後数時間も持ちそうにない、そろそろ切り上げて弘美は帰ったらベッドにダイブしきっと飛び跳ねるだろうと確信した
ふぅとパタパタ手で顔の火照りを沈めている時、ふと拓哉がトイレから帰ってきていてドアにもたれ弘美を見つめていた
拓哉がしかめっ面をしてこちらを睨んでいる。片手には今まで誰かと話していたのだろうスマートフォンを持っていた、心なしか弘美は彼が怒っているかのように感じた
「・・・?・・・お帰りなさい・・・・櫻崎さん?どうなさいました?」
拓哉は弘美を睨みながら言った
「赤坂弁護士・・・・どうやら僕らは、ややこしい事になったみたいだよ」
:.
弘美は今は10階の、今いるオフィスの窓から階下を覗いてみた、するとこの会社のビルの前に、おびただしい数の報道陣が集まっていた。ここからの眺めは、まるで蟻がたかっているようだ
報道陣はみんなカメラを首から下げて、入り口や裏口をウロウロしていた、それはもちろん1枚100万円相当の拓哉のスクープ写真を撮ろうと待ち構えていたのだ
中には入り口のそばの木々によじ登ってビルの中を覗いているカメラマンさえいた、弘美は一か所にこれほどの報道陣が集まってるのを見たのは初めてだった。そしてあの群衆に囲まれている自分を想像するとゾッとした
「あれって・・・みんなあなたを撮りに来てるのよね、どうしてここにいることがバレたのかしら?」
「どうして?どうしてだと思う?決まってるだろ、誰かが僕がここにいることを漏らしたんだよ。今マネージャーから連絡がきた」
マスコミが大騒ぎする光景にまだ唖然としている弘美は、拓哉の声が冷たくなっているのに気づかずに言った
「もうこの時間は裏口は閉めてあるわ、セキュリティ上あの報道陣が待ち構えている出口を通らないと外には出れないわ・・・」
「ふぅん・・・それは好都合だな 」
拓哉は自分が不機嫌になってるのを隠そうともしなかった、彼がトイレに行ってる間にマネージャーの幸次から連絡が来て誰かが拓哉の居場所をマスコミに垂れ込んだらしいと聞かされた
なぜが拓哉は裏切られたような気がしていた
しかし当然予想しておくべきだった、自分が有名になるために拓哉を利用する女は今までも腐るほどいたし、半場あきらめかけていた、だから赤坂弘美がその手口を使ったとしても、いつものことで特に腹を立てることではないと拓哉は自分に言い聞かせた
しかし今回はそれが上手く行かなかった
そしてすかさず彼女は化粧室にでも行って自分の精いっぱいの化粧直しをし、カメラ移りを気にし出すに違いない
しばらく唖然と窓の外を見ていた弘美が覚悟をしたように拓哉に向き直った
――さぁ来たぞ――
拓哉も次のセリフを身構えた、しかし次に発した弘美の言葉は意外なものだった
「そうね・・・あなたを相手にするんだから、こういう事態も想像しておかなければいけなかったわね・・・・これは私の完璧なミスだわ 」
そういうと弘美は廊下を出てスタスタと歩き出した
「おい!どこに行くんだ? 」
「用務員室よ!あそこに行くと用務員さんの制服があるわ、私がそれを着て先に出て行きます。あなたは後からゆっくりと出て来てください、そうしたら私はあの報道陣に怪しまれることはないわ」
くるりと振り向いて弘美が拓哉を見た
「今日はとても有意義な時間を過ごせました。あなたは素晴らしい作品を演じられると思います、それでは さようなら」
そういうと足早にエレベーターホールに向かった、拓哉は困惑しきってしばらく呆然としたがすかさず彼女を追いかけた、どうやら自分は彼女といる時はいつも彼女を追いかけないといけない状況に陥るみたいだ。むしろ今ではそれも楽しくなってきた
「待ってくれ!君は僕と一緒にいる所をカメラに撮られたくはないのか?」
ようやく彼女が立ち止まった、あっけにとられたような表情で拓哉を見る
「・・・まさか!櫻崎さん!私は弁護士です!有名人と一緒にいる所をマスコミに報道されて陪審員に偏見を持たせようとしたなんて、責められる危険は冒せません! 」
さらに弘美は付け加えた
「私のクライアントはセクシャルハラスメントの訴えに対抗しようとしているの、私はそれだけ正しい道徳観を持ち合わせていると世間に思わせないといけないのよ。ミーハーなスクープ誌に芸能人と載るなんて、考えただけでも今後の仕事にどれだけ支障が出るかぞっとします 」
拓哉は目を大きく見開いて、今弘美が言ったことをかみしめていた
今まで拓哉を使って自分を宣伝する人間しか見てこなかったので、一瞬弘美の主張は奇妙に聞こえた
「・・・君が・・・マスコミを呼んだんじゃないのか?」
弘美が肩眉を上げて尋ねた
「なぜ私がそんなくだらないことを?」
「・・・・用務員に変装して帰るって?」
「あなたは何かここに来た理由を考えて上手くやってください、そうですね・・ATMにお金をおろしに来たとかどうでしょう?ここの1階には格金融のATMがズラリとそろって便利ですから」
少し動揺して次には奇妙な感覚に襲われた、ホッとしたような爆笑したいような・・・思わず拓哉は爆笑した
「・・・・何がおかしいのでしょう?」
いかにも不機嫌そうに弘美が言った
「だって・・・・・君が・・・・アハハハハ・・・用務員・・・ワハハハハ 」
今や拓哉は高身長な体を折り曲げて、声をあげて笑っている、その様子を見て弘美も少しおかしくなった
「人がせっかく考え出した苦肉の策を、よくもそんな風に笑い飛ばせますね」
「まって・・・おかしくて本当に腹が痛い・・フフフフフ・・・ 」
無邪気に笑っている彼を見て、弘美は微笑まずにはいられなかった、何の仮面もつけずに笑う彼ってなんてかわいいの・・・・
しかし次の瞬間、拓哉がガクリとおなかを押さえてしゃがみこんだ、弘美の背中を不気味な寒気が走った
「櫻崎さん?」
、
うずくまる彼の顔を見ると真っ青だった、いや 青を通り越して真っ白だった
「・・・・腹が・・・・ 」
額から脂汗を流している拓哉を見て、事の事態が尋常じゃないことを弘美は悟った
「しっかりしてください!どこか痛いんですか?救急車呼びましょうか? 」
「マネ・・・・ジャー・・・に・・」
拓哉は呼吸が荒く意識をなくしかけていた
「しっかりして!櫻崎さん! 」
今や弘美は崩れ落ちてゆく拓哉を必死で支えていた
「で・・・んわ・・・を・・ 」
弘美は大きく叫んだ
「拓哉っっ!!」
:* ..: :.
40階建てのオフィスビルの前に、今は100人近い報道陣が集まっていた、このビルの中にあの有名な俳優の櫻崎拓哉がいるという情報が入ったからだ
いったい彼が何をしにこのビルにいるのかは誰もわからないがmとにかく彼の姿を一目写真に収めようとm報道陣は押し合いへし合いmビルの入り口を完璧にふさいでいた
その時一台の救急車が報道陣の横を通り過ぎ、ビルの裏口の緊急出口に向かった
救急車は2人の救急隊員とストレッチャーに横になっている患者を連れて車に乗り込んだ。患者は顔まで毛布を掛けられていた、すばやく付き添いの女性が荷物を抱え同乗した
患者と付き添いの女を乗せ、やかましいサイレンを鳴らして救急車は走り去って行った。その様子を見た報道陣が次々につぶやいた
「師走だからね~ 」
「誰か具合がわるくなったんだな」
「おい!それより櫻崎はまだか?」
「本当にここにいるんだろうなぁ~?」
「ガセじゃないのかぁ~?」
.。.: ・ .。.:
けたたましいサイレンを鳴らして師走の道路を疾走していく救急車の中には、ストレッチャーに寝ている拓哉、そしてその傍には弘美が付き添っていた。弘美がスマホを片手に救急隊員に叫んでいる
「H総合病院に運んでください!そこが彼のかかりつけらしいです!ね!そうですよね? 」
弘美が電話の相手に確認をとる、電話口でマネージャーが弘美に間違いないと指示をする、弘美はパニックになりそうになるのを必死で押さえていた
目の前で拓哉が倒れた時には心臓が止まるかと思った。すかさず救急車を呼び、彼の言う通り彼のスマホからマネージャーの電話番号をプッシュした、事情を話すと彼のかかりつけ医がいる病院を紹介された
今は意識を失って、青白い顔をして寝ている拓哉の横顔を見ながら弘美は願っていた
「お願い・・・どうか無事でいて・・・」
.。.: ・°
「ストレス性による急性腸炎?」
弘美は拓哉と一緒に運ばれた救急救命室で、医師が拓哉を診察する間もずっと付き添っていた
医師はダークブロンドの髪をオールバックにまとめた、そっけない感じの男性で淡々と弘美に拓哉の症状を説明した
拓哉は以前から軽い持病を抱えていてストレスがかかるとたびたび下痢の症状に悩まされ、そして酷いときは脱水症状を起こすという
そして今回はそれほど大したことはないが、やはり脱水からくる貧血や疲れもあったようで、一時的にだが意識を失ったがすぐに取り戻した
医師は念のため一日点滴入院をさせて様子を見ましょうと言った
そういえば・・・脚本を読み合わせていた時も・・・彼は度々トイレに行っていたわ・・・
あの時はそんなそぶりは見せなかったけど、もしかしたらあの時から具合が悪かったのかもしれないと弘美は考えていた、気づいてやれなくて申し訳ない気持ちで弘美は拓哉のいる4階の特別病室に向った
病室のドアをそっと開けると、病院の寝間着を着せられた拓哉が不満そうに寝ていた、手には点滴をつけられている
弘美はほっとして寝ている拓哉に近づいた
「起きていたのね・・・・よかったわ」
いかにも不機嫌そうに拓哉が言った
「入院なんて大げさなんだよ出すもん出したらいつも治るんだ 」
弘美は憤慨して言った
「まぁ!綺麗な顔をして、そんな汚い言葉を口にするものじゃないわ 」
「綺麗な顔をしていても人間だからクソぐらいするだろう 」
彼は恥ずかしいのか、ぶっきらぼうな口調でそっぽを向いた
「私はあなたが死ぬかもしれないと思ったのよ、とにかくもうすぐマネージャーさんが来るわ」
「・・・コーヒーが飲みたい・・」
「まだ駄目よ!とにかく点滴で脱水症状をやわらげてから、それからおなかに優しいおかゆぐらいからはじめるのがいいでしょうね・・・でも・・・香りを楽しむ程度ならいいかもしれないわ、売店で買ってきてあげる 」
「ふん・・・・やけに優しいじゃないか」
「私は血も涙もない人間じゃないのよ」
そういうと弘美は売店に向かおうと椅子から立ち上がった
「弘美・・・・ 」
出口のドアを開けようとした時に拓哉に呼び止められた
「迷惑をかけた・・・ 」
彼が言った言葉を少し考えた
―――もしかして・・・彼は私にお礼を言ったの?――
背中を向けて寝たふりをしている彼が急にかわいく思えた、耳が赤くなっている
弘美は急に心が温かくなった。そしてこちらも優しい声で言った
「・・・ハイ・・・ 」
:* ..: :.
「またお前は腹をくだしているのか!あれほど日ごろから気をつけろと言ってるだろう」
拓哉のマネージャーの幸次という人は、彼の病室についてからはずっとこの調子で拓哉に怒鳴っていた
弘美は部屋の隅っこで顔をしかめてその様子をじっと見ていた
「とにかく今晩一晩は入院しなければいけないが、明日はルート監督の誕生日パーティーだ!絶対出席してくれ!頼むよ!俺があの監督とお前を紐づけるのに、どれほど苦労してるか分かってるだろう?監督はお前よりあの下沢亮を使いたがってるって噂があるんだぞ!おっと!今のはオフレコだぞ! 」
くるりと幸次は、弘美を怖い顔で指さして言った
「私は弁護士です!クライアントに対する守秘義務があります」
いきなり話を振られて弘美がムッとして答えた、いかにも機嫌の悪い拓哉がそれに応戦する
「下沢亮なんて、前回のわき役で少し注目をあびただけじゃないか」
病室の端を行ったり来たりしている幸次がすかさず言う
「甘いな!あいつにはもうCMと、春のドラマのオファーが来ているらしいぞ、下手したら食われるぞ!ここいらでお前も気合いを入れないと!とにかくこれから俺は東宝の広報担当と話をつけてくるから、お前は明日の監督のパーティには必ず出ろよ!」
「・・・わかったよ・・・ 」
そこへ弘美が立ち上がった
「待ってください!彼はほんの一時間前に倒れたばかりですよ、明日パーティーに出るなんて無茶です!」
幸次と拓哉が一斉に弘美を見つめた、急に注目されたことで彼女は少し委縮した、幸次が弘美を睨みつけて言った
「お嬢ちゃん・・・君は弁護士だから芸能界の食物連鎖を分かっていないようだな・・・たしかにこいつは今俳優の中では頂点だが、こいつを頂点にいさせるためには、こいつを使う監督がいるし、こいつを宣伝する人間がいるんだ!この俺のような人物がな! 」
ハッと幸次が天を仰いだ
「たしかにそうかもしれませんが、体調を崩してまでパーティーに参加するのはお勧めしません、その後の撮影にも影響が出ます」
弘美が言い返した
「俳優の頂点にいるからこそ、努力を惜しまず、演技の技術向上に力を入れ、変幻自在に怒涛の役を演じれる、そんな素晴らしい俳優になれば、彼を使いたいと監督達自らが列を作るようになるのではないでしょうか?」
幸次は感心なさそうに肩をすくめた
「まったく話にならねーな!」
「俳優ならば、演技で宣伝するべきです!」
二人は犬と猿のように睨み合った、そこへ何やらしばらく考え込んでいた拓哉が言った
「・・・監督へは・・・・僕から欠席すると連絡するよ、撮影前で体調を万全にしたいからって・・・お前はパーティーに監督の好きなワインが20本届くように手配してくれ、僕からのお詫びだと言って・・・」
「なにを言うんだ!拓哉 」
幸次が憤慨して言った
「週末からは法廷ミステリーの撮影に入る・・それまでに万全の準備をしたいんだ、発声練習のレッスンを受けたい、それと一日3回ジムへ通って、もう少しウエストを引き締めて肩に筋肉をつける、弁護士のスーツ姿の後ろからのシルエットにこだわりたい、アクションシーンはないが、全力で駆け抜けるシーンもあるので体を鍛えて体力をつけたい 」
「・・・拓哉・・・ 」
あっけにとられ幸次は何も言えなかった、今まで拓哉が自分のやり方に口を挟んだのは初めてだった、軽いショックさえ受けていた
「う・・・まぁ・・・お前がそう言うなら・・・ 」
モゴモゴと幸次は言い淀んだ
「それから・・・撮影は最初から順番通りに撮るわけじゃないだ、だから、君にまだ修正してほしい脚本がこれからどんどん出てくると思う・・・・手伝ってくれるかい? 」
青白い顔で心細げに拓哉が弘美を見つめた、なんてこと、弱っている彼はとてもセクシーだ
しかし今の彼は最初のイメージの、傲慢な自信過剰な仮面はつけていなかった
弘美は思ったもしかしたら彼はずっとみんなが求める(スーパースター櫻崎拓哉)の仮面をつけて(演技)しているだけなのかもしれない
今の彼は本当の人間らしく見えるわ・・・・
「私でよければ、できるかぎりお手伝いします」
思わず弘美はそう答えた
:* ..: :.
大阪は西側に位置する「ツリーマイゼンタウン」ここは「芸能人ご用達」として有名な高層タワーマンション街で、沢山の有名人や芸能人が闊歩する町・・・
そこの中心部にあるスターバックスコーヒーのテラス席でサングラスをかけ、拓哉が表紙を飾っている雑誌「スクリーン」を苦々し気な表情で見つめている人物がいた
「下沢亮」は今は自分のマネージャーがポンッと置いて行った、雑誌の表紙の拓哉をかなりイラついて見ていた
彼の広報担当は今月「スクリーン」の表紙を飾るのは他でもない、この自分だと約束していた
それなのに――
櫻崎拓哉ではなかったはずだ、この自分を出しぬいて、またしても櫻崎拓哉が表紙に載るなんて――
使えない広報担当をクビにしてやりたい、亮の事務所の広報担当は口先ばかりのろくでなしばかりだ
櫻崎拓哉の広報担当兼マネージャーの稲垣幸次は、自分も元俳優からエージェントに転職しただけあって、この業界ではかなり有名なやり手だと噂されていた
彼が手掛けた俳優やタレントは、いずれもとても人気があった、その頂点が櫻崎拓哉だ
今や亮も彼のようなやり手のエージェントを心から欲していた
亮は自分の時代が来ていることを肌では感じていた
彼は半年ほど前に大ヒットした時代劇アドベンチャー映画「タロウに剣心」で、準主役スターとして出演してから名声をつかんだ、その映画で彼が演じた登場人物に、日本中の女性が熱狂した
実際この映画が公開された半年間、ヤフーの検索履歴人物第1位を亮は飾っていた。こんな幸運をつかめるとは当時は亮をはじめ、事務所の誰もが想像していなかった
それどころか彼は、初めはこの役のオーデイションを受けるだけでもとても苦労した
彼のルックスは、侍を演じるにはあまりにも“美形”過ぎると当初は監督は亮を出すのを反対したのだ
しかし亮の会社の社長が、芸能界の闇の営業“枕営業”を監督の奥さんに持ち掛けたのだ
元女優の監督の奥さんは亮をえらく気に入り、そしてホスト経験もある亮は、なんなくその営業を成し遂げた
そして彼はついにスクリーンテストへ進み、さんざん検討した結果、監督とプロデューサーは亮の申し分なく美しい顔が主役の俳優の粗削りな外見と面白い対比を見せていると判断した
さらに彼のほっそりとした外見に合うように、亮が演じる登場人物には武器として不格好な剣ではなく、カッコいい弓矢を持たせた
その弓矢は全国の女性観客のハートを見事射貫いた。スクリーン上の亮は荒々しくて野性的ながら、不思議なほどの優美さも持ち合わせていた
エクステで長髪にした彼の髪が風にたなびき、琴の音色をバックに舞いながら弓を打ち、次々と人を殺して行った
元々色白の彼の肌を引き立てる唇を赤くしたメイクは、映画館のスクリーンで映え、カメラがズームインして亮のカラーコンタクトで大きくなったアーモンド色の瞳をとらえ―女性観客はみな息をのみ、亮の登場するあらゆる場面にかじりつかずにはいられなかった
映画が公開されると、たちまち亮は日本映画界の「ビューティフルボーイ」と呼ばれ、いくつもの素晴らしい役を提供された
彼はチャンスをつかみ、高校の演劇部で夢見ていた俳優の夢を叶えた
そして今年最大の日本を代表する作家が手掛けた演出、音楽、プロデュース・・・そのどれもがアジア最大の話題をしめた法廷ミステリー小説を脚色した映画のの「主役」の話がもちこまれた
その役は日本の役者なら誰もが演じたいと、夢見るアカデミー賞をいくつも受賞する候補の役どころだった
そこで亮はプロデューサ達と昼食を共にしたり、アイドル達とクラブに行くはずの週末も断って、田舎にある監督の農園で夕食に付き合ったりした
辛抱強く懐いているフリをして、年寄りが昔の栄光にすがる昔話に熱心に「勉強になります」と耳を傾けたりした
そしてしばらくして、マネージャーが亮に知らせを告げに来た
主役は櫻崎拓哉に決まったと――
弁護士を演じるには、亮には少し若すぎるといった理由だった
変わりに亮はバスケットの青春映画の主役を与えられた、高校生の役なんてもうまっぴらだ!彼はもう23歳だった
もちろんこんな映画は話題にはなるが、アカデミー賞を獲るまではいかない、亮は雑誌の表紙の拓哉のページをやぶり丸めてゴミ箱にすてた
櫻崎拓哉の時代は終わった・・・・いや俺が終わらせてやる
ツリーマイゼンタウンのタワマンから吹き抜けてくるひんやりとした風を受けて、亮はこの誓いを繰り返していた、そのためには自分にはもっと力のあるエージェントが必要だ
たとえば櫻崎拓哉をこの業界に君臨させている、彼のマネージャーの様な存在が・・・・
その時亮の目のに不思議な出来事が起こった、櫻崎拓哉のマネージャーの稲垣幸次が、数名のスタッフを連れて亮のいるカフェテラスに入ってきた
なんと、彼らは亮のテーブル一つを挟んで向かい側に座った
亮はにやりと口元がほころんだ、チャンスはどこにでも転がっている
彼は映画監督やエージェントその他、自分の能力を正しく評価しない制作会社達に、目にものを見せてやろうと決意した
亮はサングラスを外し、軽快な足取りで幸次のいるテーブルに進んでいった
「こんにちは! 」
いきなり声をかけられて怪訝な態度を幸次とそのスタッフは見せたが、すぐに声をかけたのが亮だと気付いたら、とても驚いた
「君は・・・下沢亮君かい? 」
「一度映画製作イベントでお会いしてるんですが、あの時は、どうしてもあなたにお声をかける勇気がなくて・・・・ 」
亮は上目遣いできゅるん、と目を潤ませた
「ええ?そうだったかな?そんな・・・声をかけてくれればよかったのに、俺なんか・・・ 」
慌てて幸次は言った、心なしか頬が赤くなっているのを自覚した、拓哉ほどの美男子を毎日見ているとはいえ、サングラスを外した亮も拓哉とはまた違ったが、これはこれで拓哉に引けをとらない恐ろしい程の美形だった
今や拓哉と並んで、日本中の女性が彼と仲良くしたがっているのを幸次は痛いほど自覚していた、連れていた二人の男性スタッフもぽ~っと亮を見つめている
「ずっと憧れていたんです、昔からスターライトのエージェントの稲垣さんはとても有名でしたから 」
「いやぁ~あ!君にそんな風に思ってもらってたなんて光栄だなぁ~、あ!よかったら、隣座りなよ 」
幸次はご機嫌で陽気に言った
「え?でも・・・いいんですか?お仕事の邪魔ではないですか?」
「いいの!いいの!仕事なんかじゃないよ、ただ腹が減ったからランチを食べに来ただけなんだ 」
うんうんとスタッフも首を縦に振った、亮は仔犬の様に嬉しそうに幸次に言った
「うわぁ~嬉しいなぁ~!それでは、よかったらここのランチをご馳走させてください」
:* ..::.
弘美は新大阪駅の中央改札の前で、弾む気持ちをなんとか落ち着かせようと深呼吸していた。先に見えたのは高校の同級生の真由美だった
「マユ!」
次の瞬間改札を飛び出て、彼女は両腕を広げて、こちらへ駆けてきた
「キャーッ!ひろみ~!!」
真由美は興奮した口調で叫んだ
彼女は高校時代からギャルで、卒業して社会人になってもキャピキャピしている。真由美らしく体のあらゆる部分を使って弘美と再会したことを喜んでいた
「ちょっと!マユ!自分の荷物ほおって行かないでよ!」
そのあとすぐに。これまた弘美の同級生の聡子が。大きなスーツケースを引きずりながら改札から出てきた
「私の家に一泊するだけで。どうして海外旅行に行くぐらいのスーツケースがいるの?」
弘美は二人を見るなり爆笑した
「この子ったら、たった1泊するのに服を10着も持ってきたのよ!靴なんか9足よ! 」
聡子があきれて言った
「だって!ここは私たちの住む和歌山のド田舎じゃないのよ!!芸能人や有名人がわんさかいる都会なのよ!常に着飾ってなくちゃ!何が起こるかわかんないわ、それにグリーン席で福山雅治を見たわ! 」
真由美が興奮して言った
「福山雅治なわけないわよ!すごく背が低い人だったじゃない、彼を確認するために3回もトイレに行ったのよ、とにかく!すっかり都会人ね!弘美 」
「まぁ!都会人なんて死語ね 」
三人はたちまち笑いあったり、抱き合ったりして大騒ぎを演じた
それぞれ話しながら、転がる様に弘美の車が止まっている駐車場まで向かった
高校を卒業してから、弘美が実家に帰省した時には、必ずこの二人に会っていたが、この二人が弘美を訪ねて大阪に来てくれるのは初めてだった
3人にとって、もうずいぶん昔からの計画で、やっと遂行できた事に3人はとても喜んだ
るるぶ関西の雑誌を握りしめながら、真由美が興奮してまくし立てる、この雑誌には真由美が行きたい人気スポットにカラフルな付箋が沢山貼ってあった
「見て!今月号の巻頭で「下沢亮」特集が出てるの!彼のおすすめする、スポットは全部制覇したいわ」
「べつに彼が進めてるわけじゃないでしょうけどね!」
聡子が皮肉を言った
「彼ってすっごくかわいい顔してない?」
「・・・でもちょっと可愛いすぎない?メイクもしてるんでしょ? 」
「あら!最近の男の子って美意識高いからメイクぐらいは普通にしているわよ!」
「それにしても目が大きいわね」
いくつになっても女同志でアイドルや俳優を見て、ワイワイ話すのは楽しいものだ
「今夜はセレブが集まる(ローリングストーン)で踊り狂うわ!あそこのクラブって滑り台があるってここに書いてるの!ぜひ見たいわ 」
弘美がハンドルを握りしめながら、後ろでわめいている真由美に申し訳なさそうに言う
「ごめんなさい、あそこはずっと予約を取ってたんだけど、取れなかったの・・・」
「そうなんだ~ 」
残念そうに真由美が言う
「仕方がないわよ、弘美が悪いんじゃないわ、雑誌に載っている所なんて、みんな予約いっぱいでしょうね、とりあえずあなたの家に行って今夜はどこにくり出すか作戦を練りましょうよ!夜は長いわよ!」
助手席に座っている聡子も言う
「とりあえず、あなたの家でお化粧直しさせて! 」
「新幹線の中で20分もかけてメイク直ししてたじゃない! 」
「だってここは・・・・・ 」
「ハイハイ、 田舎じゃないんでしょ!」
弘美は思わず大声で笑った、この二人に会うと一気に学生時代に時間が戻る、 相変わらずの愛しい級友に会えて弘美は心が温かくなるのを感じた
弘美のマンションに着いて、真由美が実家から持ってきた和歌山みかん農園のみかんをテーブルに山のように積み上げて、三人はそれぞれ近況を話し合った
「あ~美味しい!この味よ!真由美の所のみかんを食べてたら、スーパーのみかんって本当に食べれないのよ! 」
弘美は真由美の家のみかんをほおばりながら言った
「今は書き入れ時だけど、父ちゃんが弘美の所に行くって言ったら、沢山持たせてくれたの! 」
「とにかく元気そうでよかったわ!私達・・・・本当に心配してたの 」
聡子が真面目そうな口調で言った、そこで真由美も真剣な顔つきになった
「そうね・・・あんなことがあって・・・健樹君との婚約破棄になっちゃって・・・」
そこで弘美はピンッときた
「いやね!あなた達、まさかうちの母さんに私の様子を見てきてって頼まれたんじゃない?」
慌てて聡子も真由美も言った
「そんなこと言うものじゃないわよ!あなたのお母さん、それは心配してたのよ」
「そうよ!そうよ!私達も聞いたときはびっくりしたけど、まさか健樹君が浮気して婚約破棄になったなんて・・・」
そういえば・・・まぁ・・・そんなこともあったわね・・・・
まるで何年も前の出来事を掘り起こされた気分になった、弘美はすっかり健樹の事を忘れている自分に驚いた、ここ数週間ほどは「櫻崎拓哉」にさんざん振り回されているおかげで、健樹のとの事をすっかり忘れていたのだった
「元気を出して!弘美!」
「私達はあなたの味方よ 」
二人はまじめな顔で弘美を見ていた、この二人は婚約者に振られた自分をわざわざ慰めに来てくれたのだ・・・・
興奮が高まるのが自分で感じた、弁護士には守秘義務がつきものだけど、実はこの二人にだけは、あの櫻崎拓哉の事を話しても構わないのじゃないかと思っていた
彼と仕事をしている事は事務所中が知っている事だし、婚約者にみじめに振られた幼馴染みを心配して、はるばる田舎からやってきたこの熱い友情に結ばれた二人になら、今婚約破棄してみじめだと思われている自分に起こっている事を、話しても構わないのではないかと・・・・
いや・・・むしろ話して、この二人の前でだけは弁護士の仮面を脱ぎ捨てて、誰もがスターに憧れる一人の女性として一緒にはしゃぎたいとも思っていた
いくら性格に問題を抱えているとはいえ、本物の櫻崎拓哉がどれほど素敵か逐一この二人に話してしまいたい・・・・
なので数日前から弘美は、この二人にどう話そうかとさまざまな方法で考えていた
しかし今の状況でも、慎重にならなければならないとも思っていた、自分は裁判を抱えた身なのだ
「あの・・・聞いてくれる?とっても大事な話なんだけど・・・あなた達にだけは知っておいて欲しくて、ずっと考えていたの・・・できれば内密にしてほしいのだけど 」
弘美は舌が滑りやすくなるように、アイスコーヒーを一口飲んだ
「実家にもどってくるの?」
「いいのよ!あなたが決めたことならそれで」
二人は真剣な顔つきで言った
「違うのよ!そういう事じゃなくて・・・・もちろん実家になんか帰らないわ 」
弘美は首を横に振った
「あなた達が誰かにわざとこの話をするなんて思ってないけど、私は弁護士だから、あまりこの話を公にされると困るのだけど・・・でも――― 」
ハッと真由美が息をのんだ
「まさか!あなた不倫してるのね!」
聡子が動揺して目を大きく見開いた
「それはやめなさい!あなたが傷つくだけよ!」
弘美は辛抱強く、人差し指を横に振って言った
「違うわ!実家に帰るでもなく、不倫もしていないの・・・・でも・・・もしかしたら、もっと厄介な事になってるかもしれないけど・・・とにかく・・・出会いは2週間ほど前なんだけど―――」
その時玄関のチャイムが鳴った、弘美は無視して話を続けようとしたけど、チャイムは激しく連打されてうるさいぐらいだ
「きっと宅配便か何かね、ちょっと待ってて 」
弘美がいそいそと玄関に向かう時に、聡子が真由美にコソコソ言う声を耳にした
「何をどう言われても不倫は絶対反対よ!」
弘美が玄関のドアを開けた時、まさしく氷のように固まった。そこには怒りに顔をしかめた拓哉が立っていた
「いったいどうして君は僕の電話に出ないんだ!今から何回君に電話してるかわかっているのか?スマホの電源を切っているだろう!どうして君は僕と簡単に連絡がとれるのをややこしくするんだ!おかげで加々美弁護士に電話して、君の家の住所まで調べさせたじゃないか!まったく!どうかしてるんじゃないのか?」
拓哉は怒り狂って、猛然と弘美の家にズカズカ入ってきた、そして真由美と聡子がいるリビングを通りすぎてキッチンへ入っていった
あまりにも夢中でわめいていたため、彼はリビングに固まって座っている二人に気づかなかった、弘美の家の冷蔵庫を彼はバカンッと開けてさらにわめく
「おかげで撮影場所から飲まず食わずで車を走らせてきたんだぞ!何だ、何も入ってないじゃないか!これからは僕が来ることを想定してカベルネの赤ワインを常に用意してくれていたまえ!そして幸次に言って、君には僕専用のスマートフォンを持ってもらう!夕方には出来上がってくるはずだ、そのスマホの電源は絶対切らないように! 」
拓哉はカッカツとして怒りをぶちまけた
「聞いてくれ!!アホな脚本家は、法廷の君が修正したシーンを被告人側に僕が鞄を投げつけるシーンに変えた方がいいと言うんだ!その方が面白いからとな!!僕は言ってやったよ、弁護士の業務に対するそんな侮辱的な行為は真実味がないってね!なっ?いかにも君が言いそうな言葉だろ!」
そして彼はドカッと二人の前のソファーに座り、テーブルにあるみかんを一つとって皮をむいて食べだした。それからようやく自分の前で固まって目を皿のようにひん剥いている真由美と聡子に気がついた
「やぁ!お客さんがいたのか? 」
拓哉は二人ににっこり笑って愛想を振った
1分後弘美のマンションから、二人のディズニー映画に出てくる子供が驚いた時のような甲高い悲鳴が鳴り響いた
「櫻崎たくや!櫻崎たくやぁぁぁぁぁぁぁ―――」
「キャ―――ッ!キャ―――ッ!キャ―――ッ!」
「動いてるわーーッ!喋ってるわーーーッ!」
「サッ サイン―――!!握手!!どっち?どっち? 」
真由美は顔を真っ赤にしてソファーの背もたれを握りしめ叫んでいる、今にも失神しそうだ!
「どうして拓哉が!!あなたの家で何をしてるのぉぉぉぉ?」
聡子は弘美のクビを閉める勢いで、詰め寄って弘美に唾を飛ばしている
「みかんを食ってるところだよ」
拓哉はテーブルのみかんの二つ目に手を伸ばしていた
「またしゃべったわーーーーーー!」
「キャーッキャーッーーーーーー!」
弘美はめまいを起こしそうになるのを必死に目をつぶり、こめかみを押さえた、今のこの状況では彼はまったく役に立たない、慎重に話を進めるのはもうすでにあきらめた、二人は上や下への大騒ぎだ
「あ・・あの!私達ずっとあなたの大ファンなんです!あなたの映画は全部見ています! 」
「本当よ!「ボディガード」を3回も映画館に見に行ったし!DVDも買ったわ 」
「私は写真集を全シリーズ持ってるわ!」
真由美が彼の右手をつかんで、ブンブン振り回している
ほら!これが僕に初対面で会った時の正しい反応だよ!と言わんばかりに拓哉は得意げに弘美を見た
「ありがとう、そんなに沢山映画を見てくれて嬉しいよ」
彼は温かい口調で二人に言った
「それじゃ・・・君たちは弘美の友達なんだね 」
今や二人は拓哉の前に膝間づき、真っ赤な顔で首をブンブン縦に振っている、拓哉は真由美の持ってきたみかんを5個平らげた
「和歌山から一泊で来たの!それうちのみかんよ!」
「都会は初めてよ 」
「こんなうまいみかんは初めてだよ、500個注文するから僕の撮影所に発送してもらえるかな?」
「どうしよう・・・!父ちゃんがたまげるわ!」
「僕達はいつでも差し入れに悩まされてるんだ、後でマネージャーから君に連絡させるよ」
真由美はまっかな顔で、ノシ紙は付けるかとか高級木箱に入れるかとまくし立てている。拓哉は「君にまかせるよ」と彼女にウインクした、もう真由美は鼻血を吹く寸前だった
今や拓哉はスターが礼儀正しくファンに接するように、交互にさえずっている二人のおしゃべりを辛抱強く、優雅に相槌を打ちながら聞いている
それを弘美は不思議な気持ちで見つめていた、最初の登場こそ異常だったが弘美に免疫がついたのか、今の拓哉はとても紳士で好感が持てたしなにより二人がとても楽しそうだった
その雰囲気を壊したくなくて、弘美は3人にアイスコーヒーを注ぐためキッチンへ立った
「それでお嬢さんがたの今夜の予定は、決まってるのかな?」
拓哉が優しく二人に聞く、二人が頬を染め、キラキラした目で拓哉を見ている
「それが・・・・まだ決まってないわ」
「行きたい所はあったのよ・・・「ローリングストーン」っていうクラブ、でもあそこは週末は予約がいっぱいで行けないの」
「一番人気があるのよ」
それを聞いた拓哉がくるりと弘美の方を見て聞いた
「ローリングストーンに行きたかったのか?」
思わず弘美は頬が赤くなった、ミーハーだと思われただろうか・・・
「なんだそんなこと」
拓哉はフンッと鼻息をつきながら、胸ポケットからスマートフォンを取り出した