テラーノベル
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約束の日、浮き足立つ気持ちと一緒に待ち合わせ場所に向かう。
予定の時間より早く着いてしまった。
(大丈夫、大丈夫。ちゃんと最終確認してきたんだし。)
何度も何度も自宅の鏡とにらめっこをしてきたのだ。
(そういえば、私勝負服なるものを持ってないな。今度買いに行こうかな。)
そうして向けた視線の先にテラスでコーヒーを飲んでいた黒田君と目が合った。
「ぶっ!」
同じタイミングで私に気づいた黒田君がコーヒーを吹き出す。
「あ、あの、その、違うんです!俺も今気づいたと言いますか、その、違うんです!」
「ふふ、おはよう。」
「おはよう、ございます。」
なにも疑っていないのに自滅するのは変わらないみたいだ。
「私も早く来ちゃったしコーヒー飲もうかな。黒田君はいつ着いたの? 」
「•••さ、さっき、です•••。」
明らかに視線が泳いでいる。
そのまま黒田君を見つめてみる。
「•••嘘です。2時間くらい前に着きました。さっきまで紅茶も飲んでました。」
「2時間!?流石にそれは早いよ!」
「•••楽しみ、だったから•••。」
それは私も否定できない。
「そんな事より、白石さんはよく水族館とか行くんですか?」
「友達とたまにね。私アシカとかカワウソとか、エサやりしたり、触れ合いコーナーでナマコとかヒトデとか触ったりするのが好きなんだ。中には生魚と磯の臭いが嫌いな人もいるから、黒田君も嫌なら言ってね。」
「嫌じゃないです。」
「そっか。よかった。」
そうして予定の時間まで暇を潰す。
ちゃんと2人っきりで話すのは初めてだ。
(何回も会ってるのにな。不思議な感じ。)
「白石さん、そろそろ行きましょうか。」
「そうだね。」
そうして優しくエスコートしてくれる黒田君に着いて行った。
水族館に着く。
2人して券売機に表示される”カップル割”にフリーズしてしまったが、勢いで押してしまった。
「黒田君、嫌だったらごめんね。」
「嫌じゃないです!その、本当、嫌じゃないんで。」
入場してからお互いに目が合わせられない。
「順番に行こう!」
並んで順路に従い進んで行く。次第に暗くなるが、水槽の中は幻想的だ。
「クラゲってこうやって見てると自分から動いてるようにしか見えないよね。 」
「確かに。本当は自然の波の流れに沿ってるんですよね。」
「黒田君はどの生き物が好き?」
「ジンベエザメ、ですかね。」
そうして少し先の大水槽を指差す。
そこには優雅に泳ぐジンベエザメの姿があった。
「あとはその周りのエイも大きな魚達も。基本的にみんな好きなんだと思います。ジンベエザメも好きですが、大した思い入れがある訳じゃないんです。 」
「•••もしかして、水族館はあまり好きじゃなかった?」
「いえ。ただ、白石さんと来るまではいい思い出がなかっただけです。今は凄く久しぶりに楽しいんです。こうやって、誰からの視線を気にしないでいい、穏やかに誰かと時間を共有できる。そんな当たり前があの頃にも欲しかったな、と。」
悲しげな視線の先でイワシの群れのショーが始まる。
「リナ、覚えてますか?」
「うん。渡辺君の妹さん、だよね?」
「はい。あまり自分でも話したくはないんですが、一時期どうしても外界と関わりを断ちたくて、引きこもってた時代があるんです。その頃は毎日が絶望に溢れていて、傍には渡辺とリナしかいなかったんです。そんな時にリナが他の人間になりきること、別の世界があることを教えてくれた。感謝はしているんです。あの暗闇から連れ出してくれたことも。それでもあいつは渡辺の大切な妹だから、それ以上には思えないんです。 」
突然の話にどう反応をすればいいのか戸惑う。
先日のことでリナさんは黒田君に好意があることを知ってしまったから。
「すみません、困らせてしまいましたね。」
「ううん。」
幼少期に黒田君自身に何があったのか、私は知らなくて、リナさんは知っている。
少し悔しいが、ここで無理に聞き出しては黒田君を傷つけることは明白だ。
だから、せめて今日が黒田君にとって良い日になればいいな、と思った。
「白石さん。」
「なに?」
急に黒田君が私に向き合う。
薄暗い中でも黒田君の目は綺麗だ。
「もう、気付いてるかもしれませんが、俺は、白石さんが」
「レオ君!」
私の視界にハッキリと黒田君の後方に立つリナさんが見えた。
そして私は今エサやりを1人でしている。
「はぁ、かわいいなぁ。あー、ダメダメ、君はさっき食べたでしょう。欲張りは駄目だよー。」
エサやりをしていると独り言が増えてしまう。
(黒田君、大丈夫かな。)
カワウソのエサやりコーナーを見ると黒田君とリナさんの姿が見える。
どうして譲ってしまったのかわからない。凄く胸が痛い。
それでも黒田君がいいかけた言葉の先とリナさんの気持ちを天秤にかけた時、やはり過去を知るリナさんの好意に私は勝てないと直感した。
(完全に偽善だ。しかも後悔もしてる。もー、私の馬鹿。)
そんな時、鬼塚君からメッセージが届く。
【今から行くから!もうちょい辛抱して!】
(そういえば、一度も連絡したことはないが、あの日連絡先交換してたっけ。)
しみじみと黒田君と出会った時のこと、初めて出掛けたこと、色々なことを思い出した。
(まるで死ぬ前の走馬灯みたい。)
なぜ彼が一緒に居てくれるのか、私に好意を抱いているのか、わからない。
それでも、
(神様、どうか•••。)
祈らずにはいられなかった。
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