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春の匂いがする午後だった。
廊下の窓から入る風に、カーテンが揺れる。
その中心にいるのは、いつもの🖤。
「🖤くん、今日の放課後空いてる?」
「写真撮ってもいい?」
「次の体育祭、絶対リレー出てよ!」
笑って、頷いて、軽くかわす。
それが彼の日常だった。
——でも。
(……つまんない)
心の奥は、いつも静かだった。
誰に優しくしても、
誰に囲まれても、
自分の“特別”にはならない。
そんなときだった。
視界の端に、ひとりで立つ人が映る。
💙。
黒縁メガネ。少し長めの前髪。
騒がしい空間に溶け込まず、ただ静かに本を抱えている。
一瞬だけ、目が合った。
けれど、すぐ逸らされた。
その動作は、嫌悪でも緊張でもない。
ただ「興味がない」という感じ。
それが、妙に引っかかった。
(俺のこと、見ない人いるんだ)
その日、🖤は初めて、誰かを目で追った。
気づいたら、図書室の前に立っていた。
理由は分からない。
ただ、あの人がいそうな気がした。
静かな空間。
ページをめくる音だけが響く。
窓際。
いた。
夕陽に照らされながら、本を読む💙。
横顔が、思ったよりずっと綺麗だった。
派手じゃない。
でも、柔らかくて、落ち着いていて。
「……先輩」
声をかけると、ゆっくり顔が上がる。
「え……あ、なに?」
少し戸惑った目。
「隣、いいですか?」
断られるかもしれないと思った。
でも、💙はほんの一瞬迷ってから、小さくうなずく。
それだけで。
胸が、変に熱くなった。
「先輩、よくここ来るんですか」
「……うん」
「何読んでるんですか」
「小説」
短い返事。
でも無視されないだけで、妙に嬉しい。
🖤は気づく。
自分が、こんなに緊張していることに。
いつもは相手が話題を振ってくる。
いつもは笑えば空気が動く。
でも💙は違う。
無理に笑わない。
媚びない。
ただ、そこにいる。
(……落ち着く)
初めてだった。
誰かの隣にいて、演じなくていい感覚。
帰り際。
「また来ますね」
何気なく言ったつもりだった。
でも💙は、少しだけ目を丸くする。
「……好きにすれば」
素っ気ない。
なのに、拒絶ではない。
🖤は図書室を出たあと、廊下で立ち止まる。
胸の奥が、妙に温かい。
(なんだこれ)
楽しいわけでもない。
派手なこともない。
ただ隣に座っただけ。
それなのに。
その夜、ベッドの上で思い出すのは、
夕陽の中の横顔だった。
「……やば」
初めて。
誰かを、ちゃんと気にしている。
退屈だった“王子様”の世界に、
静かなひびが入った瞬間だった。