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《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
モニターが青白く光る。
観測ログのグラフが、わずかに歪んでいた。
その波形を見て、城ヶ崎悠真は思わず息を止めた。
「……誤差じゃない。」
隣のデータ一覧に、AIが自動解析した結果が表示される。
Impact Probability:9.2%。
昨日より倍近い値だ。
「主任……!」
振り向いたが、白鳥レイナの席は空だった。
会議に出ているらしい。
モニターの隅でアラートが点滅する。
「NASA観測データ同期完了」。
アメリカでも、同じ値を出していることを意味していた。
――もう、“偶然”ではない。
《JAXA管理棟 会議室》
白鳥は、上層部の幹部たちを前に冷静に説明していた。
「NASAとの照合結果。オメガの衝突確率は―約10%―に上昇しています。
これは統計的に無視できない数値です。」
部長が腕を組む。
「まだ確定ではない。外部発表は控えろ。」
「しかし、数値がこれ以上上がれば“接近確定”と判断するべきです。」
「“判断する”のは我々だ、白鳥君。」
白鳥は唇をかみしめた。
「では、少なくとも内閣には早期報告を――」
「やめておけ。」
別の上司が遮る。
「“万が一”違っていたら誰が責任を取る? 君か? 政府か?」
沈黙。
白鳥は何も言わず、会議室を出た。
その表情には、冷静さと怒りが入り混じっていた。
《JAXA解析室》
白鳥が戻ると、城ヶ崎が立っていた。
顔は青ざめ、手にはメモリデバイス。
「主任……これ、見てください。」
画面に映る軌道グラフは、まっすぐ地球に伸びていた。
「この角度、誤差ゼロ。計算上、“衝突確定”です。」
白鳥は目を見開く。
「このデータ、どこから?」
「NASAとの同期データです。
AIの補正値も一致しました。」
白鳥は震える声で言った。
「……これを公式報告に回した?」
「はい。でも、さっき上司から“提出禁止”のメールが。」
画面にはその文面が残っていた。
“社外持ち出し禁止。データ削除のこと。”
「削除……?」
白鳥の声が低くなる。
「このデータは命に関わる。隠すなんて……。」
「主任。もし、このまま上が黙殺したら、僕たちはどうしますか。」
白鳥はしばらく沈黙し、ゆっくりと言った。
「……私は科学者として正しい手順を踏む。
でも、あなたが“別の手段”を取るなら――止めない。」
城ヶ崎の目が揺れる。
「それって……。」
「ただし、誰かを傷つけるなら、それは正義じゃない。」
白鳥は背を向けたまま、静かに言った。
「――今夜のことは、何も見ていない。」
城ヶ崎は拳を握った。
真実を出すか、黙って従うか。
その選択を迫られていた。
《日本・総理官邸》
夜。
鷹岡サクラは官邸の執務室で報告を受けていた。
「オメガの確率が上がっています。」 と藤原。
「どの程度?」
「10%前後。まだ“正式報告”ではありませんが。」
サクラは書類を置いた。
「つまり、JAXAの中でも意見が割れてるってことね。」
「はい。公表すればパニック。黙れば責任問題です。」
広報官の中園が口を開く。
「総理、SNSではもう“NASAが隠してる”という噂が拡散中です。
“オメガ”という単語も出ています。」
「情報封鎖が逆に“火”をつけたのね。」
サクラは考え込みながら言った。
「真実は隠せば爆発する。でも、出せば恐怖になる。
――どちらも地獄ね。」
藤原が冷静に言う。
「その“間”で耐えるのが、政治家の仕事です。」
「そうね。けど、国民がパニックになる前に、信じる言葉を準備しておかないと。」
サクラは静かにメモに書いた。
“隠すのではなく、守るために遅らせる。”
その言葉が、果たして正しいのか。
彼女自身にも、まだ分からなかった。
《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス 観測棟屋上》
深夜2時。
城ヶ崎は一人、夜空を見上げていた。
月のそばに、ほんの一瞬、流れる光。
“あれがオメガかもしれない”と想像して、背筋が震える。
スマートフォンの画面が光った。
SNSアカウント作成ページ。
指が、ゆっくりと名前欄に打ち込む。
ユーザー名:@truth_is_light(真実は光)
投稿欄に、まだ何も書かれていない。
だが、城ヶ崎の胸にはもう決意があった。
「国民には、知る権利がある。」
風が吹いた。
夜空の向こう、見えないオメガが地球へ近づいている。
そして、ひとりの青年の“沈黙”が、崩れ始めた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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