テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
993
金曜日。初デート(?)に戸惑っていた俺に、あいつは「俺、この後フットサル行くんだよね」と事もなげに言い放った。謝ってはいたが、予定を変える気は毛頭ないらしい。いや、別に俺、お前と付き合ってねぇし。お前が一方的に話進めただけだろ。「ごめん」も何もないんだよ。
「いっちゃん先輩! おはようございます!」
「いっちゃん先輩! おはようございます!」
週明けの朝、背後から駆けてきたのは、あの日以来毎朝声をかけてくれるようになった「うさちゃん」こと、さやちゃん。ともやは……アレだな。
「おはよ、うさちゃんと、ゴリちゃん」
「ゴリちゃんはないでしょ? 俺、こんなに可愛いのに」
わざとらしく両手をグーにして頬に当て、唇を尖らせるともや。腹立つ。そのグー、一生取れないようにボンドで貼り付けてやろうか。
実はあの後、ともやにだけは事の顛末を話した。金土日の三日間、既読無視を決め込むのが精神的にキツすぎて腹を壊したからだ。情けないが、俺にはこいつのノリが必要だった。
「あ、私も思ってました! ともや先輩って、身体は大きく見えるけど意外と華奢なんですよね。お顔も可愛いと思います。例えるなら……」
「例えるなら?」
「クアッカワラビー!」
「なにそれ、山菜の名前?」
「ばっか、動物の流れだろ」
「そっか!!」
「てか、ともやの口から山菜って出てきたのもびっくりだわ」
相変わらずの天然ぶりに呆れる。普通にしていればモテるのに、なぜわざわざイカつい格好をするのか。スマホで画像を検索したともやの顔が、パァッと明るくなった。
「ふふんっ、さやちゃんありがとぉ」
「いいえ~、どういたしまして~」
うさちゃんに笑いかけられ、一重のタレ目がさらに地面へと垂れ下がる。
なんなんだ。お前、絶対うさちゃんに惚れただろ。
「……おはよう、いっちゃん」
不意に、横を通り過ぎざまに声がした。いつきだ。
「あ……おはよ」
俺たちの様子をチラリと横目で確認して、あいつは足を止めずに歩いていく。
チャンスだ。
「うさちゃん、挨拶! 今!」
「あっ、えっと……おはよう……ございます……いつき先輩!」
小さな叫びのような挨拶。聞こえたのかはわからない。ただ、カバンの持ち手を握っていたあいつの指が、一瞬だけピクリと浮いた気がした。
「……急すぎて、間に合いませんでした」
ひんっと口角を下げて泣き真似をするさやちゃんを、ともやが必死に励ましている。
いや、絶対聞こえてたぞ。指、絶対動いたもん。……握り直しただけかもしれないけど。
「大丈夫。まだ日はあるんでしょ?」
「……はい、頑張ります!」
「うん、いい子」
頭を撫でようとした瞬間、ともやにバシッとはたかれた。なんだよ。お前だって触りたいの我慢してるくせに。
♢♢♢
「……いっちゃん、あの子と付き合ってんの?」
放課後の誰もいない教室。いつきの口から出た言葉に、俺は呆れて声を上げた。
「は? あの子が好きなのはお前だろ?」
そんな分かりきったことを聞くな。
正直、最初の「約束の金曜日」である今日、どさくさに紛れて帰ってやろうと思っていた。靴箱まで一緒だったともやには、先生に呼ばれたとかなんとか適当な嘘をついて先に帰した。放課後デートなんて、流石の親友にも言えるわけがない。
「……ふぅん」
「……なんか今日、元気なかったじゃん。なんかあった?」
「……珍しいね。いっちゃんが俺に優しいの」
今日、初めてあいつの笑った顔を見た気がした。というか、俺は一日中こいつのことを見ていたのか? 気持ち悪い、自分に引く。
「普段喋らないからそう思うだけだろ。俺は誰にでも優しいんだよ」
「……そうだね。いっちゃんは優しい。そんなクールな顔してんのに優しくされたら、嬉しくなっちゃうもんね。……今日も帰っちゃったかと思ったけど、待っててくれて嬉しかった」
俺の隣の机に座り、手元をいじいじとしているいつき。なんなんだ、先週の余裕はどこへ行った。調子が狂う。
「あ……手紙、読んだの? 返事返した?」
「……いや、読んだけど返してない」
「……早くしてやれよ。今日の様子見てっと、あの子相変わらずお前のこと大好きすぎたぞ。可哀想になるわ」
「……返事はいらないって書いてあった。だから返してない」
「……そうなの? じゃあしょうがないか。わざわざフラれる返事を聞くのも辛いもんな」
「……フラれるって、なんでわかるの?」
「……はぁ!?」
思わず声が裏返った。だってお前、付き合いたいなら「いらない」と言われても返事をするだろう。それに、お前は俺のことが好きだって言ったじゃん。金曜のデートまで取り付けて。
え、何? 俺のことを捨てようとしてんの?俺の立ち位置、今どうなってんの?
「俺ら、付き合ってんじゃねぇの!?」
口走ってから、しまった、と思った。いつきが「ふふっ」と今日一番のヘラヘラ顔を見せる。
「……ふふっ、そうなんだ」
「いや、『そうなんだ』じゃねぇよ!」
心配して損した。この阿呆!
「……俺、こないだ興奮しちゃって、あんまり何言ったか覚えてないんだよね。でも良かった。ちゃんと告白して、付き合うことになってたんだ」
おい、余計なことを言うなよ、俺。上手くいけば無かったことにできたはずなのに。
「でもお前、あんなに流暢に喋ってたじゃん! しかも俺よりフットサル優先したし!」
「うん。なんか嬉しすぎて恥ずかしくなっちゃって。フットサル、本当は夜からだったんだけど、早く帰っちゃった」
――お前、どんだけ俺のこと好きなんだよ。
腕にじわじわと鳥肌が立ってくるのを感じながら、俺は赤くなった顔を隠すように窓の外へ視線を投げた。