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「おーし。
角河竜討伐の書類、
終わったぜ」
冒険者ギルド支部でジャンさんが、自分が仕留めた
獲物についての処理手続きを済ませる。
「あれ?
シンさんと一緒に倒したんじゃないッスか?」
その書面をのぞきこんだレイド君が疑問を
口にすると、
「いえ、今回はギルド長の単独撃破です。
というか私の能力を使う間もなく―――
一刀両断でしたから」
「うわー……
アレをですか」
私の答えに、ミリアさんがやや引く。
「仕方ねえだろう。
俺もあそこまでとは思わなかったんだよ。
あのミスリル銀のショートソード―――
ちょっと使えねぇわ、ありゃ。
よほどの事が無い限り封印だな」
白髪交じりの頭をガシガシとかきながら、
ジャンさんが渋面を作る。
「でも、それだけ威力があるって事ッスよね?」
褐色肌の黒髪の青年が聞き返してくるが、
「あんなに威力があると、周囲を巻き込んじまう。
あれじゃまるで範囲攻撃だぜ。
接近戦用の武器の利点は、識別しての単体攻撃が
可能な点にある。
正直に言って汎用性が全くなく、使いどころが
限られるシロモノだ」
ゲームのように味方の当たり判定が無いとか、
そんな都合良い事はリアルではないからなあ。
一人無双出来るシチュエーションでもなければ、
あの武器で活躍するのは難しいだろう。
ミリアさんは丸眼鏡をくい、と直すと、
「でも、お肉の臨時獲得は素直に嬉しいです。
しかもエンペラー・ゲイターよりお肉が確保
出来そうだと報告が来てますからね」
ワニは硬いウロコがある上に平べったいから、
思ったより可食部が少なかったらしいが……
確かにあのカバタイプの魔獣は食べられるところが
多そうだ。
「味はどうなんですかね?」
「以前食った事があるが、ボーアの肉を
淡泊にした感じの味わいだった。
まぁ悪くはねえぞ」
やっぱり食べた事あるのか、ジャンさん。
「シンさんはどうッスか?
アレに似た動物とかは―――」
「カバという似た動物はいましたけど、さすがに
食べた事はありません。
体の大きさも……
あの1/3といったところでしょうか」
レイド君の質問に答えると、今度は妻の
ミリアさんが、
「ベヒモスは食べない……メモメモ」
「あの、魔物そのものがいない世界ですからね?
というか、その記録に何の意味が……」
私の問いに、ギルド長がずい、と身を乗り出し、
「一応、本部から情報収集しておけって
言われているからな。
業務の一環だよ、業務の」
微妙な表情になる私を前に―――
ギルドメンバーは微笑んで、報告は終了した。
「シン、お帰りー」
「こっちも解体の手伝い終わったぞ」
「ピュー」
西地区の自分の屋敷へ戻ると……
メルとアルテリーゼ、そしてラッチが出迎えて
くれた。
「2人ともお疲れ様。
今回はエンペラー・ゲイターよりもお肉が
取れそうって話だけど」
するとアジアンチックな顔立ちの方の妻が、
「あー、そういえばそんな事言ってた」
次いで欧米モデルのようなプロポーションの
もう一人の妻も、
「そのまま配っても全員に行き渡ると言って
おったのう。
まあゲイターの時のようにひき肉にすれば、
いろいろと使えるであろう」
「ピュウ」
ラッチも母に続いて、小さなシッポを
振りながら会話に参加する。
しかし―――
確か今の公都の人口は二千五百超だから、
かなり取れたんだな。
「それに……
また周辺にも配らないといけないからね。
近いうちに食料運搬チームが組まれると
思うから、頭の片隅にでも入れておいて」
「りょー」
「うむ」
「ピュッ!」
その日の情報共有を終えた私たちはその後、
家族団らんの時間に入った。
「うーん……」
「ホントにあの湖みたい」
「たいしたものよのう」
「ピュルルゥ」
数日後―――
食料運搬の派遣隊となった私たちは、
前回のパック夫妻のルート……
カート君たちの生まれ故郷の村経由で、
ラミア族の湖とその近くの村・ロッテン元伯爵様の
別荘へ食料を届ける事になったのだが、
その帰り道……
再びカート君たちの故郷の村に滞在していた。
「お仕事はだいたい終わったんですよね?
ゆっくりしていってください」
カート君が私たちをもてなしながら話すが、
「いや、せっかく彼女のために作った
新居でしょう?
長く邪魔をする気はありませんよ」
「そ、そんな……」
彼の隣りにいるラミア族の少女が、顔を
真っ赤にして答える。
彼女の名前はミナハさん。
カート君と恋仲になった女性で―――
ラミア族は結婚するならウチの住処へ来てもらう、
という前提条件。
ただ、まだお付き合い期間である彼らは、
こことラミア族の湖を、一緒に往復して
いたのだという。
しかしやはり彼女は、湖の中の水中洞窟の方が
暮らしやすいらしく……
一時期体調を崩していたらしい。
そこでカート君は一念発起。
火魔法と土魔法がそこそこ使え、身体強化も
一応あるので、
村の外れに直径五メートル、深さ十メートルほどの
穴を掘り、
さらに水中洞窟と同じように、水の入らない
横穴を設けて火魔法で焼き固め―――
家財道具一式を運び入れた後、水は近くの川から
調達し、
(水魔法を使わなかったのは、なるべく自然に
近付けたかったからとの事)
ラミア族の住居を再現したのであった。
「最初見た時はびっくりしたけど……
すごいとしか言いようが」
「バンやリーリエ、村のみんなにも
手伝ってもらいましたから!」
ガッツポーズのように構える茶髪の青年は、
少年のような表情をし、
その横で薄い青の髪を短めのポニーテールに
まとめたラミア族の彼女が恥ずかし気に
うつむいていた。
「ラミア族の恋人がいるとは聞いていたけど、
まさかここまでするとは」
(■108話 はじめての しょうゆ参照)
「愛よのう」
「ピュピュ~」
家族も感心してカート君を称える。
ちなみに地上への連絡通路兼通気させる穴も
当然あり、私たちはそこを通って案内された。
セキュリティとしては彼らの湖と比べると
落ちるが、まあ仮住まいのようなものだし、
ここではそれくらいでいいのだろう。
「そういえばこの事について、ニーフォウルさんや
他のラミア族の方々は何か……」
別の場所に住処を作ってしまうという事は、
彼らの前提条件が崩れてしまう可能性もある。
聞き辛い事だが一応聞いておかねば―――
と思っていると、
「んー、特には言われませんでしたね」
「あ、でも……
公都でも同じような住処が作れたら、
という事を言っていたような」
そう来たかー。
確かにラミア族と彼女たちを慕う子供たちの
往来もあるし……
亜人や人外が増えてきた事で、何らかの専門施設が
必要ではないか、という声は上がっている。
今のところ完全に人間に合わせてもらっているし、
ゆくゆくは、と思っていたけど―――
いい機会かも知れない。
今度公都に掛け合ってみるか。
「じゃあ……そろそろ失礼します」
「あ、ありがとうございました」
いったん地上へ出ると、改めてバン君や
リーリエさんも合流、別れのあいさつをし、
こうして私たちは食料運搬の任務を終えて、
公都『ヤマト』へ帰還する事にした。
「えー、では公都『ヤマト』における―――
亜人や人外の専門施設についての会議を
始めたいと思います」
一週間後……
集められる限りの各種族の代表を招く事になった。
ジャンさんにまず相談したところ、
言い出しっぺの私が事情説明と意見調整して来いと
言われ、
ひとまず自分の屋敷へ来て頂き……
食事がてら話を聞く事にしたのである。
「何か、こちらが話の発端のようで申し訳ない。
シン殿」
濃い青色の短髪をした筋骨隆々の上半身をした、
ニーフォウルさんがラミア族の代表として、
「俺が参加してもいいだべか、シンさん」
丸っこい熊を思わせる巨体と、対照的に
遠慮がちに話すボーロさん、
「シン殿の言う事です。
悪い話ではないはず」
赤毛の髪に、猫のような耳としっぽを持つ
ゼンガーさんが獣人族代表として座る。
「何なに?
また『はろうぃん』のようなお祭りでも
するのー?」
両腕を翼のようにした、ハーピーの女性が
好奇心全開の目で私を見つめる。
「えーと……テルリルさんでしたっけ。
今回はそういうお話では」
「ちえー、そうなんだ。
まあ、あーしは長老たちから話を聞いてくる
ようにって言われているからさー」
ピンク色の髪を、エアリーボブ、とでもいうの
だろうか―――
肩までまとめたそれを振ってイスに座り直す。
「そういえば……
シンさんのお屋敷は久しぶりですね」
「あら、ムサシ君。
ここへ来た事が?」
「まだ僕が人の姿になる事が出来なかった頃、
お風呂を借りに来てました」
ワイバーンの代表として、青みがかった短髪の
少年、ムサシ君と……
その婚約者、アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢が
夫婦のように隣同士で席に着き、
「そういえば私たちの家にも来てましたね、
ワイバーンたち」
「ドラゴン用のお風呂がありますからね。
こことわたくしたちの家には」
パック夫妻の言葉に、パープルの長い
ウェービーヘアーを持つ伯爵令嬢は、
感心しながらうなずく。
「ウチも魔狼の妻のために、お風呂は大きめに
しましたからね」
「一気に子供5人入れなければなりませんもの。
本当に助かってますわ」
ケイド夫妻の話に、メルが『ん?』と首を傾げ、
「あれ?
リリィさんのところって、3人じゃ
なかったっけ?」
そこで赤毛の短髪の夫がコホン、と咳払いし、
「リリィが公都に来る前に産んでいた
子供たちですが、今は正式に私の子供として
家族に登録されています」
「それに、やっぱり上の子がいると助かります。
いつもは児童預かり所にいるのですが、
家と半々の生活をしてくれていますので」
ダークブラウンの長髪に、陶器のように白い肌の
妻が、母親の顔で語る。
そういえば、元々いた魔狼の子供たちはいずれは
妻の連れ子として―――
魔狼ライダーの夫婦に組み込むって話が
あったっけ。
人間の生活というか社会に合わせるなら、
それに越した事はないだろう。
幸い、うまくいっているようだし。
「しかし、各種族と言っておったが……
ここにおるのはラミア族に魔狼、獣人、
ドラゴンにワイバーン、ハーピー族だけ―――
他は呼ばなくても良かったのかの?」
「ピュウ」
アルテリーゼの言う通り、魔族やフェンリル、
アルラウネにアラクネの面々は同席していない。
ただこれは排除したのではなく、
「魔族の方々は元々人間に近い生活をして
いたし、ラウラさんやアルラウネの人は
今のところ単体だし、特殊過ぎて。
ルクレさんは今やチエゴ国の守護獣みたいな
扱いだから……
精霊様たちはまあ―――
今の生活に不満は無いんじゃないかな」
「で、でもそれなら……
俺ら獣人族も特に不満などありませんが」
ボーロさんが申し訳なさそうな表情で話すが、
「獣人族の方も人間に近いという事も
ありますので、それほど生活の差は
無いのでしょうが……
ただ今後の事―――
もっと言えば次の世代の事を考えますと、
各種族に適した住居はあっていいと思います」
「次の世代、ですか?」
ゼンガーさんが聞き返してくる。
「ええ。
すでにケイドさんとリリィさんの間には、
子供がおりますし……
カート君とミナハさん、ティーダ君と
ルクレさん、ムサシ君とアンナ様……
パックさんとシャンタルさん―――
私とアルテリーゼの間にもいずれ子供が
生まれるでしょう」
この中で一番若いムサシ君と伯爵令嬢は、
顔を赤くして聞いているが……
そう遠い話ではない。
「今のところ、どの種族も人間の方に合わせて
もらう形になっています。
でも、バン君はラミア族の住処と往復の
生活をしていますし、アンナ様もワイバーンの
巣のある岩山へ機会があれば行ってますよね?
だから将来を見据えて―――
こちら側としても異種族の生活に慣れる場所が
必要だと思ったのです」
ふむふむ、と各種族の代表は耳を傾ける。
「そしてこれは、何も人間だけに限った事では
ありません。
現に獣人族のティーダ君は、フェンリルの
ルクレさんと婚約しました。
魔狼とラミア族、ワイバーンと獣人族……
ラッチももしかしたらハーピー族と結婚する
可能性だってあるわけです」
「なるほど。
で、公都の中か近くにそういう施設を作って、
各種族の生活様式に慣れておこうってワケね」
メルの言葉にゼンガーさんが続き、
「そういや、新しくやってきた魔狼たち、
故郷の森にたまには里帰りしたいって
言ってましたっけ。
もしそれについて行くとなれば―――
森での生活はある程度、経験しておいた方が
いいでしょう」
次いでテルリルさんが片方の翼をバサッと上げて、
「はいはーい!
じゃあ、あーしからの提案!
巨大な樹が欲しいでーす!」
確かハーピー族がいたのは、大木が生い茂っていた
森だったな。
極端ではあるが、こういう提案が欲しいのだ。
そういう意味では良い呼び水になってくれた。
「こういうふうに、自分たちの生活に何があれば
便利だとか、そういう意見が聞きたいんです。
出来る出来ないは今のところ置いておいて、
何でもいいので言ってみてください」
「で、では……
ラミア族は先ほども話があった通り、
水場を―――」
そしてニーフォウルさんを始めとして、
各種族が意見を出し始めた。
そして……
食事もしながらなので、少し時間がかかったが、
大方の意見は出揃った。
「ふーむ……
やはりというか、今より自然環境に寄る形
ですね」
ラミア族は大規模な水場と水中洞窟を、
ハーピー族は高い巨木、
魔狼は林のような木々のある場所を、
ワイバーンは小高い岩山、
獣人族は山か森のような、自然素材が豊富に
採取出来るところが近くにあれば、
という事だった。
「こうして見ると、ハーピー族・魔狼・
獣人族の要望が似通ってますね」
アンナ伯爵令嬢が感想を語り、
続いてムサシ君が、
「そういえば、ドラゴンの方々は?
何も要望が無かったように思えますけど」
それを聞いたアルテリーゼとシャンタルさんが、
同時に両腕を組む。
「とは言われてものう~」
「ピュ~」
「基本的にわたくしたち……
どこの環境でも生きていけますので」
生命力と戦闘力がトップクラスだからなあ。
そのおかげで引きこもりがちになってしまっている
わけだが。
「まー山とか岩山は厳しいとしても、
それ以外は何とかなりそうだね。
ハーピー族の森から大木をいくらか
持ってくれば、それで森というか
林みたいなのは出来るだろうし」
メルがあっさりと話すが―――
実際こちらにはドラゴンという、長距離飛行と
大量の物資を運ぶ手段がある。
「ラミア族の水場もカート君が再現しているし、
大規模にやれば可能でしょう。
近くに川もあるし、うまくやれば魚の養殖も
出来るかも」
「それはいいですね。
子供たちに、魚を獲る事も教えられます」
私の説明に、ニーフォウルさんも賛同してくれる。
「ムサシ君はどうします?
他に何か」
「う~ん……
僕としては、広いお風呂さえあればって
感じなんだけど」
ワイバーンの少年と伯爵令嬢が話し合い、
「いっそ人外専用の巨大な浴場でも作るかの?
ドラゴンだろうがワイバーンだろうが入れる」
「それはなかなか魅力的ですね……
私も魔狼の姿に戻ったら、結構な大きさに
なってしまいますので」
ドラゴンと魔狼の人妻がお風呂について語り始め、
和やかな雰囲気の中、種族間会議は終了した。
「お邪魔しましたー」
「ご馳走様でしたー」
「失礼しまーす」
各種族の代表があいさつして屋敷を後にし、
「あ、獣人族の方は―――
ちょっとカレー……ボーロの事でお話が
ありますので」
と、ゼンガーさん・ボーロさんにはそのまま
残って頂いた。
改めて二人と向かい合って座り、本題を
切り出す。
「ボーロってアレですよね?
何か問題でもありましたか?」
「みんな喜んで食べてくれていると思っただべが」
そこで私は頭を下げ、
「えーと、ボーロ自体については問題ありません。
それはただの口実と言いますか。
今回のお話について、です」
何かを察したかのように、二十歳そこそこの若者と
四十代くらいの獣人は身を固くする。
私はそこで深く息を吐き―――
「まずこの話の真意として、種族の分離や区別、
差別的な意図は無いと申し上げておきます」
ゼンガーさんとボーロさんは、私の言葉に
息を飲む。
同時に、やはり警戒はしていたかと……
追加説明の必要を痛感した。
「え? どゆこと?」
「わざわざ言う事でもなかろう?」
「ピュピュ?」
家族がツッコミを入れてくるが、事はそう
簡単な話でもない。
ラミア族に一人保護されたエイミさんや、
大人のオスが全滅して人間との共存を選んだ
魔狼たちとは異なり―――
獣人族は実際に、被差別対象だった歴史がある。
だから今回の話を素直に受け止めてくれれば
いいが、深読みされたり疑念を持たれたりする
可能性があった。
「すいません。
シンさんがそんなお人ではない事は、
わかっているのですが」
「仲間にどう説明したらいいものか、
悩んでいたところだべ。
極端に反応してしまうヤツもいないとは
限らないから……」
ジャンさんに『獣人族にはフォロー入れておけよ』
と言われていたが……
その通りにして良かったと思う。
「それは仕方ないと思います。
私も少し新生『アノーミア』連邦であった事を
勉強しましたが……
根が深い問題ですからね。
ただこれを機に、獣人族の住む場所や権利を
制限するとかはありません。
それだけは約束します」
今後も今まで通りの生活を保障する、
そう申し出るが、
「俺たちはシンさんを信用してますし、
それはわかるのですが」
「問題はどうそれを、みんなにわかって
もらえるかだべ……」
「デスヨネー」
ゼンガーさんとボーロさんの返しに頭を痛める。
実際、ウィンベル王国には獣人はほとんど
いなかったというし―――
公都でも差別らしい扱いは受けていないと思うが、
それでも全員が人間を信用しているかというと……
こういうのは心や思想の問題でもあるから、
これといった正解や解決策はない。
「次の世代のためにも、風通しを良くして
おきたいんですが……」
私は眉間を指で押さえる。
「申し訳ねぇだ、シンさん」
「いえ、いずれは突き当たる問題でした。
それにこれは人間の方の問題でもあります。
ウィンベル王国はともかくとして―――
人間側の差別意識もあるわけですから。
だから獣人族に対するイメージを、
覆すような何かがあれば」
話が思いもよらない方向へ飛んだけど、ここで
お互いの不信感は拭っておくに越した事はない。
となると文化的な側面―――
演劇や映画、歌謡などでイメージアップは
考えられるけど……
獣人族、いや亜人や人外が『憧れ』をもって
もらえるような事は―――
「そういえば、獣人族は基本的に人間よりも
身体能力が高かったですよね?」
「お?」
「何か思いついたか、シン」
「ピュ?」
私の言葉に家族が反応し、次いで獣人族の二人が
身を乗り出した。
「何でもやりますよ!」
「おっしゃってくださいだべ!!」
彼らを前に、私は説明を始める。
「ええと、私の故郷にこういう文化というか
スポーツがありまして……」
一週間後―――
冒険者ギルド支部、訓練場。
そこに観客が満員御礼で詰まっていた。
「獣人族同士がやるんだってよ」
「へぇ。
なかなか面白そうじゃん」
「しかし何だあれ?
妙なヒモが張られているけど」
その客の指摘通り、試合場となった檀上には、
四方にロープが張られ……
床は白い布の下に綿が敷き詰められた、
いわゆる『リング』になっていた。
客席がざわめく中―――
最上段のレイド・ミリア夫婦から、
拡声器で今回のイベントの概要が伝えられる。
『えー、それでは……
獣人族による『神前戦闘』を行います。
これは古来、獣人族が神に捧げる模擬戦であり、
儀式・催しであり―――
この度、公都『ヤマト』で復活を遂げました。
では選手の入場です!!』
そこで音楽の演奏がスタート。
まんまプロレスの入場だが、儀式といえば
納得するだろう。
『東より、アムール選手の入場!!』
ミリアさんの声と共に、真っ赤なローブに
全身を包んだ獣人族の男性が姿を現す。
どよめきが沸き起こる中、彼はゆっくりと
歩をリングへと進め……
途中からダッシュになり、その身体能力を
使って、五メートルほどジャンプし、
コーナーポストの一角に飛び乗った。
その跳躍力に観客のボルテージは上がり、
『続いて西より、ジャワ選手の入場!!』
そしてまた別の入場曲と共に、反対方向から
選手が現れる。
彼はそのまま歩いてリングまで到着。
リングの前まで来ると―――
「うおおっ!?」
「すげぇ!!」
その場からジャンプし、空中で前転二回しながら
リングイン。
完全にパフォーマンスだが、観客のウケは上々だ。
そして二人の選手がローブを脱ぎ捨てると、
「な、何だありゃ!?」
「かっこいいー!」
「誰あれー!?」
客席が一層沸き返る。
二人の選手の顔と、裸になった上半身には、
毛を剃った地肌の上に、ペイントが施されて
いたからだ。
『えー、この『神前戦闘』では……
神に祈りを捧げるため、それぞれの方法で
自らを飾るそうです。
また本名ではなく、特別な名前での
対戦が行われます。
さらに遠距離魔法は認められず、肉弾戦のみの
戦いになります。
勝敗についてですが―――
裁定役となる審判が試合を見極め、
相手が負けを認める、もしくは背中を
床に付けて審判に3つ数えられたら、
敗北となります』
レイド君のアナウンスで、一通りのルールと
決着の方法が説明され、続けてミリアさんが、
『また保護者、ご両親の方々に注意があります。
この『神前戦闘』は、特殊で過酷な訓練を受けた
獣人族にしか許されておりません。
決してお子さんが真似をしないよう、
ご注意をよろしくお願いします』
そして一呼吸置いて、
『審判は当ギルドのゴールドクラス―――
ジャンドゥが行います!
ではアムール選手、ジャワ選手。
中央へ!』
そこでジャンさんもリングに上がり、
この日のために作ってもらった『ゴング』が
鳴った。
「おぉ、始まったね」
「しかしすごい盛り上がりじゃのう。
演出を付けると、これほど面白くなるとは」
「ピュー!」
私は家族と一緒に、やや上の観客席から試合を
ながめていた。
実はあの選手の一人……
アムールというのはゼンガーさんである。
何人か体格の良い獣人族を選抜し、
知っている限りのプロレス技を教え、
また、
『攻撃手段に魔力・魔法が使われる事など、
・・・・・
あり得ない』
として、私の『無効化』能力を使用。
何度か試行錯誤はあったものの、条件無効化に
成功し、
安全に試合を行えるようにしたのである。
もちろん、慣れてくればそれ無しでも行って
もらえるようにするつもりだが―――
「何だ何だ!?
あんな事が出来るのか!?」
「うわ……っ。
首に受けて一回転したぞ!
大丈夫か?」
コーナーポストから飛んで、ドロップキックを
したり、またラリアットを喰らって、その場で
一回転して倒されるなど、
地球とも遜色のない攻防に、観客は盛り上がる。
そしてフォールが入る度に―――
「「「いーち!!」」」
「「「にー!!」」」
と、みんなでカウントを数え始め、全員が
手に汗握る展開となる。
防御に身体強化は使えるのでダメージは
無いはずだが……
殺陣のように痛みや効いている演技をして
いるので、観客は固唾を飲んで見守っていた。
遠い客席にもアピールするため、ロープワークや
コーナーからの飛び技を多用し―――
最終的にはフラフラになったアムール選手……
ゼンガーさんの背後を、相手のジャワ選手が
とらえて、
「あっ!!」
「おおっ!?」
いわゆるジャーマンスープレックスで投げ、
そのままの体勢を維持し、すかさずジャンさんが
カウントを始める。
「「「いーち!!」」」
「「「にー!!」」」
「「「……さん!!」」」
そしてゴングが打ち鳴らされ―――
『ただ今の『神前戦闘』……
決め手は後方反り投げにより、
ジャワ選手の勝利です!!』
レイド君のアナウンスで、観客席からひと際大きな
歓声が沸き起こり、この世界で初の『神前戦闘』は
終わった。