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「いやー面白かったぜ、アレ!
あー、俺もやりてぇなー」
公都『ヤマト』―――
冒険者ギルド支部の応接室で、施設のトップが
ソファに体を預けながら語る。
「すごい歓声だったッスからねえ」
「武器も遠距離魔法も使わない戦いが、
あんなに盛り上がるなんて」
レイド夫妻が、獣人族同士の『神前戦闘』の感想を
続けて語る。
あの試合の後……
改めて集まり、客の反応の共有と反省会を兼ねて、
話し合いの場を持ったのである。
「初めての試合でしたが―――
大丈夫でしたか、2人とも」
私は当事者である獣人族の選手たちに声をかけ、
「正直、緊張しましたね。
それにシン殿が、攻撃だけ『抵抗魔法』で
無効化してくれていましたので……
ケガの心配なく戦えました」
「ゼンガーさん、ノリノリだったじゃないですか!
俺としちゃそっちの方が……
試合の最中に、『もっと本気で来い!!』
『お前の実力はその程度かあー!?』とか―――
いやまあ楽しかったですけどね」
アムール選手ことゼンガーさんに、対戦相手の
ジャワ選手……
イルザークさんだ。
ゼンガーさんが猫タイプの獣人とするなら、
彼は虎タイプとでもいえばいいのだろうか。
元々の自毛には縞模様が入っていて、
それでタ〇ガーマスクを連想したのは秘密だ。
それを聞いていたメルとアルテリーゼは、
「あー、言ってたねー。
その度に客席が盛り上がってた」
「我も、よくあのようないろんな技や動きが
出来るものだと、感心したぞ」
「ピュイー!」
ラッチもシッポをパタパタと左右に振り、
興奮冷めやらぬ感じで、
「しかし、シンさんの故郷では……
あのような戦い方、技術があったのですか?」
ふとミリアさんが質問してくる。
「もともとは、投げやつかみを主した戦い方が
ありました。
背中を床につけるのも、1数えるだけしか
許されていません。
それを3つ数えるようにし、反則も5つ数える
までなら許容して打撃も取り入れ―――
『魅せる』戦いに特化したものがあれです」
室内の人間がフムフムとうなずく中、
「しかし、防御魔法が使え、攻撃に使う魔力が
無効化されていたとしても……
俺たち獣人族は基本的な身体能力は人間より
高いですからね。
シンさんの『抵抗魔法』が無かったと思うと、
ゾッとしますよ」
ゼンガーさんの言葉に私は首を傾げ、
「え? いや本気でやらないよう注意して
ましたよね?」
すると獣人族二名は目を明後日の方向に泳がせて、
「いや、最初はそうしてたんですけど……」
「途中からどうせ無効化されていると思って、
その、いろいろと」
どう言葉をかけたらいいのか悩んでいると、
「バカかてめーら」
ジャンさんがその白髪交じりの頭をかきながら、
一刀両断する。
「いずれは私の『抵抗魔法』無しでやってもらう
つもりなんですから……
自重してください」
私の追い打ちに、ゼンガーさん・イルザークさんは
しおしおと耳を垂れさせた。
「まあしかし、盛り上げてくれたのは確かだ。
『魅せる』戦い―――
模擬戦とはまた違った行事になるかも知れん」
「あれ?
でもギルド長、もともと模擬戦でも地味だとか
そういうの、気にしてませんでしたっけ」
そこで黒髪セミロングの、アジアンチックな
顔立ちの妻が、
「そういえば、イスティールさんの時―――
霧魔法は禁止だったような」
(■91話 はじめての ひきわけ参照)
「おお、確か我とメルっちが組んで、
2対2でやった時じゃな」
「ピュウ」
次いで欧米モデルのような体型の妻が、子供と
共に思い出しながら話す。
「いや限度があるだろうよ。
霧魔法で試合を見る事を出来なくされたんじゃ、
客を呼ぶ意味が無いだろうが」
苦笑しながらアラフィフの男が説明する。
まあそれ以前にも―――
あまり早く決着をつけるなとか言われた事は
あったけど……
イベントとして行うなら、それは当然の
配慮だろう。
「獣人族中心でアレはやっていく事に
なるだろうが―――
今のところ『選手』は何人くらいいる?」
ジャンさんが獣人の二人に問いかけると、
「シン殿の指導の下、俺たちを含めて5人ほど
いましたが」
「あの試合の後―――
俺たちの控室に若いのが5人ほど来て、
自分たちもやりたいと言ってきました」
という事は一気に二倍選手が確保出来そうなのか。
そうなるとタッグ戦とかいろいろ考えられるな。
そして獣人族の中にも、あの試合を見て……
憧れを感じた若者がいるという事だろう。
「若手が興味を持ってくれるのは有り難い
ですけど……
くれぐれも子供たちが真似しないよう、
注意してくださいね。
これはどの種族についても同じです」
私の言葉に、室内のみんながうなずく。
こうして一応の成功と―――
ある種の達成感をもって、会合はお開きとなった。
「しかし、見た事のねぇ技があんなにあるとはな。
あとどれくらいあるんだ?
それともアレで全部か?」
ゼンガーさん・イルザークさんが帰った後……
ギルドメンバーは書類手続きの手伝いと称して、
支部長室へと場所を移した。
ここで話し合うというのは、私の能力・秘密を
共有している、という前提でもある。
「いえ、ほんの一部ですよ。
私も全て知っているわけではありませんが―――
今回は見栄えを優先したので、締め技や関節技は
置いておいて、投げや打撃、アピールを中心に
教えましたけど、投げ技だけでも数百はあったと
記憶しています」
ゲームでも確かそれくらいはあったはず。
それを聞いた家族が『うわあ』『それはそれは』
『ピュー』と驚く声を上げ、
「あの体に付けたペイントも、シンさんの言う
『ぷろれす』で?」
陽キャふうの褐色肌の次期ギルド長が、
新たに質問を重ねてくる。
「そうですね。
あとどういうアピールをするかは、個々の選手に
任されていますので―――
強さとは別に、それで人気のある選手も
いました。
もちろん強さも必要ですが、それに加えて
人気も無ければやっていけない世界ですからね」
「そういえば、どちらも応援がすごかったですし、
決着がついた後も、2人とも称えられていた
気がします」
時期ギルド長の妻が、ライトグリーンの髪を
かきあげ、メモ用紙に書き込みながら語る。
「それに人数が増えれば、いろいろな対戦方法が
増えてきます。
2対2、3対3、勝ち抜き戦とかも」
「おう、そりゃあ盛り上がるな。
……って、複数対複数でアレやると
どうなるんだ?」
ギルド長が疑問を口にすると、
「基本的にはリング内での1対1で―――
交代しながらの戦いとなります。
また、負けそうになったりした時、味方が
妨害する事が可能です。
ですので、必然的に試合時間が長引きます。
交代した時に体力回復も出来ますので」
「あ、交代しながら戦うんだ?」
メルが興味津々で聞いてくる。
「うん。ただ交代のタイミングは任意だし、
乱戦になる事もあるよ。
2人同時に行うのが前提の技もあるし……
まあ今後に期待かな」
「2人同時に?
そんな技もあるのか」
「ピュウウ~」
アルテリーゼとラッチも話に入り、
「とにかく、月に何度か『神前戦闘』を
組んでみるか。
ある程度人気が出てきたら、各種族混合も
考えてみようぜ」
ジャンさんが話をまとめ―――
今日のところはこれでお開きとなった。
「では、クワイ国行きを希望する方々は―――
『乗客箱』へ乗ってください」
「『乗客箱』は2つありますので大丈夫です!
全員乗れますのでゆっくりご乗車ください」
一週間ほどして……
私はメルと一緒に、公都『ヤマト』郊外で、
人員整理を行っていた。
「申し訳ない、シン殿。
まさかこのような事態になるとは」
「子供たちも泣いていましたからね。
こうまで人間との仲が良くなるなんて」
クワイ国の森の魔狼の長であるロウさんと、
その妹のユキさんが、半ば呆れながらその光景を
見つめる。
実はそろそろ暖かくなってきた事もあり―――
また、彼らの受け入れは一時的という建前も
あったので、そろそろ生まれ故郷の森へいったん
戻ろうという話が出た。
以前からそれについては各国間で調整しており、
チエゴ国経由でクワイ国へ向かい……
ケンダル辺境伯家の子息、クロム様の開拓地へと
向かう予定だ。
これは魔狼の里帰りと共に、あの開拓地に
置いてきた、盗賊たちの『無効化』を解除
するためで―――
道中、チエゴ国でフェンリルのルクレさんを
乗せて、そのままクワイ国の開拓地へと向かう。
ただちょっと問題が発生していた。
それは先ほど、魔狼の兄妹が言った通り……
「魔狼の方々についていく、という人たちが
こんなに多いとは……」
「予想はするべきだったのかも知れないねー」
私とメルの言葉に、漆黒の短髪の美青年と、
銀色の長髪に鋭い眼光を放つ美女が、苦笑する。
『魔狼たちが里帰りする』―――
これを聞いて、パートナー志望の人たちが
殺到したのだ。
おかげで合計六十人ほどの大移動となり、
シャンタルさんに『乗客箱二号』を依頼。
さらにお土産や荷物は別枠でワイバーンに
運んでもらう事にして……
ようやく集団移送が可能になったのである。
「別に戻らないとは言っていないのだが……」
ロウさんが眉間にシワを寄せると、
「この機にもっと仲良くなっておきたいとか、
そういうモンでしょ。
そりゃ見逃さないって、こんな機会」
「確かに……
『どこまでもついていきます』っていう
意思表明でもあるからなあ」
メルに続いて、私もその考えを補足する。
それを聞いてユキさんが、
「あはは……
では、行きましょう。
よろしくお願いします」
私たちは最後にアルテリーゼの『乗客箱』へと
乗り込み―――
公都『ヤマト』の上空へと旅立った。
「シン殿!
それにドラゴン様にフェンリル様……
メルさんにティーダさんも。
ところで、そちらの方々は?」
チエゴ国でルクレさん・ティーダ君を乗せた
一行は、そのままクロム様の開拓地へ到着した。
「初めまして、パックと申します。
公都『ヤマト』で薬師をやっております」
「パック君の妻―――
シャンタルです。
アルテリーゼと同じくドラゴンです。
夫ともども、今後ともよろしく」
まずは共に白銀の長髪を持つ、パック夫妻が
あいさつする。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
まあいきなりドラゴン追加は驚くだろうなあ、
と思っていると―――
今度はユキさんがすっ、と彼の前に出て、
「わたくしをお忘れとは……
悲しい限りですわ。
初めて体を許した殿方でしたのに」
「えっ? ええっ!?」
赤茶の短髪をした十三・四の少年は、
耳まで真っ赤になって困惑するが、
「あー……
その女性、クロム様が盗賊退治の際に
乗っていた魔狼です。
あの群れの長の妹さんですよ」
(■128 はじめての とうぞくがり参照)
それを聞いた辺境伯家の子息は、
目をパチクリさせる。
「シンー!
ネタばらし早いってー!」
「もう少し反応を楽しみたかったのだが」
「ピュ!」
家族の抗議の声をバックに、私はペコペコと
謝罪し、
「道中、何やらコソコソと話していたが、
こういう事か。
長として妹の失礼を詫びよう」
次いでロウさんも私の隣りで頭を下げる。
「まあまあ。
実際、パートナーとして最初に背に乗せたのは
事実っしょ?」
「その、言い方がちょっと……」
カラカラと笑うルクレさんと―――
困り顔のティーダ君がフォローに入り、
「でさぁ。
アタイらはいつまでこの茶番を見てれば
いいワケ?」
そこにいたのは、あの盗賊の女頭……
確かノーラと言っていたっけ。
彼女がその手下と思われる男たちを率いて、
逆立てた赤髪をボリボリとかいていた。
「おースマンスマン。
ちゃんと反省して働いておったようだな?
んじゃ、ちょっと待っておれ」
切れ長の目をした彼女が、フェンリルの姿と
なって―――
獣人族の少年を連れて盗賊たちに近付き、
同時に、私は小声でつぶやく。
「魔法を使う盗賊はこの世界では―――
・・・・・
当たり前だ」
そして遠吠えのように、ルクレさんが
ひと吠えすると……
「お、おおお」
「つ、使えやすぜ頭ぁ!
魔法が戻ってきやした!」
「ありがとうございます!!
もう絶対逆らいやせん!!」
口々に喜ぶ盗賊たちを横目に、クロム様がこちらへ
近付いてきて、
「ではあの、シン殿。
そこにいる方々は全員、あの時の魔狼
なのですか?」
人の姿になったら、人間との区別は出来ない
からなあ。
私は首を左右に振って、
「えっと、彼らの半分は―――
公都『ヤマト』の人間だったのですが、
魔狼たちについてきたいと言って」
どう説明したものか迷っていると、
「あー、魔狼たちを狙っている人。
恋人候補?」
「でも今のところ全員『ふりー』のようじゃから、
早い者勝ちじゃぞ?」
「ピュウ」
その答えに、褐色肌の犬耳少年と―――
同じくらいの年の貴族の少年がうつむき、
「ま、まあそういう事ですので。
人手が足りないのであれば、彼らも使って
やってください」
「は、はい」
こうして……
まず、『盗賊たちの無効化解除』ミッションは
済ませられ―――
その日はそのまま、持ってきた食材やお酒で
宴会へと突入した。
「では、彼らの住んでいた森へ向かいます」
翌朝……
もう一つの目的である魔狼たちの里帰りのため、
開拓地の村の一角にそのメンバーが終結していた。
魔狼の姿になると通訳が必要なので、ティーダ君と
ルクレさんは自動的に参加。
また私と妻二人は警護としてついて行く事に。
パック夫妻は開拓地を守るために、ラッチと
魔狼の子供を預かって待機してもらい……
そして魔狼にパートナーとして認めてもらえた
人たちも、同行する事になったのだが―――
「あの、僕でいいのですか?」
「この領地を治める者でしょう?
長の妹のわたくしでは不釣り合いでしょうか」
「い、いいえっ。
そんな事は決して―――
で、でも何で僕なんかを」
「初めてわたくしの背に乗った時に見せた、
あの統率力、そして判断。
パートナーとして、また群れを率いる
者として―――
兄上に匹敵する能力とお見受けしました」
パートナーとしてユキさんが選んだのは……
クロム様。
そしてその隣りにはもう一組の男女の姿が―――
「ほ、ホントにアタイでいいのかい?
だって元盗賊だぜ?」
「我に乗るのに物怖じしないその姿勢が
気に入った。
それに『頭』だったのだろう?
長の我では不服か?」
「あああ、いや、アタイ馬に乗った事あるし。
それで多分―――
ふ、不服じゃないんだよ!?
ちょっと受け止めきれないっていうか」
ロウさんも長身・美男・組織のリーダーと、
揃っているからなあ。
「無理強いは禁じられておりますので……
気に入って頂けるまで頑張りますわ、クロム様」
「うむ、ノーラさん。
我は決して諦めぬからな。
好いてもらうよう、努力しよう」
そう言われた男女はすでに顔が真っ赤で―――
「はいはーい。
いつまでもノロケでないで、魔狼の姿になれい」
すでにフェンリルの姿で、ティーダ君を乗せた
ルクレさんが声をかける。
そこでロウさんもユキさんも魔狼に変身し、
それぞれのパートナーを乗せ、
また、他にも暫定的にカップルとなった
魔狼ライダーたちが集まり、
陸路、彼らの森を目指す事となった。
「しかし、こう言っては何だけど……
あっさり決まったような」
私とメルは魔狼には乗らないので、アルテリーゼの
『乗客箱』での移動となり……
上空から彼らを見守っていた。
「あー、パートナーの事?」
メルが聞き返してきて、さらに外の伝声管を使って
アルテリーゼも続き、
『確かに意外なほど多かったのう。
故郷に帰る事が出来るというので、気持ちが
高ぶっているのもあるかも知れぬが』
自分に好意を持ってくれる人が、故郷までついて
来てくれる……
まあそれはテンションが上がるだろう。
彼らに取ってはライバルに差を付けるつもり
だったんだろうけど―――
魔狼たちに取っても決め手になったという事か。
そんな事を考えながら、故郷の森へ走る魔狼たちの
群れについていった。
「おお……!
帰ってきたぞ、我が故郷―――」
「やはり生まれ故郷の森はいいですわね、兄上。
『魔力溜まり』の影響もすっかり抜けたよう
ですし……」
人の姿になり、大きく伸びをする兄妹。
「魔狼たちの足だと、そんなに離れて
いないんですね」
「ていうか無茶苦茶だろぉ……
崖だろうが川だろうがほとんど無視して
走れるって」
辺境伯の子息と、元盗賊の女頭が、それぞれの
パートナーとなった魔狼の隣りで一息つく。
「疲れたか、ノーラさん。
無茶をさせたようですまない」
「だだ、大丈夫だって!
体だけは頑丈だからなアタイ、うん!」
周囲を見渡すと、カップルになった男女の
領域があちこちで出来上がっており、
「あー、結婚してて良かったわ私」
「確かに。
この空間に独り身は耐えられまいて」
これでほぼ魔狼のパートナーは決まりかな、
と思っていると、
「しかし見事なまでに何も無いねー。
魔狼たちはともかく、人間はキツいっしょ」
ルクレセントさんが定番の空気クラッシュを
行うと、慌ててティーダ君が、
「で、でも『たまに戻れたら』というお話
でしたよねっ!?」
すかさずフォローに入り、何とか場を和ませる。
「ですが、魔狼の方々の機動力があれば―――
開拓地から物資を運び、簡易的な施設なら
すぐにでも準備出来るでしょう。
この森にどれくらい手を加えていいかを
お任せすれば」
クロム様が開拓地リーダーとしての提案を出し、
「そうですね。
それに、わたくしたちも人間の生活にすっかり
慣れてしまいましたから……
トイレとお風呂は絶対に欲しいところですわ」
ユキさんが彼に答え、次いで長であるロウさんが、
「うむ。永住ではないにしろ―――
定期的に来る事を考えれば、快適に過ごせる
ようにしておきたい。
そこは後にクロム殿と話をさせて頂こう」
そこで私が片手を挙げて、
「取り敢えず今日のところは、施設や休憩場所の
選定のために見回りませんか?
久しぶりに帰ってきたんですから、確認がてら」
すると長と彼の妹は顔を見合わせ、
「そうだな、そうさせてもらおう。
ノーラさんは……」
「アタイも一緒に行くよ。
別に疲れているわけじゃないし」
ロウさんの問いに彼女は即座に同意し、
「クロム様は―――」
「ご一緒します。
僕も、あなたの生まれ育った場所をこの目で
見て回りたいですから」
こちらの男女も合意に至ると、他のカップルたちも
人間の姿のまま移動し始めた。
「たったひと冬離れただけなのに……
とても懐かしく感じる」
「しみじみと、故郷の有難みを感じます」
見ると、魔狼たちの中には涙ぐむ者もいる。
それだけ思い入れの強いところなのだろう。
しかし、ほとんど手つかずだけあって―――
自然環境は豊かだ。
あちこちで見た事の無い植物も見かけたし、
珍しい素材があるかも知れない。
ただ一つ、気になった点があった。
それは……
「兄上」
「ああ、我も気付いている。
動物が少ない。異常なほどに」
人の姿で、ユキさんとロウさんが警戒を強める。
そう―――
彼の言う通り、野生の小動物の姿を全く
見かけないのだ。
集団で歩いている&ドラゴンとフェンリルが
いるから……
というのも考えられたが、
それでも、公都近くの森では―――
リスや小鳥、ヘビの類が木の上に避難したり、
隠れたりする姿を見かける事はあった。
いくら小動物が敏感とは言っても、逃げ遅れる
ヤツはいるし、敵が通り過ぎるまでジッと
している類のものもいる。
それが完全にいないという事は……
「―――!
皆、念のため魔狼の姿に戻れ!!
パートナーを乗せろ!!」
長の号令の下、彼と妹以外の魔狼たちが一斉に
変身する。
彼らだけ人の姿で残っているのは、恐らく
こちらとの意思疎通と……
先に魔狼となった彼らを逃がし、自分たちは
ギリギリまで危険に対応するという意思表示。
「ン? 何アレ魔狼?」
「いえ違います!
あれは……!」
人の姿のままのフェンリルと、獣人族の視線の
先に、巨大な影が現れた。
ドーベルマンのように真っ黒でしなやかな体。
しかしその体高はゆうに三メートルを超え―――
角の付いたその頭は、舌を出してヨダレを
ダラダラと垂らす。
「……鬼犬だ。
先々代の長の時この森に侵攻して来たので、
追い払ったと聞いているが」
「わたくしたちが留守の間に―――
図々しくもやってきたという事ですか」
ロウさんはノーラさんを、ユキさんはクロム様を
背中へとかばうが、
「あー、待て待て。
ここは一つ、ウチに任せい」
長い銀髪を揺らしながら、ルクレさんが手を
ひらひらとさせる。
「し、しかし!
この程度でフェンリル様の手を煩わせる
わけには!」
「鬼犬ごとき、わたくしと兄上とで―――」
反発する兄妹に、彼女は首を左右に振って、
「あー、いやいや。
別にウチはお前たちの実力を疑ってはおらん。
けどまあ―――
万が一ケガでもしたら、悲しむのはそこの
2人やし?
それに、全力で戦ったらこの森もタダでは
すまんやろ。
フェンリルとドラゴンに任せい。
なるべく被害を最小限にして勝ったるわ」
信仰する存在に、さらに最強の戦力を付け加え
られて、彼らはうなずき……
「お任せいたします。
我らは、先ほどの場所まで戻りますので!
ノーラさん、乗ってくれ!」
「あ、ああ」
「クロム様も―――
しっかりとつかまってください!」
「はい!」
こうして魔狼の群れはこの場を離れ―――
「グルルルル……?」
それを鬼犬は、不思議そうに見つめる。
さすがに数の不利があるので、彼は当初攻撃を
戸惑っていた。
しかしそれ以外に、人間にしては強大な魔力を持つ
二人の女性を前にし―――
本能的に襲い掛かる事が出来なかったと、自分で
気付いてはおらず……
そこに来て一斉に群れが遠ざかった事で、
体勢を低くして襲撃のタイミングを図る。
「じゃあシン、やっちゃって?」
「結局そうなるのね」
メルに背中を押されて、私が鬼犬の前に出る。
まあこの巨体で暴れられたんじゃ、
ルクレさんやアルテリーゼでも、周囲に被害を
出さずに仕留めるのは難しいだろう。
「さてと……」
私は『無効化』の条件、いかに目の前の獣が
常識外かを頭の中で整理し始める。
「グルッ!? ガルルルッ!!」
一方で、鬼犬は警戒をMAXまで引き上げた。
それは動物だけが持つ、本能。
だが、同時に獣は混乱していた。
目の前にいるのは、ほとんどと言っていいくらい、
魔力を持たない無力な『人間』。
軽く『撫でた』だけで―――
恐らくは致命傷を与えられるほどの。
それを前にして、体は硬直し……
動悸が上がり、全身が悲鳴を上げていた。
「怯えているのか……
ティーダ君、これ、意思疎通は出来そう?」
彼の方へ向くと、少年は無理だというふうに
首を振る。
「……仕方がない。
せめて余すところなく有効活用させてもらうよ」
私は、ルクレさんとアルテリーゼが人の姿の
ままでいる事を目で確認した後、
「その巨体、その四肢のサイズ比で―――
体を支える事の出来る四本足の哺乳類など、
・・・・・
あり得ない」
目の前の人間がつぶやくと同時に、ようやく
鬼犬は本能に突き動かされ、踵を返したが、
「キャウウゥウンッ!?」
四肢が折れ、その場で転倒し、
悲痛な犬科の叫び声をあげ……
「じゃあ……
メル、アルテリーゼ。お願い」
「りょー」
「うむ」
その人間の妻二人の手によって―――
鬼犬の生涯は幕を閉じた。