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いや、いやいやいや、ない! 絶対にない!
(朔蒔にラブレター!? あり得ないだろ、そんなの)
俺を置いて、朔蒔と楓音はこの封筒がなんなのか、議論しているようだった。
とりあえず、俺は、靴を履いて外に出た。
外は、雨足が強くなっていた。空はどんよりと暗い雲に覆われていて、いつもよりも薄暗く感じる。雨粒が地面に叩きつけられては、跳ねている。
「おい、星埜って。置いてくなよ。俺、ビショビショになるじゃん」
「あ……ああ、ごめん。忘れてた」
「忘れてたって、俺のことを? じゃあ、また強くお前の中に俺を刻んでやらねえとな」
「……」
いつもの朔蒔。腰をいやらしく撫でられようが、フッと耳に息を吹きかけられようが、今の俺には何も通用しなかった。それよりも、朔蒔にラブレターとかいう可笑しな現象というか、ありえないことのほうが気になって仕方がない。
(朔蒔に、ラブレター……?)
いや、中身を見ていないから分からないし、ただの業務連絡かも知れない。楓音がそういっただけで、実際ラブレターじゃない可能性だってあるわけで……
(――って、なんで俺はこんなに焦っているんだ?)
朔蒔にラブレターが来たから? 俺は一度も貰った事が無いから、朔蒔にラブレターが来たことに驚いている? いや、そうじゃなくて、俺の恋愛経験の話なんてどうでもよくて。
俺は何でこんなに焦っているのか、自分でも分からなかった。でも、心の何処かで、その焦りの正体に気付いているような気がしたのだ。気づいてしまったら、自覚してしまったら、それはもう認めると同じだと。
「朔蒔……あの、さ、さっきのラブレターって」
「え? 捨てたけど?」
「はあ?」
ケロッというので、俺は本日二回目の大声を出してしまう。
捨てたってどういうことなのかと。非常識すぎるって、と今度は朔蒔を非難する言葉が溢れてくる。でも、それを全部飲み込んで、朔蒔を見る。朔蒔は、あたかもそれが普通であるかのように、俺を見るので、全く訳が分からなかった。やはり、琥珀朔蒔という男は何回不可能な存在なのではないかと。
(捨てたって……何で……)
何で。それは、朔蒔がラブレターを捨てたことに対して、ほっとしている自分がいたことに対して何で、だった。
分かってる。分かってるんだ。
そんな風に、俺が俯いていれば、自覚してしまいそうになりながら、拳を握っていれば、楓音が、先ほどのラブレターらしきものを持って戻ってくる。
「ちょっと、朔蒔くん。さすがに、それは無いでしょ。読まずにお手紙食べた! じゃないんだから」
「べっつにー俺、そういうのどーでもいいし」
「よくても! 良くないから。書いた子なりの気持ちがあるから。読んであげなきゃ」
楓音は、そう言って、朔蒔にラブレターを返す。ゴミ箱に捨てたのか、という情報、そのゴミ箱から、楓音は漁ってきたのか、という情報が次から次へと入ってきて、頭がパンクしそうだった。まあ、一連の流れは分かったし、朔蒔が、ラブレターを開けることは確実、と言うことが目の前で確定されたわけで。
だが、俺は、朔蒔が渡された封筒を見て、絶句する。
封筒には可愛らしい文字で、朔蒔くんへ、と書かれていた。差出人は女子生徒らしき名前が書いてあった。まだ、全学年把握しているわけではないので、同じクラスの子ではないということ以外は分からなかった。そんな、違うクラス……もしくは、学年の女子生徒が朔蒔にラブレターを? いったい何故? と疑問が浮かんでくる。少し前まで停学を食らっていて、良いところなんて一つもないような男なのに?
(いや、それは言いすぎか……)
良いところはないわけではないが、探すのが難しいだけで。
そんなことを思っているうちに、朔蒔が「開けなきゃダメ?」と楓音に訪ねていた。朔蒔は終始面倒くさいといったような様子で、ラブレターに興味など一切示していなかった。対する楓音は、こういう手の話題が好きなため、また、書いた側の気持ちをしっかりと考える為、読まなきゃダメだと、朔蒔に進めている。楓音が正しいっていうのは分かるけれど、嫌なモヤモヤが、心の中を這いずり回って止ってくれない。
嫌な心臓の音、雨ではない、手に滲む汗。
焦っているのは明確だった。
幸い、朔蒔が、興味を示していないのが救いか……でも、朔蒔のことだし、面白いことには飛びつきそうだなあ、なんても思う。俺の中の、朔蒔像は。
「えー開けなきゃダメなのかよ。楓音ちゃん」
「うん、開けて。僕も気になるもん」
「うっわ、私欲。圧倒的な、個人の理由。はァ~楓音ちゃんってそういう所あるもんな。開けたら、帰って良い?」
「それは、星埜くんと相談。僕は、朔蒔くんを自分の傘に入れるつもりは一切無いので」
朔蒔は俺の方を見た。俺はそれに目を逸らすように顔を背ける。背ける理由なんて無いのに、まともに顔が見れなかったから。
別に、ラブレターを読んで欲しいとかそんなんじゃなくて。ただ、ラブレターを朔蒔が読むこと自体が嫌だと思ってしまったのだ。いや……違う。俺は――
「まァ、早く帰りたいし、読むかァ」
「さく……」
俺の制止は、雷の音で掻き消され、朔蒔は勢いよく封筒を破いた。