ゴクリとか固唾を飲み込んで、俺は破かれた封筒を見ていた。何故か、俺の方がドキドキしている。
本来は、朔蒔がドキドキするであろう手紙なのに、なんで俺がドキドキしているのだろうか。理由なんて、分かっているのに、分からないふりはやめられない。
「朔蒔くん、なんて書いてあるの?」
「ラブレター」
と、朔蒔の手紙を覗いた、楓音が興味津々といった様子に目を輝かせる。楓音は、俺が、朔蒔を嫌いだと思っているからこそ、そうやって動けるんだろうな、なんて思った。いや、別に好きッ手間だ、確定したわけじゃないけれど。
でも、モヤモヤするのは事実で、俺は、早く読み上げるか何とかしろよ、と朔蒔を見る。黒い瞳が、スッと上がってきて、目が合いそうになったので、咄嗟に隠してしまった。意味ない、意味が無い。
(――って、矢っ張り、俺可笑しいって)
雨で気温は低いはずなのに、顔が熱くなっているものだから、俺は慌てて手で仰ぐ。こんなことしても、熱が冷めることはなかった。
乙女みたいな。本当に、朔蒔と目が合いそうになっただけで、条件反射的に顔を逸らしてしまうなんて。バカみたいだと。
「星埜、気になんのか?」
「べ、別に。お前に、ラブレターなんて書く女子っているんだなあって思って」
「うわ、星埜ひっで」
と、何処までが本気なのか分からない言葉を吐いて、朔蒔はハンッと鼻を鳴らした。それは、俺にはラブレターがくるけど、お前には来ないだろ? みたいなものが含まれているような気がして、少し腹が立った。そんなことで、争う気なんて毛頭無いし、俺は別に恋愛よりも、学業を優先したくて。
(それでも、楓音と朔蒔と撮ったプリクラとか、フードコートとか、カラオケとか……は、良かったかも)
もしかしたら、朔蒔と同じレベルにまで落ちてしまっているのかもだけれど、俺は仲の良いクラスメイトはいても、友達と呼べる存在は少なかったのかも知れないと改めて思った。いつも、俺に話し掛けてきてくれる楓音のことは、それなりに信頼しているし、好きだし、友達だと思っている。あっちも、俺のこと、気にかけてくれて、きっと友達だって思ってくれているだろうけど。
じゃあ、朔蒔はどうなのかと言われたら、ただのクラスメイト、でも、友達、でも無いような気がして。名をつけられない関係が、しっくりくるような、そんな曖昧な関係で。
だからこそ、名前を付けようと、彼奴のことが気になってしまっているのかも知れない。本当に、自分がままならない。朔蒔のことどう思っているのだとか、どんな関係になりたいとか。
(どんな関係って……いや、どんな関係にでも……)
別に、名前を付けたいわけじゃないかと、すぐに訂正し、俺は首を横に振った。それを、不思議そうに楓音が見ていたので「何でもない、虫がいただけ」と言って、誤魔化した。
「それで、お前、いつまで読んでんだよ。読めたのか?」
「星埜せっかちだなァ。つか、気になりすぎ。何? 俺のラブレターそんなに気になる感じ?」
「ラブレターなのかよ」
「うん? まァ、好きってかいてあるしな」
と、サラッと朔蒔は言う。
それが嘘だと思えず、俺は、ギュッと心臓を捕まれるような痛みに襲われる。
朔蒔にとっては、その程度のことなんだろうけど、俺にとっては、その程度のことじゃなかった。
「何だよそれ……」
「いやァ、書いてあるまんま喋っただけだけど? 何? 星埜おこ?」
おこ? なんて、軽い言葉使って、俺の中ぐちゃぐちゃに踏み荒らす此奴が嫌いだ。
俺は、そのラブレターが本当にラブレターなんだと知って、ますます自分の中が乱れていくのを感じた。此奴は、俺の事、乱してばかりだと。
「別に、怒ってねえし。ほんと、もの好きがいるだけだなって思って」
「あっそ。まーでも、このラブレターに書かれた日付、昨日なんだわ」
「は?」
またも、爆弾発言、というか衝撃発言をした朔蒔は「楓音ちゃん、それ捨てといて」と言って、俺の方に向かって歩いてきた。
「は、昨日って」
「もしかして、星埜、俺がその女の子に取られちゃうかもって心配した?」
「ばっ、違う。俺は」
でも、安心している自分がいるのは事実だった。
朔蒔曰く、典型的なラブレターらしくて、好きです、告白の返事が聞きたいので、6月×日の放課後、体育館倉庫裏に来てください。と書いてあったそうだ。で、その日付が昨日なのだとか。
「つか、お前、昨日の時点で気づかなかったのかよ」
「んー普通、下駄箱って覗くもんじゃねえだろ?」
「まあ、そうかもだけど……」
手探りに、入れられるし、閉められるしで、別に覗く必要は無いわけだが……
(にしても、昨日って)
それじゃあ、その子もきっと、いないだろうなあ、なんて俺の中では安堵感を抱きつつ、朔蒔をもう一度見る。朔蒔は別にラブレターなんてどうでもイイというように、俺を見て、ニヤリと笑う。
「つーことで、星埜。安心しろって。ンで、俺を傘の中に入れて?」
「現金な奴だなあ」
俺は、甘えてきた俺よりも大きい犬を、大きなビニール傘に入れることにし、それから、楓音と朔蒔、三人で雨の降る通学路を歩いた。
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